第30話 対面
現れたファルツ公爵。想像よりも若いその姿に、俺は内心驚いていた。
「巫女のティアです。こちらは、龍者のアマトです」
俺の代わりに紹介までしてくれたティアと合わせてぺこりと頭を下げると、ファルツは直ぐに手を振った。
「そう畏まらなくても良い。公式な身分では私の方が上になるが、龍者とはこの国にとって……ひいては、この世界にとって重要な存在だ。対等な立場として話して貰えたら、私としては嬉しいところだ」
「良いんですか? 俺にはそういう礼節が無いんで助かりますけど……」
そう答えると、ティアが目を見開いて首を振っていた。やばい、もしかして今のところは否定する場面だったのか?
いやいや、そんなの恐れ多いですよ~! みたいなこと言っとくべきだったか!?
「ふふ、大丈夫だよ。巫女の君も楽にしてくれ。貴族として育った訳でも無い、ましてやこの世界の住民でも無い君に、この世界の礼節を押し付けるつもりは無いさ」
「……無礼を許してくれるのは、助かりますけど」
「そうとも。敬語だって外してくれて構わない」
「いやいや、流石に敬語は外せませんよ」
「ふむ、そうか。それは残念だ」
しかし、今更だが……この部屋に入って来る時、全く急いでる感じ無かったよな。汗もかいてないし、走ってた音もしなかった。公爵くらいになると人前で走ったりなんか出来ないのかも知れないが、ここまで尊重して見せる龍者を相手に遅れて、焦りもしなかったというのは気になるところだ。
「さて、先ずは座ってくれ。私も失礼するよ」
ファルツは一番奥の席に座り、全体を見渡した。俺も恐る恐る椅子に座り込む。ティアも座っているので、大丈夫な筈だ。
「それじゃ、早速だが……君の話を聞いても良いかな?」
ファルツはこちらを見ると、穏やかな表情で微笑みかけた。
「俺の話って……?」
「何でも良いさ。こちらの世界に来てからどう過ごしたか、何を思ったか、そしてブロス伯爵による襲撃に関しても聞かせて貰おうか」
なるほど、最後のが本命か。
「こっちに来て……俺は、色々と酷いことをしたと思います」
ジーナのことで分かったが、海人は自分のしたことで覚えてないことも多い。だから、俺が……というか、海人自身が記憶している以外にも沢山の人に酷い振る舞いをしてきた筈だ。
「酷いこと、か」
「公爵様も噂くらいは聞いたかと思いますが、ここでは口に出せないくらい……俺は最低なことをしてきました」
普通に考えて、一般人に毒を盛るってヤバいからな。執事長さんの居る前で口に出したら、即刻摘まみ出されたっておかしくはない。
「なれば、君は今……何故、悔い改めたような態度を見せているのかな?」
「改心したから、では納得して頂けないですかね」
ファルツは頷いた。
「君がそう言い張るならば、私には頷いておくことしか出来ないが……そのきっかけも何も説明されなければ、真実には見えないだろうな」
「……これは積極的には話さないようにしているんですが、隠している訳でもありません」
仕方ない。信じて貰えるかはさておき、話すだけ話しておこう。ファルツ公爵が信用に足る人物であるということを、俺はこの世界に来る前から知っている。
「俺は、時見天音です」
「……時見?」
眉を顰めたファルツ、俺は頷きを返す。
「俺は篠上海人じゃありません。この世界の住民ではないのは同じですけど、元々召喚されていたアマトと、俺は別人です」
「ッ!」
「ほォ……?」
「それは、どういうことかな?」
俺の言葉に、執事長は警戒の目を強め、ザリィは笑い、ファルツは更に目を細めた。
「体は同じです。でも、魂が違います。何故そうなったかは分かりませんが、俺は篠上海人と入れ替わって、この体の主になっていました」
「ふむ……中々、面白い話だね」
「んだそりゃッ、クソ面白ェ話だなァ?」
半信半疑どころか、三割も信じてないってところだろうか。そういう感じがする。ザリィの方は、ファルツよりは信じていそうだが。
「巫女の君も、それは知っている話なのかな?」
「はい。アマト様は、突然お変わりになられました。正しく、人が変わったと言って相違ありません」
「……そうか」
ファルツは難しそうに顎に手を当てる。
「ここでその真偽を確かめるのは難しいな」
「ファルツ様、恐れながら一つよろしいでしょうか?」
そこで、執事長が小さく手を上げた。
「魂が変わっているのであれば……ステータスにも変化があるのでは?」
確かに、それがあったな。
「あります。名前も、今は俺の名前になっています」
「ならば、レルツ。アレを持ってきてくれ」
「では、少々お待ち下さい」
執事長が部屋を去って行き、一瞬の静寂が部屋に訪れた。
「しかし、そうなると……今度は、本物の龍者か分かんないってのと、名前を最初っから偽ってただけって線も出てくるか?」
「いや、無いな。ステータスを見れば龍者であるかは一目瞭然だ。それに、名前も召喚直後にステータスを調べて確かめるだろう?」
ファルツはそう言って、ティアに視線を向ける。
「はい。アマト様が召喚された際に直ぐステータスの確認が行われました」
「だったら、名前が変わってりゃァ……アマトの言ってることは、殆ど証明出来るってワケだ」
「そうだな」
つまり、俺が篠上海人だったことを知っている者になら、入れ替わりの証明が出来るってことだな。
「失礼します。お待たせ致しました」
部屋に帰ってきた執事長が、そこそこ大きい水晶玉のようなものを台座ごと抱えてやってきた。
「では、これに手で触れてくれるかな?」
「はい」
机の上に置かれたそれに、ファルツの指示通り軽く触れて見る。すると、魔力が蠢くような気配と共に、水晶に変化が現れた。
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