第27話 毒を食らわば皿まで

 宙に浮く緑に液体。空中で球状となったそれを見て、ハリッツは目を見開いた。


「な、何だこりゃ!?」


 純粋な驚愕を口にするハリッツの横で、ジーナはゆっくりと身体を起こした。それに合わせてティアもジーナの体から手を離し、身を引く。


「ごほっ、ごほっ……ん、んんっ」


「お、おいっ、ジーナ! 大丈夫か!?」


 慌てて肩を支えに行くハリッツ。ジーナは確かめるように自分の胸の辺りに手を当てた。


「ん……うん……もう、大丈夫みたい」


「ほ、本当かッ!」


 柔らかく微笑むジーナに、ハリッツは思わず顔を覗き込んだ。


「嘘じゃないよ、ハリッツ」


「そう、か……そうか……」


 安堵したように地面に座り込むハリッツ。それも、当然だろう。今この瞬間、ジーナは死んでいてもおかしくないだろう。正直、そのきっかけは俺というトラウマの塊が襲来したせいだろうけど。


「ごほっ、んっ……咳はやっぱり治ってないけど、これでまた生きていけるね」


 気丈に笑うジーナに、ハリッツは泣きそうな顔をする。


「私も全力は尽くしましたが、今の私では元の体の病気までは治せませんでした……すみません」


「いいんです。これは生まれつきですから……寧ろ、ありがとうございます。前より調子が良い感じがします」


 腕を軽く振ってみせるジーナ。ひょこひょこと灰色の獣耳が揺れる。


「……待てよ」


 病気、だよな?


「俺なら、病気も治せるかも知れません」


「ッ、本当か!?」


 俺が仇敵だと言うことも忘れてこちらを見るハリッツ。俺は頷いた。実際、治せるはずだ。


「ただ、一つだけ……俺のことを、信じて下さい。今からすることは、ジーナさんを傷付ける訳じゃありません」


「…………分かった」


 悩んだ末に頷いたハリッツ。俺は答えを聞くように、ジーナに視線を動かした。


「私は信じてますよ。今の貴方は、心の優しい方に見えますから」


「……ありがとうございます」


 こんな毒を食らわされて、それでも今の俺だけを見てくれるのは、きっとジーナは俺とは比べ物にならないくらいの善人なんだろう。


(だからこそ、絶対幸せになって欲しい)


 多分彼氏であろうハリッツも、絶対に良い奴だ。命を賭けて貴族に挑めるような奴だからな。それも、他人の為に。


巨獅子ウガルルム


 俺の体から、炎が溢れる。そのパワーの強さから、未だにそのままの能力では扱い切れていない俺だが……ほんの少しなら、使える筈だ。


「ッ、炎!?」


「大丈夫ですっ! 大丈夫ですから、落ち着いて下さい!」


 剣に手を当てるハリッツに駆け寄り、その手を止めるティア。その光景を見ながら、俺は冷静に深呼吸をする。


「……行ける」


 全身から溢れていた炎は、右手に集まり、最後には指先に灯った。


「信じて下さい」


「はい」


 燃え盛る炎。そこに熱は無く、何も焦がしはしない。俺はそれをゆっくりとジーナの胸元に近付け、指先をそっと押し付けた。


「ッ!」


 目を見開くジーナ。体内に巣食う病を焼き尽くしていく炎に、体がじんわりと熱くなっていく。


「ぐ、ぅ……!」


「おいッ、大丈夫なんだろうな!?」


「止めて下さいっ! 今は動かさないで!」


 後ろで騒いでいる声が聞こえるが、今は構っている余裕は無い。俺はジーナさんの体内で炎を操り、ゆっくりと、確実に、病魔を滅していった。


「ふぅ、はぁ……」


 全身から汗を流すジーナ。体力を消耗しすぎている。病気が無くなっても、そのまま元気になる訳じゃない。


海神ティアマト


 俺はジーナの胸に手を当てたまま、更に水の権能を行使した。俺の手から溢れ出した水はジーナの体に滲み、消えていった。


「これで、どうだ……?」


 生命の象徴である海神の水を害の無いように染み渡らせた。生命力が溢れ、体力も回復する筈だ。


「……凄い」


 ジーナは再び体を起こし、今度はそのままベッドから降りた。


「うおっ、おいっ、立てるのか!?」


「大丈夫。大丈夫だから」


 駆け寄るハリッツに手を出して抑え、自分の足で歩いたジーナは、堪え切れず笑みを漏らした。


「あはっ」


 部屋の中を駆け足で歩くジーナ。しかし、途中で足がもつれて倒れそうになり、ハリッツがその体を支える。


「っと、危ないぞ!?」


「あははっ、あはっ、あはははは!」


 人生で初めて自由な体を手にした少女は、涙を流しながら笑っていた。

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