第31話 必要な覚悟
魔力の動きと共に、水晶の中に文字が浮かび上がる。それは、俺のステータス欄そのものだった。但し、スキルまでは表示されていない。
「龍者、時見天音……ふむ、確かに」
水晶の中の文字を確かめたファルツは、満足したように頷いた。
「認めよう。君の話が真実であると」
「……良かったです」
何とか、信じて貰えはした。完全に信用を得られた訳じゃないが、少なくともファルツ公爵が敵対的に動く可能性は低くなっただろう。
「ブロス伯爵への弾劾については、私から積極的に動こう」
「処刑とか、されるんですかね」
聞くと、ファルツは淡白に頷いた。
「当然だ。世界を救う存在である龍者を自ら襲撃したともなれば……その命が許される筈もない」
「俺のせいで人の命が奪われるってのは、あんまりいい気分じゃないです」
ファルツは眉を顰める。
「君のせいで……とは?」
「噂は色々聞いてると思いますが、俺は……というか、海人は最低なことをしてきました。俺の動きを管理しなきゃいけない立場にあったブロス伯爵は、嫌になったんじゃないんですかね」
「……何故、君がそこまで罪悪感を持っているのか分からないな」
「何ていうか……海人のしたことは、記憶として残っているんです。記録じゃなくて、記憶として。だから、まるで自分がやってことみたいな罪悪感があります」
なるほどな、とファルツは頷いた。
「とは言え、だ。勝手な判断で世界を危機に陥れたブロスはやはり処刑は免れないだろう」
「……そうですか」
俺を殺そうとしてきた相手だが、ブロス伯爵の気持ちも分かるだけに気分は良くない。
「俺はブロス伯爵を弾劾して欲しいとは思ってません」
目を見てはっきりと伝えると、ファルツは数秒視線を逸らさずにいた後、息を吐き出した。
「……今のところ、君がブロス伯爵に命を狙われているという事実は広まっていない」
「ッ!」
それは、つまり。
「私としてはブロス伯爵のしでかしたことは許されるべきではないと思っている。だが……被害者である君自身がそういうならば、良いだろう」
だが、とファルツは続けて言う。
「その甘さを持ったまま生きていくのは難しい。特に、龍者という立場ではな」
「そうだぜェ。躊躇なく人だろうが何だろうがぶっ殺せたァ言わないが、自分や仲間の為に敵を殺せるようにはならねェとダメだ」
言われてみれば、俺はあの兵士達も全員殺さずに逃げた。自国の兵士を殺すことを恐れた打算もあったとは思うが……俺は、人を殺すのを恐れてたのか。
「……人を殺す覚悟、か」
「ッ、そんなのは無くても良いです! 龍者様の役割は魔王を斃すこと、それのみですから……人を殺す必要なんて、ありません」
庇うように言ったティアだが、ザリィは首を振る。
「いいや、あるぜェ。積極的に殺す必要なんてのは無くとも、必要に迫られた時にしっかり殺せる覚悟……これは必要だ」
「そうならないようにするのが、私達や周りの人間達の仕事というものでは無いですか!?」
珍しく声を荒げるティアに、ファルツは微笑みながら宥めるような仕草を取る。
「そうだね。その通りだ。彼らを召喚した我々が、この世界の人間が責任をもってそういう事態からは避けるようにするべきだ」
賛同するような姿勢を見せたファルツに、ティアは勢いを失い、続く筈だった言葉たちを呑み込んだ。
「だけど、それは理想論だ。世の中、理想通りに物事が上手く行くことは無い。これまでに何度もティアマトの龍者が裏切っているように、そして今回はブロス伯爵が独断で龍者を殺害しようとしたりね」
「それは、そうですけど……」
「分かっているとも。これは理不尽な話だ。勝手に呼び出され、魔王と戦わされるというだけでも理不尽であるというのに……同族まで手にかける覚悟を持てというのは、本当に酷い話だと分かっている」
言われてみると普通に酷いな。
「それでも、我々にはそれしかない。この世界に生きる一般人ならば兎も角、我々貴族や君達巫女は龍者の召喚に対する責任を有していると思っている。本来は、全員が命を賭けて臨むべきことだ。だが……貴族の中には当然保身に入る者も居れば、龍者を私利私欲で利用しようと画策する者も居る」
居るだろうなぁ、沢山。
「そんな屑から龍者を守るというのも私の仕事だと思っている。君自身の失われていた信用は、もうこの場で回復した。だから、私は君を守る為に努めようと考えている。しかし、それでも……不測の事態というのは必ず起きる」
「本来は庇護者だった筈の伯爵が牙を剥いて龍者を殺そうとする、とかなァ」
面白いことのように笑って言ったザリィをファルツとティアが睨むと、ザリィは肩を竦めて視線を逸らした。
「だからこそ、君には警戒心や覚悟を持って生きて欲しい。私達は君を守るが、だからといって無敵であるという訳では無いことを分かっていて欲しい。良いかな?」
「勿論です。それに、俺は既に龍者という立場を受け入れています。魔王と戦うことも、その他の障害と向き合う必要があることも理解してます」
「……言うべきでは無いかも知れないが、君が元の人間と入れ替わって本当に良かったよ」
俺は端から、ファルツ公爵の庇護下にあれば無事で居られるなんて思っていない。もしそうなら、主人公が数々のトラブルに巻き込まれるようなことは無いからだ。
「つっても、この場で敵なら人でも殺す覚悟を決めろってのは無理だからなァ。結局、命を奪う覚悟を決められるのは土壇場のその時だけだぜェ?」
「それは……その通りだな。この話はこのくらいにしておこう」
頷き、ファルツは話を終えた。
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