第弐話

 日のある京の街は賑わいがあり、人通りが多ければ店にと立ち寄る者も多い。にしてもであった。隣に共に歩いているこの少女は呑気に団子を食べている。隣にいる俺様が人斬りであることを理解しているのだろうか――いや、そういえばこのウメとか言う奴は理解したうえで俺様に頼んだのであったな。

「それで汝は先ほど逆手持ちの逆手持ちの人斬りに心当たりがあると申したが、本当なのか?」

「うむ。逆手持ちで有名な人斬りなら知っている奴がいてな、過去に何回か一緒に仕事をしたわけだが……そいつが京の者っていう確証はあるのか?」

 少女が言うにはその人斬りは京にいると言うらしい。しかし、その証拠をこの目で見てない俺様にとってはこの少女の言葉しか信ずるものがない。そのため、再度その確証となり得る根拠を確認しておかねばならなかった。

「聞いたのだよ、各地を歩き回っている剣士にな。奴と出会ったのは夜遅くであって顔は分からなかったが、なにせ、その逆手持ちの者は凄く目立つ着物を着ておったからな。上は白、下は黒のものであった。そして、その着物には藤の家紋が入っていたが、おそらく盗んだものじゃろうな」

 やはりだ。それらの情報は俺様の知っている逆手持ちの人斬りと一致する。そして、その者は確かに京を拠点として活動している者だ。いま何処にいるかは不明だが、俺様は顔も名前も知っている。後は、出会って斬るだけだ。

「そうだな、お前さんの情報通りであればそいつはこの京の街にいるだろう。なにせ、奴は京を拠点として活動している。そして、お前さんの言った通りその着物は盗んだものだよ」

 金にがめつい奴ではあったが、奴は気に入った物に関しては自分の物にする癖がある。そのせいで俺様が危険な目に合ったこともあった。

 性格はよく喋る調子者であり、二人で行動する時なんかはよく俺様に喋りかけて来たし、用も無いのに声を掛けて話に来たりもした。それでも剣の腕に関しては確かだ。逆手持ちの剣技に関しては俺様でも奴には勝てない。だが、それは逆手持ちであれば、の話であり、こちらが負ける道理にはならないことだ。

「おい、聞いているのか汝よ」

「ん? 悪いな、ちょっと考えてた。それで、なんだい?」

「まったく、これから人を斬る、あるいは今にでも人を斬るのに緊張感も無いのう。それで、その人斬りの名は知っているのか?」

「もちろん知ってるさ。奴の名は岡村之乃助おかむらこれのすけ、高名な逆手持ちと名高い俺様と同じ人斬りさ」

 名前など本来どうでもいい。斬られちまえばどんな人であれ屍に違いねぇのだから。それなのに、なぜこの少女は名前など気になるのだろう。

「そうか、それが私の父を殺した者の名か。……汝は、いいのか? 其奴は汝が過去に仕事を一緒にしたのだろう」

「そんな小さなことを気にしてんのか? 俺様から言わせてもらえば、阿呆らしいことだな。死んじまえばそれだけだ。弱かったから死んだ、それが当たり前だろ。それに、さっきも言っただろ、俺様は人が斬れればそれでいい。同じことを二度も言わせるな」

 分かりきったことだ。たとえ相手が古くからの仲であったとしても、弱ければいつかは死ぬ。であればそこに責められる点などない。それは俺様も同じだ。だからこそ多くの者が剣技を磨き、生死を生きる術を身につける。

 少女は団子を食べ終えていた。いい機会だ、ここであの時の事をこいつに聞いてみることにしよう。

「なあお前さん、昨晩の廃寺で俺様を見ていたのはお前さんか?」

「いや、流石にそんな夜遅くには訪れてないぞ。礼儀と言うものを幼い頃から叩き込まれたからのう、それくらいの常識はあるぞ」

「そうか。変なことを聞いたな、忘れてくれ」

 あの昨晩の目線はこの少女のものでは無かった。であれば、一体誰がこの俺様を、何の為に見ていた、監視していたのだろう。朝には少女以外の気配は無かった。――見つけ次第、斬るか。

 しばらくして歩いて辿り着いた、正確にはぶらりと歩いていて自然と辿り着いた場所には「伊織屋」と名が書かれた質屋があった。

「汝、ここは質屋のようじゃが」

「うむ、そうだ。古い物から盗品、果ては情報だって取り扱っている質屋だ」

 堂々とした素振りを見繕って中へと入って行く。やはりと言うべきか、伊織屋は今日も千客万来と言うに相応しい、多くの客が店の者と取引を行っていた。

 店の奥から店主であり、京の数少ない俺様の顔なじみの男がやって来た。男の名は吾味佐左エ門ごみささえもんと言う者であり、俺様が丹後国から京にやって来る際に、付いて来た者である。佐左エ門は俺様と同じ藩に住んでいたため、過去に何度もお互いにお世話になった。そのため今回もお世話になることを決めた。

