第3話 お披露目

 土曜日。遙香が来て最初の週末にして、夏休み最初の週末。そして、AAが我が岡ノ島町の役場駐車場に展示される最初の日だ。そこで俺はなぜか、ドブ漬けされた飲み物の販売をさせられることとなった。ボランティアという名の強制労働だ。

 散々AAと遙香(ついでに我が家)が報道されたことにより、役場の職員手作りの横断幕やポップがあるだけのこの駐車場に、見たことないほどの人が集まった。これまでも我が家に写真を取りに来る人はいたが、SNSでの宣伝や夏休みの土曜という効果もあって売り上げは上々だ。ラベルにAAの写真が印刷されているだけのミネラルウォーターは特に売れている。それ、近隣のスーパーで売ってるご当地メーカーのラベル違いだけど。

 手作り感満載の横断幕など、どう写真を撮ってもAAがチラリと写る程度で場所が悪いが、それでもバックにして自撮りする人たちもいる。わからない物だ。

 そんなことを考えながら、大手メーカー品のジュースを手渡すと、大学生くらいだろうか、二人組の女性に声をかけられた。

「あ、君ってあのロボットが落ちてきた家の子?」

「うっそ、マジじゃん! ねえ、後で一緒に写真撮ろ!」

 家族と学校を除けば、ほぼ笑美やコンビニの店員くらいしか女性と話さない俺がテンパっていると、現れたのは遙香だ。

「ありがとうございまーす。私が伴さんの家に降ってきた中の人でーす」

 いいながらペットボトルを拭き、女子大生に渡す。女子大生は嬉しそうに受け取ると、俺たちに後で写真を撮ろうと念を押して去って行く。

「いやねえ、女に免疫にないガキはあの程度でオロオロしちゃって」

「うるせえな……。でも助かった。女という以前に、あの手のノリがどうにも苦手なんだよ。ところで展示の方はいいのか?」

「いいのいいの、私は休憩。どうせガクに任せておけば自律運転するから、未来の技術を見たい人たちには私はおまけだし」

 気持ちはわかる。しかし好都合なので売り子を遙香に任せると、俺は商品の補充を取りに役場の中へ。普段はロビーとトイレ以外は三角コーンで立ち入り禁止とされている役場だが、ネックストラップにつけられたスタッフの文字が俺を奥に入ることを許してくれる。ミネラルウォーター1本500mlとは言え24本入りが2箱はさすがに重いが、代車に乗せてしまえば、あとは運ぶだけだ。

 空調の止められた室内では、ミネラルウォーターを代車に乗せるだけで汗が噴き出てくる。ちょっとした力仕事よりもこの暑さのがキツいと思うほどだ。首にかけたタオルで額の汗を拭き、台車を転がして外へ出るとミネラルウォーターがなくなる寸前だ。手早く箱を開け、氷水の中にペットボトルを突っ込んでいると、遙香が真顔になりポツリとつぶやく。

「ねえ、未来から来たのって、AAと私よね?」

「そうだな」

「さっきからラベル見てると、私の写真が一つもないのよね……」

 やめろ、悲しくなるからやめろ。400年先の未来から来たとは言え、AAがなかったら現代の小娘と変わらないという事実に気づくんじゃない。売り子をしている間は営業スマイルを続けるんだ。

 現金のみでの販売にも文句を言い出した遙香を後ろに追いやり、俺が売り子に戻って数分。気づけば遙香がいない。遙香の目立てる時間が来た。


 女性職員のアナウンスがスピーカーから聞こえると、観光客は民族大移動を起こしAAの前へ。そして俺たち売り子も売上金を隠してAAを見る。

「皆さん初めまして! 町民の皆さんは改めて、青島遙香! マイナス約400歳です!」

 なんだその挨拶。ずっと温めてきたのか。相変わらずノリの良いやつだ。

「私も正直、自分の生まれた時代ですらあり得ないことでここに来てしまい、未だに困惑していますが、楽しく過ごさせてもらってます!」

 元気にスピーチするとマイクを置き、AAに乗り込む。今度はAAのスピーカーから遙香の声が聞こえ、そして最後に町長の「どうぞ」の声でデモンストレーションが始まった。

 AAが立ち上がると役場前の道に出て走る、跳ぶなど、現代の技術では到底無理なことをやってのける。横浜で展示されていた国民的ロボットアニメの実物大主役機の動きを見れば、これがいかにすごいかわかるだろう。

 大勢の観光客に見守られ、未来の巨大ロボットは人のように自在に体を動かす。当然AAは全速力で走っているわけではないが、なめらかに動く姿に感嘆の声とシャッター音が響く。と、そこにカメラを構えた男が一人、規制線を乗り越えて道路に出た。ほんの一瞬、本人は迫力のある写真を撮りたくて外に出たのだろうが、全高10mはあろう構造物が迫ってきているのだ。

「そこの人、どいてーっ!」

 スピーカー越しに遙香の叫び声が響く。するとAAはジャンプして避け、少しバランスを崩しながら着地。しかしすぐに姿勢を整え、男性の声で注意喚起をする。なるほど、ガクの仕事か。素晴らしい回避行動に歓声が沸き上がった。

 結果としてAIによる補助とバランス制御を見せつける形となった。こんなトラブルこそあったものの、未来の技術を見せられたのは大きいだろう。すぐにSNSを見ると、もう動画が拡散されている。


 イベント終了後にガクに話を聞くと、やらかしそうな人だったからマークしていただの、良いプロモーションになっただのと満足げだ。思ったよりも人間味があるな、こいつ。

 そして遙香は勝手に出来た見せ場をガクに持って行かれ、心底悔しそうだった。人間が機械に勝てる時代じゃないから諦めてほしい。


「お疲れ様、大」

 片付けも終わり、合流した笑美がスマホを見ながら声をかけてきた。

「おう、お疲れ。ずっとクレープのキッチンカーだったか。遙香は役場の人たちとミーティングだから、今日は遅くなるんじゃないかな」

「うん、日向に立ちっぱなしじゃないだけ良かったかな。あのカメラマンも危なかったよね。ところで、これだけど」

 笑美が見せる画面には、俺と遙香が並んでミネラルウォーターを販売する写真や、二人並んで女子大生と映っている写真が表示されていた。SNSってすごいよなあ。


 悪いことをしているわけでもないのに、笑美の圧が怖かった。

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