[総ルビ]滝川海老郎の短中編集

14-1．少女全員が奴隷首輪をする国 前編(5000文字)

●タイトル

少女（しょうじょ）全員（ぜんいん）が奴隷（どれい）首輪（くびわ）をする国（くに）

●あらすじ

この国（くに）に生（う）まれた子（こ）は二十五歳（さい）まで奴隷（どれい）首輪（くびわ）をする風習（ふうしゅう）がある。

それは奴隷（どれい）の身分（みぶん）に落（お）ちることを意味（いみ）していたが、少女（しょうじょ）たちは幸（しあわ）せであったという。しかもどの少女（しょうじょ）も美（び）少女（しょうじょ）ぞろいと評判（ひょうばん）が他国（たこく）まで流（なが）れるレベルであった。旅人（たびびと）のバルはこの国（くに）を訪（おとず）れ奴隷（どれい）の少女（しょうじょ）と知（し）り合（あ）う。二人（ふたり）はお互（たが）い相手（あいて）をよい人（ひと）と評価（ひょうか）する。バルは彼女（かのじょ）を手（て）に入（い）れる儀式（ぎしき）に挑（いど）む。

●前編

　寒（さむ）さも和（やわ）らいだ三月（がつ）の末（すえ）、俺（おれ）は旅（たび）に出（で）た。

「バルさんどこまで行（い）くんだっけ」

「俺（おれ）はひとまずミセドラシル」

「結構（けっこう）遠（とお）いな……」

「ああ、でも美（び）少女（しょうじょ）が多（おお）いって噂（うわさ）で」

「なんだ嫁探（よめさが）しかぁ、若（わか）い。若（わか）いねぇ、羨（うらや）ましい」

「違（ちが）うけど興味（きょうみ）本位（ほんい）だ。酒（さけ）の話（はなし）くらいにはしようかと」

「酒（さけ）と女（おんな）には気（き）をつけろよ」

「見（み）てみたいじゃん。他国（たこく）まで聞（き）こえてくる美（び）少女（しょうじょ）の楽園（らくえん）とか」

「俺（おれ）もあと十年（ねん）若（わか）ければくっついていくんだがな」

　ということでバルが俺（おれ）。

　隣（となり）で塩（しお）を効（き）かせたジャーキーで食（く）っちゃべっているのが居合（いあ）わせた猫耳（ねこみみ）の商人（しょうにん）のおっさんだった。

　乗合（のりあい）馬車（ばしゃ）を乗（の）り継（つ）いで進（すす）んでいく途中（とちゅう）だ。

　俺（おれ）は胡椒（こしょう）の袋（ふくろ）を買（か）えるだけ買（か）った。隣（となり）の商人（しょうにん）も同（おな）じだった。

　東（ひがし）の国（くに）は内陸（ないりく）側（がわ）だから船（ふね）で輸送（ゆそう）してくる南国（なんごく）産（さん）の胡椒（こしょう）が高（たか）く売（う）れる。

　塩（しお）は大（だい）商人（しょうにん）がマジックバッグに大量（たいりょう）に詰（つ）めて輸送（ゆそう）するようになってから個人（こじん）商人（しょうにん）では立（た）ち行（ゆ）かない商売（しょうばい）になってしまった。

　胡椒（こしょう）を買（か）った拠点（きょてん）にしている海洋（かいよう）国（こく）のイルクルー王国（おうこく）からバスティア女王（じょおう）国（こく）を抜（ぬ）け更（さら）に先（さき）、ミセドラシル賢（けん）王国（おうこく）へと到着（とうちゃく）した。

　ここまでくると流石（さすが）に異国（いこく）情緒（じょうちょ）というものがあちこちに見（み）えてくる。

　特（とく）に気（き）になるのが国境（こっきょう）門（もん）を抜（ぬ）けてすぐから目立（めだ）ちはじめたアレだ。

　――奴隷（どれい）首輪（くびわ）。

　道（みち）行（い）く女（おんな）の子（こ）。小（ちい）さい一歳（さい）の子（こ）から二十五歳（さい）までの女（おんな）の子（こ）全員（ぜんいん）が奴隷（どれい）首輪（くびわ）をしている。

