[総ルビ]滝川海老郎の短中編集

第4話 城門警備の仕事 (1800文字)

●第（だい）4話（わ）　城門（じょうもん）警備（けいび）の仕事（しごと）

　あの紳士（しんし）のおじさん。

　どうやらミハイル・エルバラード公爵（こうしゃく）らしい。

　公爵（こうしゃく）というのは貴族（きぞく）中（ちゅう）で一番（いちばん）偉（えら）い。これより偉（えら）いのは王族（おうぞく）だけだ。

「ということで今回（こんかい）のスリを捕（つか）まえた件（けん）。お礼（れい）として金貨（きんか）二十（にじゅう）枚（まい）それから白磁（はくじ）の皿（さら）を一枚（いちまい）」

「これはこれは、ありがとうございます」

　今（いま）はうちの応接室（おうせつしつ）だ。

　マリーちゃんの父親（ちちおや）のエイルハルト・アイアンバウアー伯爵（はくしゃく）が応対（おうたい）していた。

　隣（となり）には母親（ははおや）のバルメラさんとマリーちゃんもいる。

　俺（おれ）は大人（おとな）しいため一緒（いっしょ）にいることが許（ゆる）されて、部屋（へや）の隅（すみ）で眺（なが）めていた。

「それにしてもあれだけの大芝居（おおしばい）をした犬（いぬ）が、ここでは非常（ひじょう）に大人（おとな）しいと。粗（あら）い性格（せいかく）なのかと思（おも）っていたがいやはや、本格的（ほんかくてき）に賢（かしこ）いのだろうな」

「ええ、バルはなぜか歴代（れきだい）の犬（いぬ）の中（なか）でも、特殊（とくしゅ）というか空気（くうき）を読（よ）むのも判断力（はんだんりょく）なども素晴（すば）らしくて、マリーの護衛（ごえい）としても最適（さいてき）です」

「だろうな、それで城門（じょうもん）の警備（けいび）の仕事（しごと）、引（ひ）き受（う）けてくれるだろうか」

「いいですよ」

「助（たす）かります。最近（さいきん）、城門（じょうもん）を突破（とっぱ）しようとする不届（ふとど）きものが何回（なんかい）か続（つづ）いてましてね、しかもいずれも取（と）り逃（に）がすという失態（しったい）でして」

「あぁ、その件（けん）は知（し）っています。『王都（おうと）警備（けいび）隊（たい）の恥知（はじし）らず』ですよね」

「そうです。すっかり名前（なまえ）まで付（つ）けられてこちらとしては頭（あたま）が痛（いた）いのだ」

　爵位（しゃくい）が異（こと）なるので敬語（けいご）なのがマリーちゃんのお父様（とうさま）で常体（じょうたい）なのがエルバラード公爵（こうしゃく）だ。

　公爵（こうしゃく）は王都（おうと）騎士（きし）団（だん）と王都（おうと）警備（けいび）隊（たい）の両方（りょうほう）の指揮（しき）権（けん）を持（も）っている騎士（きし）団長（だんちょう）だった。

　それで『王都（おうと）警備（けいび）隊（たい）の恥知（はじし）らず』の件（けん）で頭（あたま）を悩（なや）ませていたという。

　そんなときに優秀（ゆうしゅう）な警察犬（けいさつけん）になる僕（ぼく）が現（あらわ）れたので、藁（わら）にもすがるつもりなのか、白羽（しらは）の矢（や）が立（た）ったのだ。

「それでは来週（らいしゅう）の月曜日（げつようび）からで」

「わかりました。マリーにも付（つ）き添（そ）わせます」

「了解（りょうかい）した」

　伯爵（はくしゃく）と公爵（こうしゃく）ががっちり握手（あくしゅ）をして場（ば）を終（お）わらせる。

　どちらもとびきりの笑顔（えがお）だ。

　いい商談（しょうだん）だったのだろう。

　そして数日（すうじつ）後（ご）の月曜日（げつようび）。

「行（い）ってきます」

「わぅぅううん」

　マリーちゃんと僕（ぼく）と付（つ）き添（そ）いのメイドさんが城門（じょうもん）へと移動（いどう）する。

　ここは王都（おうと）クスキリッド。塀（へい）に囲（かこ）まれている城塞（じょうさい）都市（とし）という構造（こうぞう）で出入（でい）りには城門（じょうもん）を通（とお）る必要（ひつよう）があった。

