第25話 償い

 熊の男は至近距離で俺を睨み付けたまま、更に言葉を続ける。


「俺が勝てば、テメェにはアイツに謝ってもらう。アイツを治す為の金も払わせる」


 そして、熊男は自分の心臓に手を当てた。


「俺が負ければ、殺せば良い。龍者はお貴族様なんだってなァ。それに逆らった俺は、どうせ処刑でも何でもされるんだろ?」


 どうやら、身分の差だとかのリスクは承知の上らしい。全て、覚悟の上で俺に決闘を持ちかけたのか。


「……」


 俺は何と返すべきか、迷っていた。ギルド内の視線は全てこちらに向いており、臆病な者は既にギルドから逃げ出している。


「どうすんだって聞いてんだァッ! さっさと決めやがれッ!」


「先ず、だけど……」


 俺は熊男に視線を合わせた。琥珀色の瞳から凄まじい敵意が放たれている。


「決闘は、受けない」


「あァ……?」


 熊男の視線が、敵意から殺意に変わった。断られれば、もうこの場でなりふり構わずに殺す気なんだろう。


「だけど、ジーナには謝るよ。治療費も、必ず渡す」


「は? は、はァ……?」


 困惑したような声を漏らす男。ギルド内にも、ざわめきが広がった。


「貴方にも……本当に、ごめん。すみませんでした」


「アマトさん……」


 ざわめきが強まり、熊男は更に困惑している。


「な、何を……どういう風の吹き回しだよ、テメェは」


「俺が今までしたことは、全部謝りたいと思ってる。全員に、納得してもらえるまで」


 本当は俺がしたことでも無いけれど、でも被害者の為を思うならきっと俺が頭を下げた方が良いと思う。


「……んな、こと……」


 熊の男は視線を迷わせている。既に、殺意は霧散していた。


「……まァ、分かったよ。テメェが謝りたいって言うなら……案内してやる」


 そうして俺達は熊男に連れられ、冒険者ギルドを後にした。




 ♢




 そうして連れて来られたのは、街の外壁近くにある宿屋だった。主人に話を通すと、熊男は俺達を連れて奥に進んでいく。


「俺達には、金がねぇ」


 熊男は言いながら、扉の前に立った。


「だから、テメェが何も考えずに食らわせた毒のせいで……ジーナは、まだ苦しんでるままだ」


「ッ!」


 毒……バシュムの毒を使ったのか!? てっきり、殴られたり蹴られたりの傷だと思ってたけど……最悪だな。


「治せる奴を探して、伯爵領からこっちにまで何とかやってきたが、今度は金が足りねェと来たもんだ……俺が稼ごうにも、時間がねぇッ! だから、テメェ自身に……償ってもらう」


「……分かった」


 しかし、バシュム毒か。それなら、俺が自分で抜けるかも知れない。そもそも、俺の権能だからな。


「入れ」


 男は警戒した様子で、扉を開けた。ここまで来て俺が暴れ出すことも危惧しているんだろう。


「あれ……ハリッツ?」


 そこにはベッドに横たわり、苦しそうに息をする少女が居た。何かは分からないが動物の耳を生やしており、薄灰色の髪を伸ばしている。


「それ、に……ぁ、ぇ」


 ジーナは恐怖を表情に滲ませ、自身の胸を抑えた。


「ぃ、ぃゃ……」


「落ち着け、大丈夫だジーナ。こいつは……お前に謝りに来た」


 男はジーナに駆け寄り、その手を握って落ち着かせようと声をかけた。だが、ジーナは更に混乱しているように見える。


「な……なん、で?」


「分からん。心を入れ替えたのか、理由は知らないが……それでも、こいつはお前に謝って、慰謝料も払う気だと言った」


 男に背をさすられ、状況を理解してきた様子のジーナだが、それでも呼吸は不安定だ。


「話しても、良いか?」


「……あぁ」


 男はベッドの横に立ったまま、俺にジーナからの視線が通るように移動した。


「ジーナさん」


「ひッ」


 声をかけただけで、ジーナは怯えたような声を上げた。よっぽど、トラウマになっていたんだろう。


「……本当に、すみませんでした」


 俺は地面に膝を突き、そのまま床に頭を付けた。


「ッ!? ぁ、あの……え?」


 ジーナの声から伝わるのは、混乱だ。


「毒も、必ず俺が治します。動けなかった分でかかったお金と、賠償金も払います」


「……あの、顔上げて下さい」


 ジーナの声に、俺は少し躊躇いながらも頭を上げた。早急に治療へと取り掛かる必要があるとも思っていたからだ。


「何で、貴方が私にあんなことをしたのか……というよりも、何で貴方が私に謝ることにしたのかは、分かりません」


 ゆっくりと考えながら話すジーナを、ハリッツと呼ばれた男は黙って見ていた。


「でも、謝罪を受け取った以上……私は、貴方を許します」


 その目は、さっきまで怯えていたものとは違い……強い意志が籠っているように見えた。


「……ありがとう」


「あそこまで低く頭を下げられたら、許すしかありませんから」


 にっこりと笑ったジーナだったが、直後にゴホゴホと咳き込み始める。


「ッ、がはッ」


 ジーナの口から血が吐き出された。

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