　黒（くろ）くて革製（かわせい）のそれはイルクルー王国（おうこく）では奴隷（どれい）落（お）ちした本当（ほんとう）に奴隷（どれい）身分（みぶん）になった人（ひと）だけが強制（きょうせい）的（てき）に付（つ）けさせられるいわくつきのものだ。

　ここでは常識（じょうしき）が違（ちが）うらしい。

　国境（こっきょう）門（もん）のすぐ前（まえ）で乗（の）った馬車（ばしゃ）が街（まち）の中（なか）を進（すす）んでいく。

　隣（となり）のおじさんは黒毛（くろげ）の犬耳（いぬみみ）だ。この人（ひと）も一応（いちおう）商人（しょうにん）らしい。

「なんで女（おんな）の子（こ）はみんな首輪（くびわ）してんの？」

「西（にし）の国（くに）の人（ひと）かい？　これは安全（あんぜん）のためだよ。防犯（ぼうはん）対策（たいさく）なんだ」

「へぇぇ」

「でも首輪（くびわ）なんかしたら……奴隷（どれい）だろ」

「もちろん奴隷（どれい）さ。でもみんな奴隷（どれい）だからそれ以上（いじょう）に落（お）ちようがないんだよ」

「なるほどなぁ」

　つまりこうだ。みんな奴隷（どれい）ならもうそれ以上（いじょう）は下（さ）がらない。みんな一緒（いっしょ）。

　街（まち）の中（なか）、少（すこ）し治安（ちあん）の悪（わる）い裏通（うらどお）りを通（とお）るところだった。

「お、おう、赤（あか）いのもいるな」

「ああ赤（あか）い首輪（くびわ）はどの国（くに）も共通（きょうつう）だろ？」

「まあそりゃそうなんだがな、胸糞（むなくそ）悪（わる）い」

「まあそう言（い）うなって」

　赤（あか）い首輪（くびわ）。つまり娼婦（しょうふ）の奴隷（どれい）だ。

　黒（くろ）い首輪（くびわ）の女（おんな）の子（こ）には必（かなら）ずご主人（しゅじん）様（さま）として登録（とうろく）された人（ひと）がいる。

　女（おんな）の子（こ）は全員（ぜんいん）首輪（くびわ）をしているのでご主人（しゅじん）様（さま）は男性（だんせい）か高齢（こうれい）の女性（じょせい）だ。

　奴隷（どれい）は普通（ふつう）、主人（しゅじん）の命令（めいれい）に背（そむ）いてはならない。

　特（とく）に首輪（くびわ）に魔法（まほう）登録（とうろく）された契約（けいやく）には逆（さか）らうと罰（ばつ）が与（あた）えられる。

　その中（なか）の必須（ひっす）項目（こうもく）に性（せい）行為（こうい）がある。

　だから黒（くろ）い首輪（くびわ）をしている女（おんな）の子（こ）は勝手（かって）に性（せい）行為（こうい）をしてはいけなくて逆（さか）らうと罰（ばつ）を受（う）ける。

　それは強姦（ごうかん）だろうと発生（はっせい）する。電撃（でんげき）が一般（いっぱん）的（てき）で男性（だんせい）が襲（おそ）うと首輪（くびわ）から女（おんな）の子（こ）もろとも男（おとこ）まで電気（でんき）でしびれてしまう。この電撃（でんげき）。かなり痛（いた）いと評判（ひょうばん）だ。

