第23話 酔っ払い
運ばれて来た料理は、予想通りにそこまで美味しくは無かった。野菜のスープは味が薄いし、ソーセージも素朴過ぎる。だけどまぁ、シチューは美味しかったし、パンも硬いがシチューにつければ普通に美味い。
「悪くは無い、な」
向こうでも、このくらいの店はギリギリあるだろう。多分、こっちは調味料とかがそこまで自由に使えない分、味が薄めになるのは仕方ない。
「向こうだと、もっと美味しいご飯が一杯あるんですか?」
「ん、まぁそうだな……こっちだと塩とか砂糖は割と貴重なんだろ? でも、向こうだと使いたい放題だからな……二割くらい砂糖みたいな飲み物も普通に売ってたりするな」
「に、二割ですか……?」
ティアは戦慄したような表情で自分のカップを持ち上げ、エールを揺らして中身を計算するように見た。
「ほぼ砂糖みたいなお菓子もあるし、肉全体を塩で覆って焼いてその塩は全部捨てるみたいな料理もあったと思う」
「勿体無いどころの話じゃないですよ……」
最早呆れたように言うティア。まぁ気持ちは分かる。
「アマトさんはどんな料理が好きだったんですか?」
「俺? 俺はラーメン好きだったなぁ」
こっちだと、もう絶対食えないよなぁ。
「らーめんっていうのは、どういう料理なんです?」
「麺料理なんだけど、かん水っていう特殊な水を使って作る小麦粉の黄色っぽい細い麺で、それが鶏がらだとか野菜だとか魚だとかを組み合わせて出来たスープに入ってるんだけど……滅茶苦茶美味いんだよね。チャーシューっていう肉とか卵とかも合わせたりするんだけど、それが無くても感動できるくらい美味しいと思う」
「な、なるほど……」
語り終えた俺は、若干困ったような表情のティアが目の前に居ることに気付いた。
「正直、味の想像が全く出来なかったです」
「味かぁ……」
ラーメンの味を説明するって、結構難しくないか? 種類によって全然違うし。ただ、確実に言えることは……
「美味いよ」
「……そうですか」
諦めた俺に、ティアも諦めたように返事を返した。
「――――ギャハハハハハハハッ!!」
酒場に馬鹿笑いが響き、俺は思わず眉を顰めた。
「んなの、余裕だぜぇ……俺にぃ、任しとけやぁ? ギャハハハッ!」
笑い声の方を見ると、明らかに酔いが回っている男が立ち上がり、なんとこちらに歩いて来ている。
「なぁ、姉ちゃん! ちょっと、付き合ってくれよぉ? そこのあんちゃんより、よっぽど良い思いさせてやれるぜぇ、俺ぁ」
「ッ、あの、私達は……!」
俺達のテーブルに肘をかけてティアに顔を近付ける男。粗野な表情と、清潔とは言えない服。そして、腰に差した剣……冒険者か、傭兵か、若しくは賊だったりするのか。
「そういうことは止めて欲しい。俺は龍者で、その子は巫女なんだ。手を出せば、お前にとっても良くないことになる」
手の甲を見せると、そこに龍者の紋章が光り輝いた。男は眉を顰めたが、それでも動こうとはしない。
「あぁ? 何言ってんだぁ、お前なんかが龍者なわけぇ……」
「馬鹿ッ、馬鹿ッッ! やめとけッ、下がれってお前!」
「死ぬぞッ! 龍者だぞッ!? 貴族と同じなんだぞッ!?」
諦めずティアに言い寄ろうとする男。その肩を後ろから来た男達が掴み、引き戻すように引っ張る。
「あ、あの、すみませんッ! アイツには言って聞かせとくんでッ、どうか勘弁してやって下せぇッ!!」
「いや、うん……」
想像以上の効力に若干申し訳無くなりつつも、俺はティアの方を見た。
「許します。ですが、今後はこのような事態にならないよう、言い聞かせておいてください。それに、止めるならこうなる前に止めるように。良いですね?」
「は、はいッ! すみませんッ、すみません……!」
男達は言い寄ってきた男の口を塞ぎ、逃げるように会計を済ませて出て行った。
「あ、あのあの……! 私、龍者様だなんて知らなくて、失礼をしてしまってたらすみません!」
「ごめん。本当にごめん。大丈夫だから、何も問題は無いよ」
ぴょこぴょこやってきた兎の店員がぺこぺこと頭を下げた。俺が頭を下げると更にその下まで頭を下げてから去って行った。とても居心地が悪い。
「ごめん……あんまり、この紋章見せるのは止めとこうかな」
「積極的に見せるようなことはしない方が良いですけど、面倒事を避ける為なら積極的に使うべきだと私は思います」
それに、とティアは続ける。
「今回は、私を助ける為にしてくれたことですから……助かりました。ありがとうございます」
「いや、もっとやり方はあったと思う……何かしらさ」
俺が言うが、ティアは首を振る。
「力を誇示するのは確かに褒められたことでは無いかも知れませんが、力を振るってしまうよりはずっとマシだと思います」
「……それは、そうかもなぁ」
誰かが傷付くよりは、確かにそっちの方が良いかもしれない。
「でも、他の言葉でも解決できるなら……その時は、頑張ってみよう」
「はい。その時は、私もお手伝いしますよ」
にこりと笑うティア。俺はそれに微笑み返し、空になった食器を端に寄せて手を合わせた。
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