第5話 初めての経験
決して俺にも笑美にも友達がいないわけではないが、何しろこの田舎だ。自転車で1時間かけて通う学校の友達は、比較的栄えている町に住んでいる。対して俺たちは村と言われてもおかしくないほど過疎化の進んだ田舎で、数少ない若者だ。そして同い年は他にいない。
その笑美は同い年の女子が俺の家に居候することになり、何かと世話を焼きに来る。なんだかんだで仲が良い。その仲良し二人は一緒に俺の部屋に来て、三人で過ごすことが増えた。落ち着かない。二人で遙香の部屋にたまれば良いのに。
そんな三人でダラダラとゲームなどして過ごしていた昼下がり、玄関のインターホンが鳴る。わざわざリビングまで行き、画面を確認するのも面倒なので窓を開けて見下ろすと、年齢は五十前くらいだろうか。白髪交じりのおじさんと、二十代中盤くらいの若いお姉さんが立っている。
「あれ、局の人だ。今日は私、何の予定もないのに」
遙香が窓から身を乗り出して声をかけ、階段を降りていく。なんなのだろうかと笑美と話していると俺が呼ばれる。ついでに笑美も一緒に玄関へついてくる。
「伴大くんだね。いつも局に協力してくれてありがとう」
ただ遙香が住み着いているだけで感謝されることはしていないのだが。
「それでだけどね、ちょっと、AAに乗ってみない?」
え、今なんて? 本気?
「私が習ったとおりのことを大にも教えてあげるから大丈夫。乗ってみなさいよ」
遙香は相変わらず楽観的だ。
「でも、なんで……」
「局に協力してくれてるから、ちょっとしたらお礼だよ。なんなら君のお父さんもかなり興味あるみたいだから、男の子の夢を叶えてもらいたいとね。彼女さんも乗ってみる?」
「あ、いえ、彼女じゃ……ないです」
あ、いつもの引っ込み思案な笑美だ。俺の後ろに隠れるのやめて。
「でも、せっかくだから、一度くらいは乗ってみたい。かな?」
「じゃあ決まりね。動きやすい服装。そうね、ジャージとかに着替えて。彼女さんも家まで連れていってあげるから着替えて。遙香ちゃんは今日は乗らない予定だけど、念のためパイロットスーツ持ってきてね」
ずっと横にいた女性が口を開くと、遙香はパイロットスーツを取りに行く。
そうして局の車に乗せられ、あれよあれよと役場の駐車場でAAに乗ることになった。とは言え、コクピットには一度だけ座ってるけど。
役場に着くと、組み立て中のガレージの横にAAが両膝立ちで駐機している。これから乗り込む俺はヘルメット、肘と膝のサポーターをつけさせられ、初めてスケボーをするみたいだ。
「乗り降りするときはいろんな所から捕まったり足場にする棒が出てくるから。初めての時は怖いかも知れないけど、下を見ないように上るのよ」
装甲をよく見ると、棒が畳まれたり奥に差し込まれたりと巧妙に隠されているのがわかる。それも結構な数だ。
「そこら辺叩いたり蹴ったりしてスイッチが入ると出てきて、荷重がかからなくなると勝手に引っ込むから」
前回は先に遙香が乗って、後から手でコクピットまで運んでくれたので、一人で乗り込むのはこれが初めてだ。いざ、搭乗。
いや、やっぱり怖いわ。でもなんとかコクピットまであと少し。
「ハッチの横にボタンあるでしょ! それ押して!」
下から遙香が叫ぶ。ボタンなどないと思ったが、なるほどこれか。カバーをかぶせてあるならそう言えよ。
ボタンを押すと二重のハッチが上下に開く。ようやくシートが見えた。怖かった。開いたハッチに立ち、とりあえず下を見ると関係者一同が写真を撮っている。謀られた。多分これは広報用だ。あとで使用許可を取られるんだろうな。うまいことぼかしてもらおう。いや待て、おい笑美、お前は撮りすぎだ。
