[総ルビ]滝川海老郎の短中編集

8．幼馴染に「いつかこの手で殺してあげるからね」って言われた件 (2200文字)

●タイトル

『幼（おさな）馴染（なじみ）に「いつかこの手（て）で殺（ころ）してあげるからね」って言（い）われた件（けん）』

●あらすじ

幼（おさな）馴染（なじみ）に「いつかこの手（て）で殺（ころ）してあげるからね」と言（い）われた俺（おれ）。

しかし一向（いっこう）に殺（ころ）されず、ずるずると同居（どうきょ）生活（せいかつ）をして六年（ねん）が経（た）った。

俺（おれ）たちは共依存（きょういそん）のような関係（かんけい）で殺（ころ）されるほど憎（にく）まれているはずなのにお互（たが）いを必要（ひつよう）としていた。

そんなある日（ひ）、俺（おれ）は勇者（ゆうしゃ）に選（えら）ばれる。

そしてまた言（い）われたのだ「いつかこの手（て）で殺（ころ）してあげるからね」。

その本意（ほんい）とは。

●短編（たんぺん）

『いつか、この手（て）で殺（ころ）してあげるからね』

　小（ちい）さい頃（ころ）、いつだったか。

　クーレに言（い）われたことがある。

　あれから何年（なんねん）も経過（けいか）したがまだクーレに殺（ころ）される気配（けはい）はない。

　きっかけはなんだったか、俺（おれ）が彼女（かのじょ）の尻尾（しっぽ）を踏（ふ）んだのだろう。

　もちろん精神（せいしん）的（てき）な意味（いみ）であってヒューマンの彼女（かのじょ）には尻尾（しっぽ）は生（は）えていない。

　いや、裸（はだか）のお尻（しり）を見（み）たことがないので断言（だんげん）できないが。

　殺（ころ）されそうになるほど怒（おこ）らせた記憶（きおく）がないのも、よくわからない。

　　◇◇◇

　今日（きょう）も冒険（ぼうけん）者（しゃ）の仕事（しごと）をして家（いえ）に帰（かえ）る。

　幼（おさな）馴染（なじみ）のクーレと同居（どうきょ）生活（せいかつ）をしていた。

　殺（ころ）される宣言（せんげん）があったのに、仲良（なかよ）くやっている。

　少（すく）なくとも表面（ひょうめん）上（じょう）は。

　クーレは女（おんな）の子（こ）で16歳（さい）、俺（おれ）と同（おな）い年（どし）だ。

　二人（ふたり）で故郷（こきょう）の村（むら）を出（で）てきてパーティーを組（く）んでいる。

　一緒（いっしょ）に家（いえ）を借（か）りれば家賃（やちん）は半分（はんぶん）で済（す）む。

　俺（おれ）たちは一種（いっしゅ）の相互（そうご）依存（いぞん）だった。

　俺（おれ）には彼女（かのじょ）が必要（ひつよう）だし、彼女（かのじょ）にも俺（おれ）が必要（ひつよう）なのだ。

『ドラン、男女（だんじょ）で同居（どうきょ）？　同棲（どうせい）じゃねえのか、馬鹿（ばか）か？』

　こう言（い）われることもよくある。

　昔（むかし）から一緒（いっしょ）にいるのが当（あ）たり前（まえ）すぎて俺（おれ）はよくわからなくなってしまった。

　確（たし）かに好（す）きだと思（おも）えば好（す）きだ。

　ただ彼女（かのじょ）も同（おな）じように思（おも）っているかはわからない。

　男女（だんじょ）に友情（ゆうじょう）はないというが、知（し）ったことではないし。

「ドラン、夕（ゆう）ご飯（はん）はオークの焼肉（やきにく）でいい？」

「ああ、いいよ、さんきゅ、クーレ」

「ううん、一緒（いっしょ）にやれば一人（ひとり）分（ぶん）も二人（ふたり）分（ぶん）も違（ちが）わないし」

「そ、そっか」

　こうして美味（うま）いご飯（はん）を食（た）べて寝（ね）る。

　オークはクエストのついでに狩（か）ってきたもので、調達（ちょうたつ）が容易（ようい）なのでよく口（くち）にする。

　昼間（ひるま）のクエストで疲（つか）れている体（からだ）は夜（よる）にはぐっすりだ。

　毎日（まいにち）同（おな）じように冒険（ぼうけん）者（しゃ）ギルドのクエストをこなす。

　殺（ころ）すとまで言（い）われた俺（おれ）がなぜ彼女（かのじょ）に愛想（あいそ）を尽（つ）かされないのか、それだけは謎（なぞ）だ。

　そんなある日（ひ）、お触（ふ）れが出（で）た。

【冒険（ぼうけん）者（しゃ）ドランを勇者（ゆうしゃ）に認定（にんてい）する。聖女（せいじょ）、賢者（けんじゃ）、魔法（まほう）使（つか）い、ポーターを連（つ）れて魔王（まおう）退治（たいじ）に向（む）かうように】