　その城門（じょうもん）の警備（けいび）なのだ。

「じゃあバル、頼（たの）みますよ」

「わうぅうん」

「まったく。本当（ほんとう）にわかってるみたい」

「わうぅ」

「バルは賢（かしこ）いもんね」

「わぅわぅ」

　マリーちゃんが撫（な）でてくれる。やっぱりうれしい。

　そうして城門（じょうもん）へとやってきた。

「こんにちは、マリーです」

「やあやあ、聞（き）いているよ。我（われ）らの救世主（きゅうせいしゅ）、バル君（くん）と飼（か）い主（ぬし）のマリーちゃんだね」

「はいっ」

「じゃあ、さっそくだけど警備（けいび）担当（たんとう）の横（よこ）でスタンバイしていてくれ」

「了解（りょうかい）です」

　おちゃらけてマリーちゃんが敬礼（けいれい）すると、みんなが顔（かお）を崩（くず）した。

　かわいいマリーちゃんにみんなメロメロだ。

　僕（ぼく）も誇（ほこ）らしそうに「わおぅん」と一（ひと）鳴（な）きしてキメ顔（がお）でポーズを決（き）める。

　いろいろな人（ひと）が出入（でい）りをしていく。

　本当（ほんとう）に多種（たしゅ）多様（たよう）でびっくりする。

　その中（なか）の一人（ひとり）。一見（いっけん）して青年（せいねん）の商人（しょうにん）風（ふう）の人（ひと）なのだが変（へん）な臭（にお）いがする。

　これは違法（いほう）薬物（やくぶつ）の臭（にお）いだ。

　レゲレレ草（そう）というもので変（へん）な独特（どくとく）の臭（にお）いがして依存性（いぞんせい）があるため禁止（きんし）されているのだ。

　どこから貰（もら）ってきたのか以前（いぜん）に一度（いちど）マーク君（くん）がうちにも持（も）ち込（こ）んできたことがある。

　両家（りょうけ）の伯爵（はくしゃく）に大目玉（おおめだま）を食（く）らったので、よく覚（おぼ）えている。

「わうぅ、わぅぅう、ぐるるるる」

「どうしたの？　バル？」

「マリーさん。きっとこの人（ひと）、何（なに）か持（も）ってるんですよ」

　警備兵（けいびへい）の男性（だんせい）が商人（しょうにん）風（ふう）の青年（せいねん）を睨（にら）む。

「俺（おれ）は何（なに）も、何（なに）も悪（わる）くない。何（なに）も変（へん）な物（もの）なんて」

「いいから、青年（せいねん）。列（れつ）を外（はず）れて、こっちで検査（けんさ）しよう」

「うっ、はい」

　青年（せいねん）が青（あお）い顔（かお）をして隅（すみ）で荷物（にもつ）を広（ひろ）げはじめる。

「あった、あったぞ。レゲレレ草（そう）だ。確（たし）かに売買（ばいばい）や輸送（ゆそう）が禁止（きんし）されている」

「でも、だたの香草（こうそう）だと思（おも）って」

「香草（こうそう）ね。これは禁輸（きんゆ）品（ひん）だから、没収（ぼっしゅう）だ」

「わかりました」

「悪意（あくい）があるわけでもないし、数（かず）も一（いっ）本（ぽん）だけだ。今回（こんかい）は許（ゆる）すけど次（つぎ）はわからん」

「気（き）をつけます。ごめんなさい」

「よし。行（い）っていいぞ」

　青年（せいねん）が解放（かいほう）された。

　列（れつ）はその間（あいだ）も次（つぎ）の人々（ひとびと）を見分（けんぶん）している。

　そのすべての荷物（にもつ）を開（ひら）いて調（しら）べるわけにはいかないので、目視（もくし）で人相（にんそう）チェックくらいしかできないのだ。

　そこでバルの鼻（はな）は大活躍（だいかつやく）するというわけだった。

　いちいち荷物（にもつ）を広（ひろ）げなくても、駄目（だめ）なものを探（さが）せる。

「バル、お手柄（てがら）だぞ。ほれ干（ほ）し肉（にく）をやろう」

「わうわうっ」

　やった。干（ほ）し肉（にく）だ。これは羊（ひつじ）で噛（か）めば噛（か）むほど味（あじ）がして美味（おい）しい。

　僕（ぼく）の中（なか）では好物（こうぶつ）だった。

　ジャンプしたり回転（かいてん）して喜（よろこ）びを表（あらわ）すと、警備兵（けいびへい）たちもわっと湧（わ）いた。

「めっちゃよろこんでるじゃないですか隊長（たいちょう）」

「ああ、表情（ひょうじょう）豊（ゆた）かだな、こいつ」

「あははは」

　けっこう受（う）けた。やったね。