　しかもこの電撃（でんげき）を浴（あ）びると不能（ふのう）になるという噂（うわさ）がある。事実（じじつ）らしいから実行犯（じっこうはん）はかなりのバカだ。

　つまり電撃（でんげき）は女（おんな）の子（こ）への懲罰（ちょうばつ）なのだが、暴漢（ぼうかん）対策（たいさく）にもなっている。

　それからすでに首輪（くびわ）登録（とうろく）されている奴隷（どれい）は他（ほか）の人（ひと）の奴隷（どれい）にできない。

　赤（あか）い首輪（くびわ）は特殊（とくしゅ）で性（せい）行為（こうい）で罰（ばっ）せられない。だから娼婦（しょうふ）専用（せんよう）。

　あらかじめ奴隷（どれい）にしてしまえば、女（おんな）の子（こ）が誘拐（ゆうかい）されて強姦（ごうかん）されたり奴隷（どれい）として売（う）り払（はら）われるという心配（しんぱい）から解放（かいほう）される。

　ただし身分（みぶん）はあくまで奴隷（どれい）だった。この国（くに）でもそれは同（おな）じだ。

「よくこんなこと考（かんが）えたよな。最低（さいてい）の奴隷（どれい）に落（お）とすなんて俺（おれ）の国（くに）だったらロクデナシだが、全員（ぜんいん）がやっちまえば防犯（ぼうはん）になるとか」

「だろ。面白（おもしろ）いよな。しかもこれ始（はじ）めたのは百年（ねん）くらい前（まえ）の王女（おうじょ）様（さま）だっていうんだから」

「そうなのか、へぇ」

「しかも絶世（ぜっせい）の美（び）少女（しょうじょ）だったらしいな、王女（おうじょ）様（さま）」

「そりゃまたなんで」

「命（いのち）狙（ねら）われたり強姦（ごうかん）されそうになったんだろう、お可哀（かわい）想（そう）に」

「あぁ貴族（きぞく）も怖（こえ）えな」

「まったくだ」

　賢（けん）王国（おうこく）では美（び）少女（しょうじょ）が多（おお）いと遥（はる）か昔（むかし）から有名（ゆうめい）だった。

　しかしそれが仇（あだ）となり女（おんな）の子（こ）たちはずっと誘拐（ゆうかい）され奴隷（どれい）に落（お）とされて売（う）られるということが平然（へいぜん）と行（おこな）われていた。

　百年（ねん）前（まえ）には昼間（ひるま）であろうと女（おんな）の子（こ）だけか一人（ひとり）で歩（ある）くことは危険（きけん）すぎて禁止（きんし）されていた。

　それでも誘拐（ゆうかい）は収（おさ）まらないどころか専門（せんもん）の犯罪（はんざい）業者（ぎょうしゃ）が多数（たすう）存在（そんざい）していて有名（ゆうめい）だったほどだ。

　他国（たこく）の裕福（ゆうふく）な金持（かねも）ちはこういった美（び）少女（しょうじょ）を侍（はべ）らすのをステータスとしていたのだ。

　みんな誘拐（ゆうかい）されてきた事実（じじつ）を知（し）っていても、この風習（ふうしゅう）は長（なが）い間（あいだ）続（つづ）いてきた。

　さすがに今（いま）は違法（いほう）売買（ばいばい）の奴隷（どれい）少女（しょうじょ）の話（はなし）はごく稀（まれ）にしか耳（みみ）にしない。

　女（おんな）の子（こ）たちはとっかえひっかえに性（せい）奴隷（どれい）として扱（あつか）われ、年（とし）を取（と）ると捨（す）てられるという。

　そして王女（おうじょ）がそうした事態（じたい）についにキレたそうだ。

「こんなのはおかしいっ、こうなったら奴隷（どれい）に自分（じぶん）からなってやるわ」

　勇（いさ）ましい姫様（ひめさま）が自分（じぶん）に奴隷（どれい）の黒（くろ）い首輪（くびわ）を嵌（は）めた。

　ご主人（しゅじん）様（さま）として王様（おうさま）を指名（しめい）して。

　姫（ひめ）が奴隷（どれい）になって一年（ねん）。

　奴隷（どれい）王女（おうじょ）となった姫（ひめ）は、貴族（きぞく）の娘（むすめ）を口説（くど）いて回（まわ）った。

　強姦（ごうかん）の心配（しんぱい）も売（う）り飛（と）ばされる心配（しんぱい）も無用（むよう）。私（わたし）たちは貴族（きぞく）の奴隷（どれい）として気高（けだか）く生（い）きよう。