さて、シートに座ったら何をすればいいんだ? 電源の入れ方も何もわからんぞ。と思ったが、そこは演習用だ。わかりやすく印が付いている。さらに手書きのメモもたくさん貼り付けてある。なるほど、全ての安全装置が作動する状態でないと電源が入らない仕様か。
程なくして電源が入ると、ガクが起動してくる。
「大さん、こうして二人で話すのは初めてですね」
なんだこいつ、俺のこと覚えてるのか。ただの補助AIだと思ってたのにすごいな。
「なんか乗せてくれるっていうから乗ってみたけど、どうしたらいいと思う?」
「では、立ち上がってみましょう」
ガクの指示通りに操作すると、モーターやダンパーの動く音とともに画面に映る映像の位置が高くなった。高い位置に移動したという感覚はあるが、思いの外揺れたりはしない。衝撃吸収性がよほど優れているのだろう。
「初めてにしては悪くないです。ではこのまま、片足立ちをしてみましょう。バランサーは常に私が制御しているので、安心してください」
恐る恐るペダルとレバーを操作し、片足を上げてみる。すると、ピタッと静止した。
「すごいなこれ。こんな大きくてバランスの悪い姿勢なのに」
「でしょ! すごく乗りやすいのよ!」
こちらに向かって大声で返事をする遙香はなぜか自慢げだ。
「こっちに来たときに仰向けから立ち上がろうとして失敗していたなぁ」
「あ、あのときはテンパってたしAIの補助もなしでやろうとしちゃったの! 落ち着いてたら私一人でも出来るから! 忘れなさいよそういうのは!」
軽いやりとりで和むと、ガクが提案をする。
「私が補助をしますので、あちらの女性を手に乗せてみてください」
言われたとおり操作をすると、AAは片膝立ちになり、笑美の前で手のひらを上に向けて手を下ろす。
「どうぞ、乗ってください」
ガクに促され笑美が手に乗ると、その手は俺の操作でコクピット付近へと移動する。そしてハッチが開くと、笑美はコクピットを覗き込む。
「ふーん、なるほどね。難しそうだから、私は手に乗せてもらうだけでいいかな」
諦めるの早いな。まあ、こういうのは男のロマンでもあるし、笑美にはわからないだろう。
笑美がコクピットハッチに立ったことで、局と役場の人は思いついちゃったらしい。
「二人ともハッチの上に乗れる? 難しいなら一人は手でもいいから」
なるほど、そういう写真か。やめとこう、笑美がオロオロしている。俺の写真は撮っていたくせに自分じゃ役者として云々言いながら全力で拒否している。
「ほら、笑美ちゃん笑って! こんな写真二度と撮れないかもしれないよ!」
役場のおじさんも容赦ない。仕方ないので二人で手のひらに立ったりハッチに座ったりして撮影された。当然、広報用で使われることになるのだろうと思うが仕方がない。どうせ広報用なら小学生とかも乗せたいけど、さすがに危ないかな。
最後は遙香がパイロットスーツ姿で乗ったりして写真を撮り、解散となった。今日のモデル料はラーメンだ。俺は遠慮なく餃子と炒飯もごちそうになり、笑美は控えめに中華そばのみを食べていた。
この夜、俺は親父に自慢をした。しかし、親父ももう乗せてもらう話をつけてあるのだとか。抜け目ないな。親父曰く、我が家はAAと遙香の被害者で、ある意味この件の中心にいるから当たり前のように優遇されるらしい。どう考えても無理矢理だろ。乗りたくて仕方なかっただろ。よく考えてみたら、俺以上にロボットアニメが好きで、子どもの頃にロボットアニメ全盛期を過ごしてきたんだ。それはもう普段からは見られない行動力を発揮してもおかしくない。
ところで、俺と笑美が写真を撮られまくったのは、親父が乗るための対価なのだろうか。その質問に、親父は顔を背けてビールをあおった。
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