　そこにはクーレの名（な）はなかった。

　俺（おれ）はそれを一緒（いっしょ）に連（つ）れてはいけないと解釈（かいしゃく）した。

　足手（あしで）まといとまではいわないが、クーレは俺（おれ）のサポートがメインで、戦闘（せんとう）にはあまり向（む）いていない。

「ドラン、待（ま）って置（お）いていかないで！！」

「クーレを危険（きけん）に晒（さら）すわけにはいかないよ」

「今（いま）までずっとパートナーだったじゃない」

「まぁそうだけど、そのように命令（めいれい）は受（う）けていないし」

「連（つ）れて行（い）ってはいけないとも書（か）いてないわ」

　クーレの言（い）うことももっともだけど。

「相手（あいて）は魔王（まおう）だ。死（し）ぬかもしれない。連（つ）れていけない」

「そんな……」

「俺（おれ）のこと殺（ころ）したいんだろ。ちょうどいい」

　バチン。

　クーレからビンタンが飛（と）んできた。

　俺（おれ）は唖然（あぜん）とした。よくわからない。

　次（つぎ）の瞬間（しゅんかん）にはクーレが涙（なみだ）をポロポロ零（こぼ）して俺（おれ）に抱（だ）きついてくる。

　ちょっと女（おんな）の子（こ）の甘（あま）い匂（にお）いがして俺（おれ）は場違（ばちが）いにもドキドキしていた。

「違（ちが）うの！　全然（ぜんぜん）なんにもわかってない！」

「なんだ、死（し）んでほしいほど憎（にく）んでるんじゃ」

「バカ言（い）わないでよ。ドランのアホ、マヌケ」

　ポコポコと胸（むね）を叩（たた）いてくるがもちろん鎧（よろい）の俺（おれ）には痛（いた）くもない。

「もう一回（かい）、言（い）うわよ」

「あ、ああ」

「いつか、この手（て）で殺（ころ）してあげるからね、絶対（ぜったい）だよ」

「お、おう」

　どこにその殺意（さつい）があるのかわからない。

　彼女（かのじょ）の顔（かお）はまるで恋（こい）する乙女（おとめ）みたいに真（ま）っ赤（か）だった。

「私（わたし）が殺（ころ）すの。誰（だれ）にも殺（ころ）させないんだから」

　あ、ああ、そういう意味（いみ）なのか。

　つまり、私（わたし）のモノってことか。

　あれ、それってどっちかというと愛（あい）の告白（こくはく）みたいだな。

　そこでフラッシュバックする。

　九歳（さい）、二人（ふたり）で村（むら）の冒険（ぼうけん）者（しゃ）見習（みなら）いをして少（すこ）しした頃（ころ）だ。

　俺（おれ）は油断（ゆだん）からデビル・スパイダーの神経（しんけい）毒（どく）にやられ、動（うご）けなくなり崩（くず）れ落（お）ちた。

　俺（おれ）たちの目（め）の前（まえ）にはデビル・スパイダーが食（た）べようとにじり寄（よ）って来（く）る。

「クーレ、に、逃（に）げろ」

　もちろん足手（あしで）まといの俺（おれ）は餌（えさ）として置（お）いていくしかない。

　絶体絶命（ぜったいぜつめい）のピンチだか、クーレ一人（ひとり）なら逃（に）げられる。

「やだ！　絶対（ぜったい）逃（に）げないもん」

「俺（おれ）はもう無理（むり）だ、クーレ」

　果敢（かかん）にもクーレはスパイダーに挑（いど）み、八本（ほん）ある足（あし）からの攻撃（こうげき）をギリギリでさばいていた。

　しかし勝（か）てる見込（みこ）みはほぼない。

「ドランは私（わたし）のなの！　誰（だれ）にも渡（わた）さない！」

　ボロボロになりながらクーレは一人（ひとり）必死（ひっし）に戦（たたか）い続（つづ）けた。

　ついにスパイダーが根負（こんま）けし、逃（に）げていく。

　俺（おれ）は毒（どく）に侵（おか）され意識朦朧（いしきもうろう）としていた。

「いつか、この手（て）で殺（ころ）してあげるからね」

　そう言（い）って俺（おれ）にキスをした。

　クーレに引（ひ）きずられて村（むら）まで戻（もど）り、二人（ふたり）は一命（いちめい）を取（と）り留（と）めた。

　なんで忘（わす）れていたんだろう。

　あの時（とき）から、クーレは俺（おれ）の事（こと）をずっと思（おも）い続（つづ）けていたんだ。

　そっけない振（ふ）りをして、ずっと俺（おれ）が振（ふ）り向（む）いてくれるのを。

　それで村（むら）から出（で）てくるときもくっついてきたし、ずっとそばに一番（いちばん）近（ちか）くにいてくれた。

「俺（おれ）が、俺（おれ）がバカでした、クーレ、愛（あい）してる」

「ちょっと、ドラン、バカ、ほんと、バカよ」

「うん」

「ずっと、待（ま）ってたんだから……」

「そうだな、もう離（はな）さない。一緒（いっしょ）に行（い）ってくれるか？」

「もちろん」

「魔王（まおう）退治（たいじ）だぞ」

「死（し）ぬときは一緒（いっしょ）にだからね。私（わたし）がドランにトドメを刺（さ）してあげる」

「そん時（とき）は頼（たの）むよ」

「うん」

　こうして俺（おれ）たちは聖女（せいじょ）や女（おんな）賢者（けんじゃ）、女（おんな）魔法（まほう）使（つか）い、女（おんな）ポーター全員（ぜんいん）が白（しろ）い目（め）で見（み）る中（なか）、ラブラブで旅立（たびだ）った。

「なんでみんな女（おんな）の子（こ）、それも美（び）少女（しょうじょ）ばっかり集（あつ）めたのよ、このロクデナシ」

「いや、俺（おれ）が選（えら）んだわけじゃないし」

「私（わたし）のものなの！　誰（だれ）にもドランを殺（ころ）させないんだからね！」

「仲間（なかま）だろ。なんで殺（ころ）しに掛（か）かってくるんだよ。それはお前（まえ）だけだ」

「やっやっぱり、私（わたし）だけなんだ、うれしい」

　魔王（まおう）退治（たいじ）は前途（ぜんと）多難（たなん）だ。