　女子（じょし）奴隷（どれい）化（か）運動（うんどう）はあっという間（ま）に広（ひろ）がり貴族（きぞく）の娘（むすめ）は奴隷（どれい）落（お）ちした。

　みんな奴隷（どれい）になってしまえば、もうそれ以上（いじょう）下（した）がないので別（べつ）に何（なに）か言（い）われることもなくなった。

　奴隷（どれい）だから価値（かち）が低（ひく）いどころか、処女（しょじょ）や性病（せいびょう）を持（も）っていないことが保証（ほしょう）されるために貴族（きぞく）には逆（ぎゃく）にステータスですらあった。

　十年（ねん）余（あま）りの間（あいだ）にこの風習（ふうしゅう）はまず市民層（しみんそう）でも裕福（ゆうふく）な家庭（かてい）から広（ひろ）がりをみせ、じわじわと一般（いっぱん）層（そう）にも浸透（しんとう）していった。

　そうして現在（げんざい）、この国（くに）のほぼ全員（ぜんいん）の女（おんな）の子（こ）が奴隷（どれい）の首輪（くびわ）をしている。

　しかしこの風習（ふうしゅう）は他国（たこく）にまでは広（ひろ）がらなかった。

　美（び）少女（しょうじょ）として有名（ゆうめい）なのはこの国（くに）の女（おんな）の子（こ）だけなので、その必要（ひつよう）がなかったとも言（い）える。

　奴隷（どれい）首輪（くびわ）は実（じつ）は金貨（きんか）五枚（まい）はする高級（こうきゅう）品（ひん）だ。

　魔法（まほう）により普通（ふつう）の力（ちから）では破壊（はかい）も無効（むこう）化（か）することもできない。

　できるのは主人（しゅじん）が奴隷（どれい）化（か）を解除（かいじょ）して解放（かいほう）したときか、主人（しゅじん）が死（し）んだときのどちらかだった。

　賢（けん）王国（おうこく）の王都（おうと）ビッシュバルテンに到着（とうちゃく）した。

　なるほど、さすが王都（おうと）。美（び）少女（しょうじょ）がたくさんいる。

　しかも誘拐（ゆうかい）される危険性（きけんせい）が低（ひく）く、治安（ちあん）が嘘（うそ）みたいにいいため、女（おんな）の子（こ）たちが露店（ろてん）販売（はんばい）や店員（てんいん）、ウェイトレスとして広（ひろ）く活躍（かつやく）していた。

　他国（たこく）では治安（ちあん）が悪（わる）い酒場（さかば）などでは娼婦（しょうふ）はともかく生娘（きむすめ）など危（あぶ）なくて雇（やと）ってはもらえない。それは露店（ろてん）販売（はんばい）でも同（おな）じだ。

「オレンジどうですか、オレンジ美味（おい）しいよ」

「ひとつください」

「ありがとうございますっ」

　俺（おれ）は店員（てんいん）につられてオレンジを一（ひと）つ買（か）った。

　美（び）少女（しょうじょ）の店員（てんいん）は商品（しょうひん）と同（おな）じようなオレンジ髪（かみ）の猫耳（ねこみみ）族（ぞく）のようで、元気（げんき）はつらつとしていて非常（ひじょう）にかわいらしい。

