第34話 手練れの野盗
俺はツヴェルと共に戦場に飛び込み、思い切り跳躍して一瞬で全体像を俯瞰した。
「ッ、ツヴェル!」
ザリィは護衛や近接の野盗たち全員を緑色の風で囲んでいる。近接武器を持つ者だけのフィールドのようになっているその風は、外部からの矢等を完全に弾ける。
その結果、弓矢を持った敵は全員が空中に飛び上がった俺を狙っているという訳だ。
「了解、マスター」
だが、空中で動きづらいのは俺だけだ。元から飛んでいるツヴェルにとっては、空中だろうと関係ない。ツヴェルの体から無数の触手が伸び、その先端に取り付けられた刃が殺到する矢を全て斬り払った。
「ナイスだ、ツヴェル! このまま後衛を潰しに行く!」
ザリィの作り上げた風域は確かに自分達を矢から守ることが出来るが、時間を掛ければ弓持ちの敵は馬車の方へと行ってしまうだろう。
だが、俺がそれを阻止すれば前衛だけと戦っているザリィ達は間違いなく勝利できる。
「なッ、アマトッ!?」
「後衛を潰してくる! そっちも勝てよ!」
「テメェッ、絶対死ぬなよ!?」
轟々とうるさい風の壁の向こうからザリィの声が響く。一瞬こちらを向いたザリィの背に刃が迫り、ザリィはギリギリでそれを回避した。
「よそ見してる場合か、貴様ッ!」
「チッ、テメェ……さては、元騎士だな」
「だからどうしたッ! 俺はもう誇りなど持っていない!」
「決まってんだろ。さっさと殺すだけだァ」
仲間とも協力して必死にザリィに食らいつく男は、それなりの実力を持っているように見えた。実際どうかは分からないが、俺より強いかも知れない。
「信じるしかないな」
言っていた通り、相手は相当な手練れらしい。そう考えると、このまま敵の後衛に突っ込むのが少しだけ怖くなってきた。だが、俺には信頼に足る仲間が居る。
「ツヴェル、頼むぞ」
「分カッテイマス、マスター」
ぽつぽつと降る矢の雨を、ツヴェルが弾いていく。
『避けよッ!』
だが、目の前から真っ直ぐに飛んできた魔力を纏った矢はツヴェルでも弾くのが間に合わなかった。
「っぶねェ!」
「マスターッ!」
間一髪回避が間に合った。ティアの強化とティアマトの声掛けが無ければ、喰らってたかも知れない。
「大丈夫。でも、作戦変更だ」
本当はもっと近づいてから不意を突くように使いたかったけど、このまま進むだけだと危険だから……もう、ここで使おう。
「
俺はツヴェルを片腕に抱え、走り出した。ツヴェルは触手を自身の体内に収納し、俺の速度を落とさないように動きを止めた。
「触手ハ操作困難デス。矢ハ全テ回避シテ下サイ」
「了解!」
今の状態なら矢だって見切れる。俺は飛来する矢の全てを避けながら、敵の後衛まで走り込んだ。
「
(魔術士かッ!?)
目の前にせり上がった土の壁。俺は一瞬の迷いを切り捨て、燃え盛るメイスをそれに叩き付けた。
「死ねッ!!」
「ッ!」
砕けた土の向こうから、魔力を帯びた矢が高速で迫る。予想はしていた。この角度なら肩で済む……矢が、真っ二つに裂けた。
「ソノ程度、計算済ミデス」
「ナイス!」
目の前の弓を持った男が絶望に染まった目を見開くが、こいつの弓は撃ったばかりだ。番えるのにまだ時間がかかる。他の奴らの弓はツヴェルで全部弾ける。だったら、狙うべきは……こいつだ。
「ぐぁッ!?」
俺は銀の短剣に炎を宿し、魔術士の男に投げつけた。右腕に短剣が突き刺さった男は杖を取り落とし、膝を突いて呻く。
「舐めるなクソがッ!」
「ッ、あっぶね!?」
目の前の弓使いの男が、魔力を通した矢を直接突き刺しに来た。ツヴェルの刃がそれを受け止め、次の瞬間には男の首が刎ねられる。周りを見れば、既に近くの敵は全員死んでいる。
「残リハ左右ニ展開シテイル四人ノミデス」
「あぁ、そっちは既にやってる」
バタバタと、四人の弓手が殆ど同時に倒れた。希釈したバシュム毒を吸い込んだからだ。一応、こいつらは死んでいない。
「……大丈夫そうだな」
並ぶ死体を見て、吐き気のようなものが込み上げてくる感触はあれど、それだけだ。直接手を下した訳では無いとはいえ、ツヴェルが殺した敵は俺が殺したのと同じだろう。
でも、本当に吐いてしまうようなことも無ければ、罪悪感に苛まれるような感覚も無い。
「向こうも終わりそうだな」
「一応、向カイマスカ?」
いや、と俺は首を振った。そして目の前に並ぶ死体に向き直る。
「……このくらいはしないとな」
俺はその場で手を合わせ、目を瞑った。死体は四つ。俺は四人殺した。どんな過去を持っているかも知らない相手だが、ただ敵として処理したまま、何も思わないまま去るのは……ダメだと思った。
「ザリィが近付イテ来マス」
「あぁ」
俺は目を開け、後ろを振り返った。そこには血に塗れた服を着たザリィが居た。
「気分はどうだ?」
「良くはないね」
「ハッ、そりゃそうだ」
心配してきてくれたんだろう。俺は込み上げてきた安堵感に息を吐く。
「傷一つ無くて何よりだ。お陰で、俺の仲間も全員生存したぜェ。深い傷も無くなァ」
「それは良かった。俺の勝手にも、多少は意味があったみたいだ」
「本当だよ。お前、死んでたらマジで恨んでたぜェ?」
「実は、ちょっと死にかけた」
俺が言うと、ザリィは俺の頭を思い切り叩いた。
「俺の首を飛ばす気かよ、テメェは」
「それは本当にごめん。正直、相手を舐めてた」
魔物との戦いで慣れ、ブロス伯爵領で兵士を圧倒したせいで……俺は、調子に乗っていたらしい。こいつらはマジで手練れだった。ザリィ達が無事なようにとか、戦闘経験を積む為とか、理由は色々思い浮かんだけど、馬車を飛び出したのは勝てるっていう打算があったからってだけだ。
勝てそうだから戦っただけで、戦う理由の下に戦った訳じゃない。
「敵が誰でも舐めんじゃねェ。命を賭けて戦ってる時はなァ」
「肝に銘じておく」
『本当じゃぞ、アマト。お主が死ねば、この世界の命運がどうなるかは分からんのじゃぞ?』
そうだな。俺の命は、最早俺一人の命じゃない。危険を冒すのを止める気は無いが、油断して負けるのは許されない。
「そういえば、そことそこの四人は眠らせてるんだけど、どうする?」
「こっからじゃ王都は遠い。連れていく負担を考えれば、殺した方が良いなァ」
ザリィは刀を抜き、毒によって意識を失った者達の方に歩いて行った。
「殺さないって手は、無いのか?」
「生きたところで、こいつらの運命は処刑か奴隷だぜ? 処刑なら意味はねえし、奴隷でもまぁ九割は死ぬだろうな。元盗賊の奴隷なんざ、碌な扱いは受けねェよ。十中八九、ここで死んだ方がマシだ」
結局、ただの独善にしかならないってことか。
「……分かった」
「おう、そういう訳だ。まァ、馬車に帰ってろ」
俺は後ろを振り返ることなく、馬車に帰った。その間、悲鳴が響くことは無かった。
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