第29話 ファルツ公爵

 ♦……side:???




「……と言った様子でした」


 報告を終えた男は、跪いたまま頭を下げた。下がるように伝えると、衣擦れの音も立てずに部屋から去って行った。


「どうだよ、ファルツ」


「いやぁ、全く予想外だ。聞いていた話とはまるで違うな」


 龍者アマトの人物像は、別人と言われた方がはっきり納得できる程に噂とは乖離していた。


「ハハッ、ほらなァ? 俺の言った通りだろうがよ」


「阿呆め。私の立場でそれを確かめずに居る訳にはいかないだろう」


 ザリィの観察眼を疑う訳では無いが、二重に確かめておくこと、他の視点から確認することは大きな意味がある。実際、あの龍者が謝罪したことから過去の悪行自体は真実であると分かった。


「後は、会って話すのみだな」


「楽しみか?」


 ニヤニヤと笑って言うザリィに、私は眉を顰める。


「どうしてそう思う?」


「ワクワクしてるって顔してたぜェ?」


 どうやら、無意識に顔に出てしまっていたらしい。


「……私とて、男の一人だ。世界を救う勇者と顔を合わせるのに胸が高鳴らない訳では無い。それに、龍者アマトには……特に、興味がある」


「期待して良いぜェ? アイツは面白ェよ。強くなれる素質がビンビンだ」


 私としては、そこよりも噂から見える人物像と実物の乖離に興味がある。何故そうなっているのか、過去の悪行が真実であるのならば、どうして改心したのか……その違和感に。


「まぁ、楽しみにしておくさ」


「あァ、そうしとけ」


 私は頷き、椅子に体を預けて瞼を閉じた。






 ♦……side:アマト




 宿で一晩明かし、やってきた昼頃。宿屋の外で待っていると、ザリィが手を振ってやってきた。


「よォ、元気してたか?」


「どうだろうな」


 昨日の出来事があって、元気だったと自信満々に言うのもどうかと思う。なので、濁した答えを返しておいた。


「なんだそりゃ」


「まぁ、色々あったんだよ」


 ほーん、とザリィは気の無い返事を返した。


「んじゃァ、取り敢えず行くか。領主様がお待ちしてる館にな」


「領主って、ファルツ公爵のことだよな?」


 一応確認すると、ザリィは当たり前だろとでも言いたげな顔で頷いた。




 ♢




 街をどんどんと進んでいくと、遂にその大きな館が目に入った。


「ザリィだ」


 一言告げると、剣を腰に差していた二人の門番は道を開け、頭を下げた。


「話は聞いております。どうぞ、お通り下さい」


 開いた鉄柵の門を通り、庭を通り抜けて館の中に入ると、何人ものメイドが並び、頭を下げた。


「「「お待ちしておりました、龍者様」」」


「こ、こんにちは……」


 俺はその様に若干ビビりながらもザリィの後ろを付いて行く。すると、豪華な椅子や机が置かれた広くない部屋に案内された。そこには、執事服を着た男がポツンと一人で立っていた。


「お初にお目にかかります、龍者様。私は執事長のレルツです」


「俺はアマトです。礼儀とかはあんまり詳しくないですけど、ご容赦頂ければ幸いです」


「巫女のティアです。宜しくお願い致します」


 しかし、執事長は居ても肝心の公爵は居ないように見える。


「ファルツ様は遅れていらっしゃるそうですので、恐縮ですがこちらでお待ち下さいませ」


 彷徨う俺の視線を見て察したのか、執事長がそう捕捉した。


「あ、なるほど……」


 しかし、不自然だな。態々呼びに来て、メイドなんかも俺達が来ると分かって出迎えまでしていたが、

 当の本人が丁度居ないなんてことあるのか? 幾ら公爵とは言え、いや寧ろ公爵だからこそ龍者を軽視するとは思えない。


「なぁ、ティア……こういうのって、座ってても良いのか? それとも、やっぱ立っとくべきか?」


「言われるまでは立っておくのが無難です」


 やっぱそうか。俺が斜め上に視線を向け、待ちの体勢に入ると、ザリィが肩を叩いた。


「座っとけよ。許可は俺が出したってことでな」


「良いのか?」


 尋ねると、答える代わりにザリィはずかっと椅子に座り込んだ。


「じゃあ、俺も失礼して……」


 恐る恐る座ると、死ぬ程ふかふかの椅子がそこにはあった。思わず背を持たれかけ、息を吐き出してしまう。


(すげぇ高そう……)


 幾らするかも考えたくない椅子に身を預けていると、ガチャリと扉が開く音がした。


「ッ、お、お邪魔してます!」


「ふふ、そうか……いや、遅れて済まないね。私がファルツだ」


 慌て過ぎて友達の家に遊びに来てるくらいの挨拶が出てしまったが、取り敢えず怒られたりはしなそうだ。

 冷静になって観察すると、そこに居たのは想像していたよりも若い黒髪の男だった。三十代どころか、二十代と言われても納得できる程に若く見える。だが、その顔には深い傷が刻まれており、確かな威厳が備わっていた。

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