捜査編(Dパート)
さくらが戻ってきたこともあり、つばめ自身も考えをまとめたい気分になった。そうなればさすがに学校でとぐろを巻いているわけにもいかず、つばめとさくらは警視庁に戻る前にいつもの喫茶店へと入り、コーヒーを──さくらは案の定コーヒーゼリーアイスのせを──注文した。
店内の喧騒をBGMに、つばめは頬杖をつきながら今日のことに思いを馳せる。即ち、白島莉乃のことについて。
「キャップ、聞き込みの結果なんですが!」
「……はい、どうぞさくらちゃん」
頭の中で考えをまとめているつばめは上の空だ。さくらもそれを良くわかっているので、構わず自身の名前と同じ色の手帳をめくって、聞き込みの結果を話し始めた。
「白島会長は品行方正成績優秀で通っているようですね! 誰に聞いても評価は同じでした! 親御さんも自慢の娘さんだとおっしゃっていました!」
「やっぱりそう? それとなく昼間話したどの生徒も教師も判を押したように同じ評価だったわ。コントロールでもしてるみたいだった」
「一年生の時に図書委員会に所属して意気投合、そのあと二人で文芸部を立ち上げたんだそうです! 二年生になったときに、白島さんは生徒会長に立候補してトップ当選したそうですね! 支持率もほとんど九割だとか!」
あまりにも出来すぎているな、とつばめは思った。まるでわざとそうしているかのような不自然さすら感じた。人間はどんな形であれ味方もいれば敵を作り、親友もいればどうあがいても不仲の人間もいる。
白島にはそれがない。皆が彼女のことを立派と褒めそやしている。それを計画的だ、というのならそれまでだ。しかし、仮にそれが本当に計画通りだとすれば、彼女は何もかもコントロールすることを折り込み済みで生きていることになる。
それが、この事件そのものにも影響している、というのは発想の飛躍だろうか。
つばめの思考にノイズめいたゆらぎが走る。だがそれは彼の勘そのものを否定するものではなかった。
白島莉乃には、まだ謎がある。
「……それで、さくらちゃん。生徒会と図書委員会で何か変わったことはなかったかしら?」
「二つありました! 図書委員会では、時折推薦図書を選出するそうです! それを担当していたのが、被害者と白島会長だったほうです!」
「推薦図書ねえ」
「ほら、あの窓際においてあった箱ですよ!」
あの箱は開いている窓の下に置いてあり、被害者の下足痕も残っていた。あの箱を踏み越えて下を覗き込んだのは間違いない。
「ふうん。それで、もう一つって?」
「クリスマスリースです! 去年のクリスマスに、白島会長肝いりの企画ということでやったそうですが、その時予算で揉めたんだそうです!」
「予算?」
さくらが見せたのは、スマホの画面に映る昨年度末の会計報告であった。前年度より備品の予算が増えてしまっており、積立金を取り崩すことになっている。
「なんでもリース用のパーツの注文を間違って、予想以上にたくさんきてお金を使い過ぎてしまったそうなんです! 白島会長が機転を利かせて、リースを学校中に飾り付けるというイベントにして、事なきを得たそうです! その対応が生徒会でも評判でして、生徒会長の支持率はまた上がったんだそうですよ!」
「パーツって、どんなパーツ?」
「リースの土台や、ワイヤーのようですね! 注文票も撮ってきましたよ!」
さくらが目を輝かせながら、画面を押し付けるようにぐいとこちらへ突き出してくるので、つばめは持っていたマグカップをそろりと下ろしてそれを見た。指を滑らせながら、パーツの名前や値段をじっと見つめる。
「……ところで、夕陽さんと会長さん、そんなに仲良かったの?」
「基本的にいつも一緒で、白島会長がなにかやる、と言った時には必ず手伝ってたそうですよ。さきほどのリースを各部屋に設置したり、懸垂幕を下ろしたり──夕陽さんは生徒会所属ではなかったんですが、実質的に会長さんの右腕として積極的に協力されていたようですね!」
ふうん、とつばめは指で唇をなぞりながら、思考を続けていた。濁った鍋をかき混ぜているような気分だった。なにかが見えようとしているのに、その全容はみえない。さくらはそんな彼の悩みが不可思議だったのか、コーヒーゼリーを横へとどかして顔を覗き込んだ。
「……どうしたのさくらちゃん」
「いえ、わからないんですよね! キャップ、どうして白島会長をお疑いなんです? わたし、あの会長さんが犯人だとは思えません!」
「あの子ね、夕陽さんが亡くなったことに動揺してたわ。泣きそうになってた。でもその後、何が起こったのかを淀みなく話せたの。理路整然と、こちらが聞き返すようなこともなくはっきりと──『亡くなったことにショックを受けているのにも関わらず』よ。普通警察に身近な人の死について聞かれたら、動揺するのが普通よ。あの態度ははじめから動揺してないか──そうでなけりゃ、はじめから話すことを決めていたか……そのどちらかしかないわ」