　俺（おれ）たちの国（くに）ではこんな美（び）少女（しょうじょ）が露店（ろてん）なんてしていたら裏（うら）路地（ろじ）に連（つ）れ込（こ）まれるのが落（お）ちだ。

「うまいなこれ」

「ありがとうございますっ」

「胡椒（こしょう）買（か）い取（と）ってくれる店（みせ）知（し）らない？」

「それならアビレイシ香辛（こうしん）料（りょう）店（てん）っていうのが普通（ふつう）だけど、あの、トレマリンク調味（ちょうみ）料（りょう）店（てん）のほうが高（たか）くていいですよ」

「なるほど、どっちかな？」

「右（みぎ）へ行（い）って、少（すこ）し先（さき）を左（ひだり）です。少（すこ）し小（ちい）さい店（みせ）ですが看板（かんばん）もあるので」

「わかった、ありがとう」

　こうして俺（おれ）はトレマリンク調味（ちょうみ）料（りょう）店（てん）で買（か）い取（と）りをしてもらった。

「確（たし）かに品質（ひんしつ）の高（たか）い胡椒（こしょう）じゃな。うちは品（ひん）質（しつ）が悪（わる）いのは買（か）い取（と）っていないのでな」

「ふむ」

「品質（ひんしつ）が高（たか）い分（ぶん）値段（ねだん）も高（たか）く売（う）り買（か）いするのがうちの流儀（りゅうぎ）なんで」

「ありがとうございます」

「お互（たが）い様（さま）じゃろ。あっちの店（みせ）なんて品質（ひんしつ）なんて二（に）の次（つぎ）で量（りょう）で勝負（しょうぶ）だそうだからな」

「ああぁさっき聞（き）いた店（みせ）ですね」

「あんたも腹（はら）壊（こわ）したくなかったら、あっちの店（みせ）で買（か）うのはやめたほうがいい」

「分（わ）かりました。ありがとうございました」

　店（みせ）のおばあちゃんは目利（めき）きができるようだった。

　この店（みせ）は小（ちい）さいながらにおばあちゃんを信頼（しんらい）しているやはりモノの良（よ）し悪（あ）しが分（わ）かる顧客（こきゃく）がひっきりなしに訪（おとず）れていた。

　その中（なか）には有名（ゆうめい）レストランのシェフもいるようだ。

　そして俺（おれ）は思（おも）ったよりもかなり胡椒（こしょう）で儲（もう）かった。売（う）るときに文句（もんく）を言（い）われたら困（こま）ると思（おも）い、いい物（もの）を買（か）ってきたのが正解（せいかい）だったようだ。

　シェフに店（みせ）の名前（なまえ）と場所（ばしょ）を聞（き）いて、オレンジの少女（しょうじょ）の所（ところ）に報告（ほうこく）に戻（もど）る。

「なあオレンジちゃん」

「えっ、私（わたし）ですか？」

「そそ。猫耳（ねこみみ）のオレンジちゃん」

　そういうと顔（かお）を赤（あか）くして耳（みみ）を少（すこ）し垂（た）らす。そのしぐさがめちゃくちゃかわいい。

「胡椒（こしょう）が高（たか）く売（う）れた」

「いい胡椒（こしょう）お持（も）ちでしたものね。私（わたし）のところまで匂（にお）いがして、すぐ分（わ）かりましたから」

「お、そうだったか。胡椒（こしょう）は好（す）き？」

「はいっ」

「ところでもうすぐお夕飯（ゆうはん）だけど、この後（あと）一緒（いっしょ）にステーキとかどう？　お礼（れい）」

「お礼（れい）だなんて。でもうれしいです。ありがとうございます」

　オレンジの少女（しょうじょ）は頭（あたま）をぺこぺこ下（さ）げて俺（おれ）にお礼（れい）を言（い）った。

　お礼（れい）を言（い）うのは俺（おれ）だというのに、健気（けなげ）なものだ。

　俺（おれ）たちはさっきのシェフの店（みせ）に歩（ある）いていく。

「こっちということはバッフェルドですか？　あそこいい店（みせ）ですよね。ちょっと高（たか）いんですけど」

「そうなのか。胡椒（こしょう）の店（みせ）の常連（じょうれん）だからきっといい店（みせ）だと思（おも）って名前（なまえ）と場所（ばしょ）を聞（き）いておいたのが役（やく）に立（た）った」

