第22話 酒場

 頭の中に、雑音が響く。


『……ゃ! アマト、起きるのじゃ!』


 俺は目を開き、まだ強い日差しがカーテンの間から差すのを睨み、体を起こした。


「ティ――――」


「おはようございます、アマトさん」


 隣のベッドで眠るティアを起こそうとした瞬間、ティアの体が起き上がった。


「びっくりしたよ……凄いな、きっかり起きれるなんて」


「ふふ、これでも巫女ですからね」


 流石は巫女……なのか?


「んじゃ、行くか」


「はい」


 特に準備することも無いし、そのまま行けるな。俺は足元に転がっていた靴を履き、ツヴェルの入った袋を背負って外に出た。




 ♢




 街並みとしては、ブロス伯爵領の街とさして変わりはない。ただ、明らかに店の類いが多いのと人通りが何倍も多い。


「なんか買いたいモノとかあるか?」


「食料ですね。ここからは馬車での移動になるので、そこまで量は要りませんけど……三日分あれば十分だと思います」


 そっか。馬車か。ここまでは徒歩だったからな……巫女の力が無ければ相当疲れてただろう。少なくとも、こんな仮眠では回復しない程度には。


「ただ、荷物が多くなる前にどこかの店で食事を取っておきましょう?」


「あぁ、宿じゃ食事は出ないんだったな」


 ティアはこくりと頷き、チラチラと街を眺めながら歩く。


「どうします……? お店、いろいろありますけど」


「酒場とか、行ってみたいな」


 結構、気になる。ファンタジー的な世界観の酒場、一度は見てみたい。


「良いですよ? 行きますか」


「良し来た」


 すると、ティアは既に酒場を見つけていたのか右奥の方へと歩き出した。


「こっちです」


 ティアは臆することなく酒場に入っていき、壁際の席に座り込んだ。椅子を引く音も霞む程の喧騒、そして明らかに冒険者のパーティらしき者達が飯を食っているのを見て、俺は若干感動した。


「はいはい、いらっしゃいませ! ご注文は!」


 俺が席に着くより先に駆け込んで来た兎耳の少女。俺はチラっと机の回りを見たが、メニューらしきものは無い。


「何がありますか?」


「今はパンとソーセージとシチューと、あとは野菜のスープと……お酒なら色々ありますよ!」


「じゃあ、それ全部と……エールをお願いします」


 そう言って、ティアは俺の方に視線を向ける。つられて、兎耳の少女もこちらを見た。可愛い。


「ん、じゃあ俺も同じで」


「はい、ありがとうございます!」


 少女はぴょこぴょこと走り去っていき、カウンターの裏に消えた。


「兎だ……」


「それ、本人に聞こえるように言わない方が良いですよ」


 ちょっと、デリカシーに欠けたか。


「ごめん、感動の余り口走っちゃった」


「気を付けましょうね。直接的に獣人の特徴を指摘するような行為は嫌われます」


「分かった」


 ティアマトも触れたりするのは厳禁って言ってたもんな。


「それで、この後はどうします? 買い物をするにしても時間はまだありますけど」


「んー……冒険者ギルドとか?」


 どうせ、いつかは登録しないとだしな。


「確かに、冒険者登録はしておいて損は無いですね……向こうでは、そんな余裕もありませんでしたから」


 ブロス伯爵の街だと見つかること自体許されなかったからな。ギルドに行っている暇なんて微塵も無かった。


「ティアはどこか行きたい場所とかあるか?」


「んー、特には無いですね」


 まぁ、大きめの街とは言え特に観光名所みたいなところも無さそうだしな。飯食って買い物するくらいしか娯楽は無さそうだ。後は、探せば賭場でもあるかもな。


「グルタニア学園か……」


「不安ですか?」


 呟いた俺に、ティアが首を傾げる。


「うん。やっぱりちょっとなぁ」


 グルタニア学園の推奨レベルは18~27だ。難易度次第だが、俺のレベルは25なので安心とは言えない。やっぱり、レベルが1に戻されたハンデは大きかったようだ。


「どういったところが不安なんですか?」


「……人間関係と、イレギュラー?」


 簡単に形容するならこれだろう。この篠上海人という体ではどんな因縁をつけられるか……というか、どんな因縁が付いているか分からないし、俺の転生によってストーリーにどれだけの異常が起きるか分からない。


「大丈夫ですよ」


 ティアはにこりと笑い、俺の手を両手で包んだ。


「学園には私も付いて行けますから。ずっと一緒という訳にはいかないと思いますが、それでも可能な限り私がお守り致しますので」


 視線が合う。手から伝わる温かみから、自然と不安が落ち着いていくの分かる。


「ですので、ご安心下さい」


 ……なるほどな。


「うん、安心したよ」


 これも、巫女の役目か。凄い技術だ。だけど、出来るだけこういう苦労はかけないようにしたい。これはつまり、気を遣われてるってことだから。


「先ずは、パンとソーセージとエールです!」


 皿を分けることなく、二人分の料理が二皿に纏められてやってきた。木製の不格好なコップを手に取り、俺は中を覗き込む。そこには、茶色い液体がなみなみと満ちていた。


「うん」


 ティアの作った料理の方が美味しそうだな。

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