はじめからそう答えることを決めていた──それは起こることを分かっていたということだ。あの『事故』をコントロールし、あまつさえそれが分かっていたのなら、それは神か犯人かでなければありえない。
「しかしキャップ! 彼女が犯人だとして、一体どうやって被害者を転落させたのでしょう?」
「それがわかんないのよね……箱を踏んで下を覗き込んだことで転落しやすくなってるのはわかるわ。でもいくら友人だからって、女性の細腕じゃ無理に落とそうとしてもムダだろうし、生徒会室の窓のサッシについてた傷とも繋がらない。被害者の首裏のミミズ腫れもわからないし……つながらない。決め手に欠けてるのよ」
その時だった。つばめのスラックスのポケットの中で、スマホが震えた。表示されているのは廣瀬の名前だった。鑑識結果が出たのかもしれない。喫茶店の外に出てから、通話ボタンを押す。
『おう三条。お前ェが気にしてた仏の首裏のミミズ腫れだがな。鑑定結果出たぜ』
「やだ、重畳。で、結果は?」
『ヒスタミンによるアレルギー反応で間違いねえ。まあそりゃ言われてみりゃわかるわけだが、問題はその原因だ。アレルギーってのは、原因の特定がとにかく難しくてな。今回の仏さんも同様だ。だが、気になる点が別にあってな』
「気になる点ね」
『首裏の頚椎の骨にヒビが入ってたんだ』
頚椎にヒビが入るなど、簡単には起こらないはずだ。それに、被害者は落下したことによって亡くなっている。当然、別の原因があることになる。
『もちろん死因とは別だ。仏は転落によって頭を打って即死してる。これ以上は解剖に回さねえと分からねぇが、現段階ではこのヒビがなんなのかは調査中だ』
「ミミズ腫れの位置は?」
『ヒビの位置と合致してる。原因はおそらく同じだろうな』
「わかったわ。また何かわかれば教えてもらえる?」
『おう。焼き鳥一本貸しだぜ』
廣瀬の電話を切ってから、はあ、と大きめのため息をついてつばめは頭を抱えた。被害者の首裏の頚椎のヒビ。そして、アレルギー反応──。
「さくらちゃん。夕陽さん、アレルギーあったなんて話聞いてる?」
「夕陽さんのご両親にもお話を伺ってきてるんですが、アレルギーなんて話は出なかったと思います!」
であれば、本人自身も知り得ないようなアレルギーであった可能性もある。それが絞れれば、事件にも大きな進展があるはずだ。つばめは唇をなぞって、沈思黙考を続け──突然指を鳴らし、さくらを指さした。
「……最近始めた事は?」
「私ですか? 最近は太極拳をはじめました! ゆっくりと動くのがコツなんですが意外と体力が必要で……」
「そうじゃなくて。夕陽さんが最近始めたことよ。学生のコミュニティは親でも把握できないくらい細分化されてることのほうが多いわ。親が把握してないような『はじめて』を経験しててもおかしくない」
そういいながら、つばめはスマホから捜査資料にアクセスしながら、遺体のことを思い出していた。
頬を手で撫でながら、ふと彼は自分の右耳に触れた。自分にあって、彼女にないもの。
最近はじめたもの。
アレルギーに関連するもの。
「……そうよ、あの子の遺体、ピアス跡があったわ」
「ピアス『跡』ですか?」
さくらは自分の両耳たぶをつまみながら、まるで初めてそれを聞いたように眉を持ち上げた。
「そう。わたしも経験あるんだけど、ピアスホールって安定するまで時間かかるのよ。下手に外してると、初めてなら一日で塞がっちゃうこともある」
黒田夕陽の耳には、真新しいピアスホールの跡があった。即ち、ピアスをしようとしたがしなかった理由があるのだ。
「学校にしていけなかっただけじゃないでしょうか!?」
「ピアス開けるのってそれなりにお金がかかるのよ。それに維持するためには透明ピンとかピアス穴に挿してないといけない。手間暇かけて開けたものを放置するなんて、よほどの理由がないとできないわ」
つまり、被害者がピアス穴を維持しようとしなかった──もしかすると、できなかった理由があるのかもしれない。
「さくらちゃん。明日、生徒の皆さんに夕陽さんのピアスについて聞いてもらえる?」
「キャップはどうなさるんですか!?」
「私は別に気になることができたわ。生徒会室にいかなくちゃ」
早朝の生徒会室は、なんだか薄もやがかかっているようだった。つばめは窓をがらりとあけて、校舎の軒から固定されてぶら下がっている懸垂幕の金属バーを見つけ、それを確認しようと手を伸ばした。
「あらやだ、なに? ちょっと遠いわね……」
長身で手足の長い彼でも、少しばかり手間取る距離だ。生徒も少ないこの時間帯。わずかに朝練で来ている運動部の掛け声が通り抜けてゆく。思わず校舎の下──被害者が落下した地面が視界に入る。
「またですか刑事さん」
それを縫うように、莉乃は彼に声をかけていた。つばめは手を伸ばすのをやめて、振り返った。
