第28話 清算と願い

 漸く落ち着き、ベッドの上に座り込んだジーナは、目尻からはまだ涙を零しながらも俺の方を見た。


「あの……龍者様」


「アマトです」


 俺が言うと、ジーナはこくりと頷いた。


「アマト様。私のこと、助けてくれて本当にありがとうございます」


「助けたっていうか……俺が付けた傷を、俺が治しただけのマッチポンプだ」


 恨み言を吐かれるなら分かるが、感謝される謂われは無い。


「いえ、生まれつきの病気まで治ったのは……貴方のお陰ですから」


 真剣な表情で俺の目を見ていたジーナは立ち上がると、ふっと微笑んだ。


「だから、ありがとうございます」


「……そう言ってくれて、ありがとう。救われるよ」


「いや、救われたのは私ですよ。なので、慰謝料も要りません。そもそも、毒も抜けちゃいましたしね」


 確かに、治療費って意味なら必要は無くなったが……さっきまで感動していたハリッツは、険しい表情をしている。


「慰謝料は、貰う」


「貰わなくて良いよ、ハリッツ」


 ジーナの言葉に、ハリッツは表情を変えず首を振る。


「慰謝料は、貰う。貰わないと、ダメだ」


「要らない。もう十分、償い以上のことをしてもらったよ」


 繰り返すハリッツだが、ジーナも態度は変えない。


「貰わないとッ、お前が学園に通えないだろッ!!」


「ッ」


 遂に声を荒げたハリッツに、ジーナは息を呑む。


「こいつは賢いんだよッ! 天才なんだッ! 俺とは違ってッ、本も沢山読んでッ、頭も良くてッ、魔術だって使えるんだッ! 病気さえ無ければ今頃は……兎に角ッ、ジーナは学園に通わなきゃいけないんだッ!」


「その為の金が必要ってことか」


 俺に訴えかけるように言ったハリッツに聞くと、こくこくと必死に頷いた。


「約束したんだよッ、俺がこいつを王都の学園に通わせてやるってッ! でも、貯めてた金は少しでも生き延びる為の治療費に消えたッ!」


「関係無いよ、ハリッツ。だって、元から王都の学園に通えるくらいのお金は足りて無かったんだし……」


 王都の学園というと、まさか。同じことを考えたのか、ティアも口を開いた。


「もしかして、グルタニア学園ですか?」


「ッ、そうだ。王都にある一番でかい学園だ! ジーナは頭が良くて魔術の才能もあるッ! そこに通えれば、絶対ジーナは大成して、そして幸せになれんだよッ!」


 俺より先に質問したティア。その答えは、予想通りだった。


「……だったら、特待生として入るってのはどうなんだ? それなら、金もかからないだろ」


「無理です。試験自体はもう受けてるんです。でも、私は特待生の枠には入っていません。兄が言うような天才なんかじゃ、私は無いんです」


 そうか。入学の時期的に、試験なんてもう終わってるよな。ていうか、兄? こいつら、兄妹なのか。


「違うッ、それは俺がそれだけの環境を用意出来なかったから……」


「なぁ、アンタらって兄妹なのか?」


 俺が聞くと、俯きかけていたハリッツはジーナと同時に頷いた。


「……兄妹って言っても義理のだけどな」


「私達みたいな獣人だと珍しく無いんですよ。親の居ないはぐれの子を、兄弟姉妹として育てるのは」


 やっぱり、義理なのか。しかし、何というか過酷そうだな。その分、こうしてお互いを思う家族愛のようなものは強くなったのかも知れないが。


「それで……ティア、行けるか?」


「勿論です。確かにグルタニア学園は入学費が高いですけど……正直、高いのは王都だからという部分が大きいだけで、貴族専門の学園程は高くないですから」


 とは言え、単なる平民には中々手が届かない金額ではあると思うけど……まぁ、いけるか。


「合格自体はしているんですよね?」


「はい。でも、支払いが出来ていないのでどうなっているかは……」


「どうにかします。アマトさんも、協力してくれますよね?」


「勿論」


 俺から頼んでることだからな。


「じゃあ、二人は俺達に着いて来てもらう形にするか。向こうに着けば、ジーナは寮に住める筈だし……」


「大丈夫だ。俺も自分で生きていけるくらいの腕はある」


 まぁ、見るからに強そうだからな。心配は要らないだろう。


「そういうことで……出発するときに声をかける。多分、明日になると思うけど」


「いつでも出発できるように、支度だけは整えておいて下さいね」


 ティアの言葉にこくりと二人は頷く。


「本当に、ありがとうございます。でも、無理をされてるなら私のことなんて気にしないで下さい。病気を治してもらっただけでも、十分にありがたいことですから」


「……すまねぇ、頼らせてくれ」


 どうにか過去の清算を一つ終えることが出来た俺は、二人に見送られてティアと一緒に宿を出た。


「……ん、気のせいか?」


「あれ、どうかしました?」


 俺は薄く感じた気配に宿屋の陰を覗き込み、首を振った。


「いや、誰か居たような気がしたんだけど……勘違いだったっぽいな」


「それなら良かったです。でも、警戒するに越したことはないですね」


 そうだな。東雲善哉の隠形は俺も破れなかった。俺の気配察知を上回れる相手なんて、幾らでも居ると思っておいた方が良いだろう。

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