捜査編(Bパート)
「生徒会長さん、どうでしたかキャップ!?」
さくらはつばめの姿を認めるとすぐに立ち上がり、少し心配そうに口を開いた。校長室の隣の応接室は、待機場所には最適だった。さくらはとにかく押し出しが強く声がデカい。親友を亡くした少女には刺激が強すぎるだろうと遠慮させたのだ。
「事故を目の当たりにしたんですから、うんと優しくしないとダメですよキャップ!」
「言われなくてもそんなの分かってるわよお。……でも、そんなに落ち込んでなかったように見えたわねえ」
「被害者は確か、生徒会長さんの親友ですよ!? 顔に出さなくても気を落とされているに違いありません!」
さくらは手元の桜色の手帳を捲る。走り書きのメモには、職員室に集まっていた教師から聞き取った情報が細かく書き連なっていた。さくらは捜査一課きっての粗忽者として悪名高いのだが、生来の素直さと声の大きさからか、聞き込みだけはとにかく得意なのだ。つばめはそれをよく理解しており、一足先に職員室へ向かわせていたのだった。
「夕陽さんは会長さんと同じく文学部と図書委員会にも所属していまして、どちらかといえば目立たない生徒さんだったそうです! クラス内では何人か友人が居たようですが、課外では会長さんとべったりだったそうで、校内でも有名とのことでした!」
「文字通りいつも一緒の親友だったって判断していいのかしら」
「そうですよ! 青春時代の友達って大事ですよキャップ! 私も研修の同期とはいつも連絡を取り合うようにしてます!」
「それは大事なことね。でも、あの会長さんにとっての黒田さんは、本当に親友だって言えるのかしら?」
さくらはどこかむっとしたような顔つきになったが、表立って反意を示すようなことはしなかった。
「ちょっといじわるなこと言っちゃったわね。でも悪気ないのよ。だって変だもの。あの会長さん、窓から手袋を落としたっていってたわ。それをわざわざ電話をかけて被害者に覗かせたわけよね。で、夕陽さんは図書室から落ちた」
「そうですよ! 変なことはないじゃありませんか!」
「もしそうなら、会長さんはなぜ夕陽さんが落ちた現場を上から覗かなかったのかしら?」
さくらは違和感に気づいたのか、あっと言葉を漏らす。莉乃は電話をしていたと言っていた。その最中に異常を感じたとも言っていた。事実、第一発見者は彼女自身である。上から覗き込まないのは不自然だ。
「ましてや電話中に起こったことなら、すぐに確認しようとするのが人情ってものじゃないかしら。でも、それを通り越して直接校舎の外へ探しに行っている……だから私はこの事件にまだ裏があると思ってるってわけ」
さくらはなるほど、と口の中で呟きながら手帳にメモを書きつけた。
「ということは、この事件の犯人は会長さん──ということでしょうか!?」
つばめには持論がある。自分の中の勘は、ほぼ確信に取って代わられる。この違和感はおそらく、白島莉乃という少女が親友殺しに手を染めたという事実を意味しているに違いない。
一方で、懸念もあった。四階に居た彼女が、三階に居た被害者をどう突き落としたのか。それはまだわからないのだ。
翌日。
「黒田さんが亡くなったってマジ?」
「会長が見つけたんだって……」
「黒田さんと会長、親友だったじゃん。それなのにちゃんと学校来てるなんて……さすが会長だよね」
心配するような台詞が、朝の空気の中を漂ってくる。校門からいつものように歩いてきた莉乃は、それらをまるで吸収するように摂取しながら、できるだけ感情を見せずに歩く。あたかも抑えているように。失ったことを悼むように。
夕陽が『事故死』したことは、どこから漏れたのやら、翌日の登校前にはグループチャットアプリを通して学校中に広がっていた。当然、話題の中心になるのは莉乃だ。夕陽との関係性は学校に知れ渡っている。返ってくるのは、賞賛と畏怖──その中を縫って歩くのは気持ちが良い。
やることはやった。あとは警察がどう判断するかで今後が決まる──そんなことを考えながら下駄箱へスニーカーを入れると、その先に広がる中庭に何やら人だかりができていた。
「いけません! いけません! 危ないです! 押さないでください!」
学生たちとそう背の変わらない、額をあげた髪型の女が、人だかりを制するように手を上げている。その奥で手を振っているのは──昨日聞き込みに来た三条とかいう刑事だった。
「本当に刑事さんなの!?」
「ファッションセンスエグ!」
「あらま、イヤだわもう。わたしってもしかして人気者なのかしら!?」
わざとらしくそう言って見せると、それに続けるように、これまた芝居がかった様子で笑顔を見せた。
