第4話 学生らしい夏休み
突貫で行われた土日のイベントが終わり、俺は落ち着いて漫画を読んでいた。この暑いのに出かけたりしていられない。遙香が来たと同時に開封したプラモももう素組みに墨入れをして満足だ。その遙香は相変わらず偉い人たちからAAの調査協力を依頼されて、役場に出向いている。最近、AAが役場に置きっぱなしだけどいいのかな。
親も仕事に出ているし、祖父母は裏の畑だ。つまり敷地内の二軒合わせても家の中には俺一人。圧倒的な自由を謳歌していると、スマホにメッセージが届く。めんどくさいから放置だ。俺は今、漫画に忙しい。
ベッドにごろ寝して漫画を読んでいると、スマホがまたメッセージを受信する。うるさいな。メッセージを送ってきたのは笑美か。俺が起きてちゃんと夏休みの課題をしているかという、大きなお世話を焼いている。ちゃんと起きて夏休みらしくごろ寝していると返信すると、一緒に課題を進めないかと返ってくる。めんどくさい。
「今漫画を読むのに忙しい」
「じゃあ今からそっちに行くね」
忙しいと言っているのにまったく通じない。
20分ほどして笑美が来た。夏らしい涼しげな格好が目のやり場に困ると思ったら大違いだ。笑美とは付き合いが長い上に、若干だが幼児体型なのでそんな気持ちにはならない。そもそも笑美は夏らしくしていても、そこまで露出を増やさない。日焼けはイヤだよな。
玄関を開けてやると、当たり前のように俺の部屋に向かう。この勝手知ったる感。
「アイス買ってきたよ。氷系とアイスクリーム系どっちがいい?」
「ありがとうございます笑美様」
俺はソーダ味の氷菓を取ると、笑美はカップのアイスクリームを確保。またもや当たり前のように我が家の台所へ行き、残ったアイスを冷凍庫へとしまってきた。
そしてアイスを食べると夏休みの課題に手をつけた。
黙々と進め、そろそろお昼かという時間になると、笑美が再び台所へと向かう。どうやら昼食の用意をしてくれるようだ。じゃあ俺はテーブルでも綺麗にして、座布団でも敷いておくか。
と、準備をしていると、現在最も勝手知ったる他人が帰ってきた。遙香だ。彼女は台所に立つ笑美と食卓を準備する俺を交互に見やる。
「あっら~? お邪魔かしら~」
わざとらしくそう言うが、お構いなしに座布団に座る。
「お邪魔じゃない。むしろ課題を強制されていたから助かる。けど、お前が居候してんのはあっちだろ。なんでこっちの家に来るんだよ」
「だっておばさんが、今日は笑美がご飯作ってくれるから一緒に食べなさいって言ってたのよ」
なるほど、笑美が来るところから母親の差し金か。俺が怠惰な月曜を過ごすのはお見通しってわけだ。
「はい、素麺できたよ。つゆは好きな濃さに希釈してね」
笑美が素麺を持ってくると、俺は人数分の箸とお椀を用意する。おかしい、明らかに遙香のところにだけ薬味が足らない気がする。
遙香に俺の薬味を取られつつも素麺をすすりながら話をすると、どうにもAAの素材はおろか、ソフト的なところもまったく解析が進んでいないようだった。技術レベルが違いすぎる上に、唯一の手がかりになりそうな人間が、パイロット候補生の遙香だけではどうにもなるまい。せめてガクが何か手助け出来たらいいとは思うが、パイロットの補助と非常時の自律運転に特化しているので、こちらも難しそうだ。
「遙香、お行儀悪いよ」
俺の薬味に手を出す遙香に笑美が小言を言うことで、小難しい話に子どもが手を出せないという、最初から行き詰まっている話に終止符が打たれた。
「笑美はかわいいなあ!」
そう言うと、最後のひとつかみでざるの中の素麺をかっさらっていった。
食後、ゴロゴロしている遙香はもうやることがないらしい。なんでも、局の人ももうお手上げで、仕事の振りして役場のロビーで本でも読んで過ごすのだとか。
「局? 局ってなんだ!?」
「なんか一応正式に編成されたらしいのよ。私とAAの保護と保存、それに未来技術の解析が目的ね。未来技術保護局……だっけ?」
こいつもよくわかってないのか。自分に対してあれこれと骨を折ってくれてるのに……。
「でね、住むところを色々提案してくれたんだけど、この家気に入ったから、これでいいって答えといた」
ダンッと遙香の前に笑美が麦茶を置いた。怖い。
「す、住むのはこれからもおばあちゃんちの家の方だから。隣だから」
おお、遙香が気圧されている。しかし建物が違うとは言え、我が家に居候確定か。国からいくら握らされたんだ、うちの親。
「それと、AAだけどここの畑の一角と役場に屋根付きの簡単なガレージが用意されることになったから、よろしく」
本気でいくら握らされたんだよ……。
「ところで遙香はお昼を食べたのにここにいるの?」
笑美の言葉に遙香がイヤそうに答える。
「局の人がね、本来なら学生なんだから少しは勉強でもしろって。だから局の人たちがサボってる間は、ここで一緒に夏休みの課題とかね」
飛び火した。いや、頼りないけど未来人の力があれば簡単に終わるかも知れない。俺のひらめきに当たり前だというように胸を張る遙香と、期待を寄せる笑美。
数分後、俺の部屋には悩んだ末に諦めてベッドに転がり、漫画を読みふける少女の姿があった。
うーむ、俺のベッドに夏らしい涼しげな格好をした少女が転がっている。などと俺が思うわけがない。そんな隙を与えてくれないのだ、笑美が。しかし遙香、俺が言えたことではないけど、少しは勉強した方がいいぞ。そこでそうされてると本気で目のやり場に困るし、笑美が怖いしな。
どうにか遙香をベッドから引きずり下ろし、と言っても女子の体に触るのは気が引けたので、俺が漫画を奪い、笑美が遙香を引っ張った。そして笑美と二人で使っていたちゃぶ台にノートと教科書を広げ、俺と笑美で勉強を教える。こいつ全然駄目だ。よくこれで国際何ちゃらという学校に入れたな。恐ろしくレベルが低いのか?
ひょっとしたら未来では学校の勉強の必要がないほどに技術が進歩しているのかもしれないが、英語も数学も中学レベルというところを見ると、これは駄目だと俺たちが奮起する。
おかげで課題はあまり進まなかったが、俺と笑美にはちょっとした満足感があった。
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