「なかなか抜（ぬ）け目（め）ないですね。トレマリンクの常連（じょうれん）といえば確（たし）かにどこの店（みせ）もいい店（みせ）ばっかりですね、なるほど、そうやってつながってるんですねぇ」

　オレンジの少女（しょうじょ）はいたく感心（かんしん）してくれた。

　俺（おれ）は何（なん）だか自分（じぶん）が褒（ほ）められたように思（おも）ってうれしかった。

「ステーキ美味（おい）しいです」

「ああ、うまい。さすが胡椒（こしょう）をケチらないだけある」

　塩（しお）と胡椒（こしょう）のシンプルなステーキだがそれがばつぐんにうまい。

　こんなステーキは食（く）ったことがなかった。

　肉（にく）も高級（こうきゅう）品（ひん）のようで口（くち）の中（なか）で身（み）がほどけて溶（と）けてしまいそうなくらいだった。

　俺（おれ）も長（なが）いことあちこち行（い）っているが、ここは大（だい）アタリだ。

　それにしても店（みせ）の場所（ばしょ）は通（とお）りを二本（ほん）も入（はい）ったところで目立（めだ）たない。

　最初（さいしょ）本当（ほんとう）にここかと疑（うたが）うほどだった。

　そのためか一見（いっけん）さんなどがほとんどいないらしく、どこから知（し）ったのかグルメな上客（じょうきゃく）ばかりが集（あつ）まる高級（こうきゅう）店（てん）という感（かん）じだ。

　しかし値段（ねだん）は思（おも）ったよりずっと安（やす）い。

　なにか秘密（ひみつ）があるのだろうか。

　高級（こうきゅう）店（てん）の中（なか）にはその信頼（しんらい）に対（たい）する価格（かかく）でぶっちゃければボッタクリでしかない店（みせ）もある。

　高級（こうきゅう）食材（しょくざい）を使（つか）ってむちゃくちゃ値段（ねだん）が高（たか）いという店（みせ）なら入（はい）ったことはある。味（あじ）は相応（そうおう）かちょっと微妙（びみょう）なくらいで肉（にく）が焦（こ）げていたので、二度（にど）と行（い）くまいと誓（ちか）った。

　ここは値段（ねだん）相応（そうおう）か少（すこ）し安（やす）いくらいなのだ。

　ウェイトレスの女（おんな）の子（こ）も年齢（ねんれい）が少（すこ）し低（ひく）くて心配（しんぱい）だったが、年相応（としそうおう）の笑顔（えがお）はとても気持（きも）ちがよくて素晴（すば）らしいし、なにより文句（もんく）なしの美（び）少女（しょうじょ）だしで、態度（たいど）も真面（まじ）目（め）だった。

　若手（わかて）の教育（きょういく）に力（ちから）を入（い）れているのだろう。いい店（みせ）といえる。

「ありがとうございました。ごちそうさまでした」

「ああ、じゃあまた。俺（おれ）は宿（やど）で寝（ね）る」

「さようなら。またいつかどこかでお会（あ）いしましょう」

　俺（おれ）の国（くに）では信（しん）じられないが、もうすぐ日（ひ）も沈（しず）みそうだというのにオレンジの女（おんな）の子（こ）は一人（ひとり）で家（いえ）に帰（かえ）るらしい。