「こりゃあ、和徳さんじゃないですか。本日はどのような件でして? 遺品でも売りに来ましたか」

 遺品、佐左エ門の言う遺品とは遠回しな言い方で斬り殺した者から剥いだ盗品のことだ。生憎俺さんにはそんな趣味はない。

「そんなんじゃねえ。岡村之乃介と言う逆手持ちの人斬りがいるだろ、あいつがどこにいるか知っているか?」

「何処にいるか、ですか? 詳しいことは分かりませんが、ここのところはやたらと島原に通われていると聞きます。なにやら、大きな金が手に入ったそうで」

 大きな金、遅かったか。その大きな金の出自が流星刀であれば、もうどこかに流れちまったか、他の者の手に渡ってしまっただろう。

「佐左エ門、ここだけの話だからよく聞いておけ。流星刀が流れているかもしれない。もし、それが手に入ったら俺様に買わせろ。元を辿ればそれはこの少女の物だからな」

 そう言い残して俺様はそそくさと逃げるようにして伊織屋から聞こえる佐左エ門の「分かりました」の声を聞き入れて後にした。そして、それを追うようにして少女は付いて来ていた。

「汝、人斬りにしては優しいのじゃな。……本当に、人を斬ることを楽しみにしているのか?」

 少女は俺様の顔を覗き上げるようにして言った。――優しい、それは間違いだ。俺様が優しいわけじゃない。

「優しいかって、冗談じゃない。ただな、お前さんみたいな親からの愛情を受けた奴は幸せに生きる資格があるからそれを後押ししてやってるだけだ。俺様と、お前さんでは全然違うのだからな」

 そうだ、この少女は俺様とは違う。親からの愛情を受けていたのだ。それなら、できるだけのことはしてあげなければならない。それが俺様の流儀だ。

「まあ、あとは夜を待つだけだろう。明日までは、この金をやるからどこかで遊んでいな。ここから俺様一人の領分だからな」

 そう言い、少女と向き合って金を出そうと懐に手を入れようとした時であった。少女の手には鉄の何かが握られており、その鉄の筒が俺様の方へと向けられていた。

「これが何かは、汝には想像の付かぬ物だろう。これはピストルと言ってな、西洋の商人から父が譲り受けた物だ。女の守り刀、にしては威力が絶大すぎる代物だがな」

「だから、どうしろってんだ。まさか、連れていけとか言うんじゃないだろうな? 足手まといは御免だ」

 少女が持つピストルがどのような物かは知らない。だが、凡そは小さく、簡略化とした火縄銃か何かだろう。――迎え討つ、そんな考えは毛頭ない。とすれば、説得するしか他ないだろう。

「私も付いて行く。私には父を殺した者の最期を見る資格がある、いや、見なければならない」

「バカ言ってんじゃねえ。お前さんが捕まって人質になったら斬るものも斬れない。それに、斬る前にお前さんが先に死んじまえば復讐の意味が無いだろ」

 ぐう、の音を出しながらも少女の眼にはめらめらと燃える炎があった。当然と言えば、当然なのだろう、何せ親を殺されたのだから。だが、力を持たぬ少女が無力であることに変わりはない。それに、時間のことを考えれば連れてくことは難しい。分かり切っているようであるが、時間は夜遅くに、それこそ寝ることなく、日を見ることなど当たり前だ。金持ちの御令嬢にそんなことが耐えることができるかと問われれば、それは無理だろう。

「私は、父の死に際を目の前で、隠れて見ていた。何もできず、見ることしかできなかった。いま、ここにあるのは私と父が残した大金だけだ。それを復讐の為に汝に渡した、その覚悟がどれだけのものかは汝でも分かるだろう」

 威圧だけは一丁前だ。全ての金を俺様に懸る、それは殺された父の為にだ。俺様には

到底できない覚悟だ。――だからこそ駄目だ。

 一歩前へ進む。威圧を掛けているに少女は威勢を変えずに立っていた。それでも俺様は少女にとって酷な決断をする。

「やはり駄目だ。前金であった五十両は返す。だからよ、明日、明後日の朝まで京のどこかで待っててくれ、な」

 それでも少女は退かない。今の俺様とは、真逆だ。ここまで真っすぐな性格だと昔の自分を鏡写しで見ているようで嫌になる。――だが、少女は少女であり、根本は俺様とは違う。だからこそ俺様はウメには見てほしくないと思ってしまう。

「恩返しと言うのは、生きているからこそ成り立つもんだ。死んだらそれだけだ。だから、ここは下がってくれ」

 しばしの沈黙、それでもすぐに少女は解したように返事をした。

「なら、せめてこのピストルだけは持って行ってくれ。これでとどめを刺せ、とまでは言わないが、父の想い、私の想い、だと思ってくれ」

 少女の眼にはもう炎は無かった。それでも、確かな想いはあった。こちらの意を察したのだろうか、だとすればませてやがる。

 ピストルを無作為に取り上げ、懐にと忍ばせる。

「これでいいな」

 よほど共に付いて行けぬことが不満であるのか、ピストルを取り上げても何も言わず、少女はただ頷いた。だがこれも少女が求める逆手持ちの人斬り、之乃介を斬るためだ。

 少女に背を向け「では」とだけ告げてその場から歩き出した。

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