刀剣太刀術見聞録

七音壱葉

人斬り剣士

第壱話

 夜の京ともなれば人数が減るところもあれば、一層と増えるところもある。だが、仕事を終えた俺様にとってそんな場所など関係ない。ただ俺様はこの夜闇が空けるのが待ち遠しかった。

 人を斬ることこそが俺様にとっての至極人生。今宵の仕事も綺麗に袈裟に斬ってみせた。明日の朝にでもなれば死体は皆の眼に止まり、依頼主にそれが分かれば俺様のところに金がやって来る。それまでの余韻が俺様は堪らず愉悦であった。

「ああ、今宵も血が匂う」

 着物に飛び付いた血の匂いは拭えない。しかしそれはどんな美酒よりも、どんな花よりも香ばしく、可憐だ。

 廃寺には俺様しかいない、その筈なのだが、どうも何処からか視線を感じ、どうして気にならない筈がないだろうか。その目線は獣ではなく人だ。人であること以外に明確なのは、殺意が籠っていないことぐらいだろうか。――相手にするか? 馬鹿馬鹿しい。例え相手が俺様を殺したいとでも思っていても返り討ちするだけの実力は持っている。だからここは無視するまでだ。

 俺様は今宵もう寝ることにした。誰かに見られながら仕事の余韻を味わうのは癪だ。ならば残された選択としてはもう寝るくらいだ。だったら寝るだろう。誰だってきっとそうするはずだ。

 壁の方に背を寄せ、いつものように胡坐をかいて寝る。――暗転する。ただの暗闇だけが広がり、過去の記憶が断面となり、物語となって浮かび上がる。



「どうした和徳。なぜこれくらいのこともできない」

 父が木刀を差し向けて怒鳴る。

 鍛練ではいつものことであった。俺様には父の教える剣技と言うのにこれっぽっちもの才能が無かった。いや、むしろ覚える気などなかったのだろう。

幸之助こうのすけは糸も容易くできるのだぞ。お前も早く型を覚えろ」

 型なんて本当は覚えている。むしろ考えることなどしなくとも型の一つや二つを連続で出すこともできれば、流派に則った新しい技を生み出すことだってできる。だが、いつも俺様の前にはあいつがはだかっていた。

「兄様はどうしてできることもしようとしないのですか?」

 分かり切った事を。俺様にはお前が邪魔だった。父にとって俺様の剣技はいつも蚊帳の外であり、父はいつもあいつばかりを見ていた。父の愛情を受けて来たお前は何をするにしたって認められた。後から出てきたくせに剣技だって俺様より認められた。

 そんなお前を俺様は、堪らなく斬りたかった。



 暗転が戻る。日差しの明かりが目に入る。どうやらもう朝になってしまったようだ。

「久しぶりに、嫌な夢を見ちまったな」

 滅多に見ることない夢に悪態を付いて立ち上がる。

 昨晩の仕事でしばらくはもうやることはない。せっかくの京だ、島原に遊びに行くのもいいが、遊ぶには時間が早い。

「しゃーね。外を適当にぶらつくとでもするかな」

 みしみし、と今にも崩れそうな音が歩くたびに響く。――この廃寺ももう長居はできないだろう。昨晩の謎の目線、その正体に興味などないが、この場所が知られた今となっては場所を変えた方が得策だろう。

 廃寺から出るとそこには一人の小奇麗な赤い着物を着た少女が立ってこちらを見ていた。最近の言葉を使って言うのであれば、どこかの御令嬢の者だろうか。

「ここに人斬りを生業としている者がいると知って来た。なれがそうか?」

「そうさ。仕事は人斬り、趣味も人斬り、金さえ渡されりゃあ誰でも斬る、それで名前が通っているのが俺様こと朝山壱伝和徳だ。それで、俺様に依頼でもあるのかい?」

 目の前に立つ少女は、手に持つ木箱を俺様の前に置き、その木箱を目指しするようにして言った。

「そこには五十両ある。仕事をこなせばさらに五十両あげよう」

 前金は五十両、仕事を成功させればさらに五十両との合計で百両との大金、一人の少女が出せる金ではない。しかしこの朝山壱伝和徳にはそのようなことはどうでもいい。人が斬れる、それだけが重要であった。

「別に、構わない。それで、誰を斬ればいい。名前は知っているか、それとも顔だけか」

 人を斬るために必要な最低限な情報、それが無ければ斬ることは出来ない。いや、正確には斬ることは出来るのだが、一個人を狙って斬ることが出来ない。

「顔も名前も知らない。だが、唯一知っていることはある。それは剣技だ、奴の剣技は私が目の前で、間近で見ていたから分かる」

 ふーん、と鼻で歌い、顎を撫でた。剣技は人を表すと言うが、それを見極めるにはかなりの達人でなければ不可能だ。この少女にそれが見分ける、できるとは思えないが、それでも話だけは聞いてあげることにした。

「奴は、刀を逆手で使うことで有名な人斬りのはずだ。奴は逆手持ちの刀で私の父を殺した、汝にはそいつを斬ってほしい」

 逆手持ちの人斬り、父を殺した、要するにこの少女は俺様に父の仇討ちをやらせようとしているらしい。別にそれはいい、だが、ここまで大金を出す理由が分からない。金さえ渡されれば誰だって斬る、それが信条の俺様だが、当然疑問だって浮かぶことがある。今回はその例だ。あまり人様の事情に深追いはしないのだが、ここは一つ好奇心に任せて聞いてみることにした。

「そうだな、他の者にもお願いしたが断られた。そこで耳にしたのが汝だ。金さえ払えば誰だって斬る人斬りと聞いてな。安心しろ、お金なら人並み以上にある。……本来であれば、こんなことを汝らみたいな者に頼りたくないのだが、どうか父を殺した者を見つけて殺し、願わくば父の宝である流星刀を取り返して欲しい。もちろん、汝が望むなら流星刀の分も金は出す、じゃから……」

 やはり人斬り以外にも目的があるらしいようだ。流星刀、話しだけなら聞いた事はある。空から降って来た物を使い、刀にした代物。なるほど、それほどの刀を持っているのなら武士の者じゃなくとも大金を持っていたとしてもおかしくない。

「なあ少女、なんか勘違いしてねえか。俺様は人を斬れればそれでいいんだよ。流星刀だとかどうだっていい。正直言えば金なんて人を斬るための建前だ」

 そうだ、いつだって金は人を斬ることを正当化させるための建前であった。これまでだって俺様は金を稼ぐことを楽しみにしたことなどなく、人を斬ることを楽しみにしていた。

 それにしてもだ。逆手持ちの人斬りの目的は流星刀と言う珍妙な刀そのものが目的、あるいは金銭目的だろうか。だとすれば早くその者を見つけ出さなければならないわけだが、俺様にはその逆手持ちの人斬りがどうもどこかで知っているようなそんな気がした。

「まあ少女、とりあえず街に出てから話をしようぜ。こんな廃寺じゃあ彩もないからな。あと、金はそこの廃寺の下にでも隠しておいてくれ」

「分かった。それと、私の名はウメだ。それに、少女と言っても既に元服は済ませておる」

 どうやら少女の名はウメと呼ぶらしく、既に元服は済ましてあるらしい。とは言え、その姿は少女の身であった。

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