「これのおかげで……大（だい）丈夫（じょうぶ）なので」

　少（すこ）し顔（かお）を赤（あか）くして首輪（くびわ）を撫（な）でる。

　首輪（くびわ）はどうしても少（すこ）しだけだが苦（くる）しいのだ。その存在（そんざい）感（かん）はいやでも装着（そうちゃく）者（しゃ）には分（わ）かる。

　安心（あんしん）感（かん）もあるのだろうけど、まぎれもなく拘束（こうそく）されているのは事実（じじつ）だ。

　店（みせ）の前（まえ）で別（わか）れて歩（ある）き出（だ）した。

「さようなら」

　また手（て）を振（ふ）ってくれる。

　かわいい子（こ）だった。オレンジの髪（かみ）の猫耳（ねこみみ）の少女（しょうじょ）。

　一瞬（いっしゅん）、出（で）がけにした嫁（よめ）を探（さが）しにという笑（わら）い話（ばなし）を思（おも）い出（だ）す。

　まさか俺（おれ）がオレンジの猫耳（ねこみみ）少女（しょうじょ）をそういう目（め）で見（み）ていたとは自分（じぶん）でもびっくりする。

　あの子（こ）と幸（しあわ）せな旅（たび）をして家庭（かてい）を作（つく）り、結婚（けっこん）する。

　どうだろうか。悪（わる）くはない。

　いや、素晴（すば）らしい気（き）がしてくる。

　俺（おれ）は恋（こい）をしているのだろうか。あんな若（わか）い少女（しょうじょ）に。俺（おれ）よりだいぶ年下（としした）だ。

　宿（やど）は普通（ふつう）の宿（やど）だ。

　これもオレンジの少女（しょうじょ）に教（おし）えてもらったところにした。

　獣人（じゅうじん）が多（おお）いがそれ以外（いがい）に変（へん）なところはない。

　そのかわりサービスはよいのに値段（ねだん）が安（やす）めだ。良心的（りょうしんてき）なのだろう。

「なあなんでこの宿（やど）、こんなサービスいいの？」

「獣人（じゅうじん）たちは助（たす）け合（あ）いが基本（きほん）だからな。人間（にんげん）には分（わ）からねぇと思（おも）うが」

「人間（にんげん）ですまんな」

「いや、お客（きゃく）さんなら大歓迎（だいかんげい）。もっとこう高圧（こうあつ）的（てき）に突（つ）っかかってくる人（ひと）多（おお）いんですわ」

「そりゃ嫌（いや）だな。俺（おれ）は平和（へいわ）主義（しゅぎ）者（しゃ）なんでね。偽善者（ぎぜんしゃ）と呼（よ）ばれようが平等（びょうどう）主義（しゅぎ）の何（なに）が悪（わる）い」

「あははっ、そこまで言（い）ってもらえるなら本望（ほんもう）ですよ」

　奴隷（どれい）差別（さべつ）もあれだが獣人（じゅうじん）差別（さべつ）もある。

　この国（くに）でも獣人（じゅうじん）は一段（いちだん）下（した）に見（み）られて辛（つら）い思（おも）いをしているのだろう。

　それで安（やす）い宿（やど）をやっていると。高（たか）くすれば人間（にんげん）様（さま）に向（む）かってなんだということになってしまう。

「オレンジの子（こ）に紹介（しょうかい）してもらってよかったよ」

「オレンジのってああぁ、あの子（こ）ね。名前（なまえ）は名乗（なの）らなかった？」

「いや聞（き）いてない」

「じゃあ勝手（がって）には言（い）えないけど、あの子（こ）もいい子（こ）でな。人（ひと）を見（み）る目（め）があるんだ。あんた連（つ）れてくるみたいにな、がはは」

　獣人（じゅうじん）のクマ親父（おやじ）はいい人（ひと）だった。

　そうかオレンジの少女（しょうじょ）は人（ひと）を見（み）る目（め）があるか。俺（おれ）も合格（ごうかく）だと思（おも）うと途端（とたん）にうれしくなってくる。

　俺（おれ）はフライドポテトをちびちびとつまんで気持（きも）ちよく寝（ね）た。