「何をされてるんです?」
少しバツが悪そうな表情だったが、それはすぐに押し流されていった。
そこから見えたのは莉乃から見て久々に相対する感情──即ち『敵意』であった。
「会長さん、ずいぶんお早いのね?」
「やることがたくさんあるもの。……まだ何か? それとも、夕陽の事件に何かあるっていうの?」
「……そうねえ。第一発見者のあなたに言うべきか迷っていたけど、やっぱり言うわ。そうよ」
意外にも、莉乃は落ち着いた様子で応接用ソファに通学カバンをおろし、その隣に腰を下ろした。余裕──を装うだけの余裕が、彼女にはまだあった。
「なにを根拠に言っているのかわからないけど」
「夕陽さんは、生徒会の用意した段ボールに足をかけて下を覗き込んだ。あなたの指示でね」
「夕陽に手袋を見てくれって頼んだから? ひどい……私だって傷ついているのに」
相手の台詞に対して、どのような返事をするのか──小説を書くうえでの醍醐味でもある。想定問答は、もはや一本書けるくらい作っている。多少揺さぶられたくらいで揺らぐものでもない。
莉乃はこの刑事がどれくらいデキるのかは知らない。知りたくもない。だが、警察が介入した以上、プロットはもう決まっている。彼が納得できる展開を示せば、この茶番は終わる。それはすべて、私の手のひらだ。小説のエンディングを、ページをめくるように最後まで読み終えてしまえば、この事件は終わり。いつもやっているように。マエストロのように、自在に流れを操ることができれば、容易いことだ。
「気を悪くしたのなら謝るわ。でも事実よ。生徒会の作業する段ボールがそこにあって、それを踏み越える形でなければ夕陽さんは下を覗くことができなかった」
「それは……そうでしょうね」
「ただ一方で、いくらなんでも少し足元が悪くて重心が高いだけでそう簡単に人間は落ちたりしない。それでわたしね、ちょっと考えたのよ。『誰かが落ちるように力を加えたのならどうか』ってね」
莉乃はふう、と長い溜め息をつき、たっぷりと間をあけてから、余裕にも似た声色を交えて言った。予想以上に真実に近づいている。もちろんそんな動揺は表情には出さない。
「それで? 四階にいたわたしがワープして三階にいる夕陽を突き落としたとか?」
「はじめはそうとも考えたわ。でも、それって辻褄合わない話よね。わざわざ電話しながらその相手をそばで突き落とすなんて、どう考えても変よ。仮にあなたが犯人なら、そんな不合理なことしないんじゃないかしら」
「それは買いかぶりよ、刑事さん」
莉乃はもはや、笑みを堪えきれず、手の甲でそれを隠しながらそう言った。魂胆はもう分かっている。この生徒会室から、夕陽を突き落とすためのトリックを見つけた、だからわたしが犯人だ──。
「たしかにあの時、この校舎には私と夕陽だけだった。それは認める」
「そうねえ」
「で? その懸垂幕がなんだっていうわけ? 夕陽はどうして殺されたの? もちろん、事故でない、というのが確かならということだけど」
「そうなの。夕陽さんの死には、あなたが準備できそうなことばかり。図書室の箱しかり、この懸垂幕しかり──でも肝心のあなたに理由がないのよ」
「理由?」
莉乃は堪えきれずに、とうとう隠すことをやめて吹き出し始めた。
「理由なんて探しても意味ないわ。だって、私は夕陽を殺してなんかいないもの。私、ミステリを書くのも好きだけど──あなた才能ないわ。もしかしたら刑事としても怪しいかも」
つばめは釣られるように笑みを見せた。
「そうかしら? いやあね、これでもそれなりにやってきてはいるんだけど……」
「転職を視野に入れたほうがいいわね、刑事さん。生徒会室は自由に見てていいわ」
莉乃はカバンを手にとって立ち上がり、背を向けた。もう彼に用は無かった。意味のないことを深掘りしようとするのは無能のやり口だ。
「会長さん。……あなた、ピアスって開けてらっしゃる?」
「ピアス? 校則違反だもの。そんなのご法度よ。ま、見せびらかすんじゃなければ、生徒会長としては見なかったことにするくらいはできるけど。……それが何か?」
「そう。ありがとう。大変参考になったわ」
莉乃が出ていった生徒会室で、つばめは会長のデスクの椅子へと腰掛けた。
そして、窓の外に嵌っている懸垂幕の枠を見上げながら、ふう、とひとつため息をつく。そうして彼は『こちら』を覗き込むように椅子を回転させて、目線を合わせた。
「今回の犯人の犯行計画はまさに完璧ね。困っちゃったわ」
「ただ、世の中に完璧なものはありえない。どんな計画でもコントロールできない『外部要因』が必ずあるものよ。被害者のピアスもその一つだったわけね。そして最後のヒントは『白島会長が見落としたもうひとつのもの』。皆さんもぜひ考えてみて頂戴。三条つばめでした」
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