「実は自慢ってわけじゃないんだけど──ウエゲを逮捕したのもわたしなのよ」
「マジで!?」
「ヤバくない!?」
「あの配信見てた! 刑事さんすご! エグ!」
きゃあきゃあと騒ぎが止まらない。莉乃はそれを見て直感した。これは間違いなく彼に見つかると面倒なことになる。何より、他の人間の前で、彼にうだうだ言われるのは思わぬボロを出しそうだった。
「あら会長さん、おはよう」
早速見つかってしまい、莉乃は嫌悪を隠すのに苦労しつつ、弱々しい笑みを見せた。親友を失った──それでいて、気丈にも学校へ登校してくる人間を、小説の登場人物を作るように組み上げ、トレースする。一度そうすると決めてしまえば、莉乃にとって何も難しくはなかった。
「おはようございます」
「昨日はごめんなさいねえ。しばらく事件の捜査ってことで出入りすることになったの。授業終わったら時間もらえないかしら?」
「……あまり昨日のことは話したくありません」
建前と本音が完全に合致していた。このような口ぶりなのは、もう想像がつく。夕陽の死を事故だと信じていないのだろう。ちょっかいを出されるのはこれ以上避けたかった。
「あの! 白島さん!! どうか気を落とされないようになさってくださいね!!」
三条の隣の額を上げた女刑事が大声でそう述べてから深々と頭を下げる。
気を落とす、か。
莉乃は口の中でそう呟くと、読みかけの本を閉じるように彼らのことをぴたりと視界から締め出した。
「ここが生徒会室ですかあ」
真っ先に扉を開けて入ったさくらが、懐かしさを感じたのかどこか感慨深そうに、中を見回した。つばめも大なり小なり、思うところはある。
授業中に生徒に目がつくところで彷徨いたりするのは止めてくれと教員に釘を差されたつばめたちは、生徒会室の様子を見ることにし、ここに向かった。古めかしい木の机が置いてあり、壁側にはメタルラックに収まったこれまでの活動を綴った本が詰め込まれ、色褪せたリースが立てかけてある。どうやら中古らしい古びた応接セットが、どこか校長室のイミテーションのように感じられる。
「あっ、見て下さいキャップ! リースですよ! クリスマスリースって楽しいんですよ! 私も作りに行ったことがあります! ワイヤーで葉っぱとか、南天の実がついた枝を巻き取って綺麗に飾り付けるんです!」
さくらは低い背を精一杯伸ばして、棚の上にあるそれを指差した。
今は二月。クリスマスはすでに過去になっている。水分が抜けたことで赤い木の実が転がっていた。
「ふうん」
つばめはそれを一瞥してから、窓を開けて下を覗き込んだ。白島莉乃はおそらくこの部屋から電話をかけて、被害者を転落させた。
一体どうやって?
アルミサッシに指を沿わせると、埃と一緒に違和感が残った。妙なひっかかりがある。
「これ、何かしら?」
擦られたような跡だ。糸で擦り付けたようなそれは、この部屋の雰囲気とは見合わなかった。この部屋の持ち主である、白島がやったのだろうか。
つばめは唇に触れて、指でとんとんと叩く。
「被害者は図書委員会。白島さんも同じ委員と、生徒会長を兼任してるんだったわね?」
「はい! そうですよ!」
それは、白島があの日の校舎にいた唯一『両方の部屋を自由にできた人間』であることの証左ではないのか。いくらでも怪しいと思う要素は出てくるが、証拠がなければなんの意味もない。
「さくらちゃん、悪いんだけど、生徒会と図書委員会について調べてもらえない?」
「えっ!? どうしてです?」
「最近妙な動きをしていなかったかどうかを確認してもらいたいの。どんな些細なことでも構わないわ」
さくらはわかりました、と手帳に指示を書き付ける。指で唇をとんとんと叩きながら、つばめは散らばった情報を繋ぎ合わせるべく、点を配置していた。まだ線にはならない。
「キャップはどうなさるんですか!?」
「もう一回白島さんにあたってみるつもりよ」
最も違和感を覚えていたのは、他ならぬあの生徒会長──白島莉乃の態度であった。いつも一緒に行動していた親友が死んだにしては落ち着きすぎている。確かに昨日も、会った直後には動揺していたが──あれもどこか用意されたような態度に思えてならない。何にしろ勘の範囲を出ることのないものだ。
だが、つばめはこの事件にどこか執拗な計画性を感じてならなかった。
窓のサッシにある僅かな掠り傷に、再び指を這わせながら、彼は犯人へと思いを馳せる。
その背後に何があるとしても、命を奪った報いだけは受けさせなくてはならない。
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