第21話 地位

 少し歩き、門番から声が届かないくらいまで歩いたところで俺はティアに話しかけた。


「なんか……ビビられてない?」


「それが普通ですよ。龍者は爵位としては伯爵に値します。その上、侯爵以上でも龍者に対して容易に権力を振るうことは出来ませんから」


 そういえばそうだったな。でも、にしてもじゃないか?


「ザリィも二ノ宮ってことは伯爵じゃないのか?」


「うんにゃ? 俺は二ノ宮から勘当してもらったからな。自由を得る代わりに貴族の地位は捨てた。ま、今は騎士爵ってことになってるが」


 自由過ぎんだろ。


「うちは相当特殊だからな。あんまり参考にはしねェ方が良い」


「……なるほど」


 ザリィは一瞬間を置いて、フッと笑った。


「だがまァ、オメェがビビられてんのはただの身分の差じゃなくて……お前の悪評からだと思うぜェ?」


「……マジか」


 俺の悪評、こんなところまで轟いてんの?


「ザリィ様。アマト様のそれには理由があるんです」


「あぁ、いや、良い。大丈夫だ」


 俺の代わりに弁明しようとしてくれたティアだが、俺はそれを止めた。


「あんまり誰彼構わず話すつもりは無い。必要があったら話すかも知れないけど」


「……でも」


 ティアの言いたいことも分かる。俺が入れ替わった人間だってことを公表しないってことは、イコールで海人がやったことは俺がやったことになる。


「そもそも、突拍子も無い話だからな。話したところで信じてくれる人は一割も居ないよ」


 何なら、一パーセントも居ないだろう。自分の悪行を無かったことにしようとする、不出来な言い訳にしか聞こえないだろう。


「何の話かは気になるところだが……今のところ、話すつもりはねェんだな?」


「そうだね……今は、まだ。必要も無いし」


 多弁は銀、沈黙は金だ。話す必要が無いことは、隠す理由が無くても黙っておくに限る。


「まァ、オレは良いがよォ。ファルツ公爵に聞かれたら話すが吉だぜ?」


「それは、勿論。別に秘密って訳でも無いしなぁ」


 暫く歩くと、ザリィは立ち止まった。目線の先には大きめの宿屋があった。看板には『ジィーンの宿屋』と書かれている。


「ほら、今日はここに泊まっとけ。金はあるよな?」


「はい。私が持っています」


 そう言えば俺、一銭足りとも持ってないな。まぁ、良いか。


「明日の昼前に迎えに来るから、そん時に宿屋に居てくれりゃあ良い。今日のところは休みつつ、街でも観光しててくれ」


「ザリィさんはどうするんですか?」


「俺か? 俺はファルツの奴に報告と、あとあの門番の奴にも宿屋の場所を教えてやんないといけねェな。このままじゃゴーレムの登録も出来ねェだろうし」


 確かに、手配しておくとか言ってたけど、俺がどこに居るかとか知らないよなあの門番。どうするつもりだったんだろう。


「まぁ、そういう訳だ。俺はもう行くぜ」


「またな~」


 手を振ると、ザリィは軽く手を振り返し、人混みに消えていった。


「じゃあ……取り敢えず、入るか?」


「はい。私にお任せ下さい」


 お任せ下さいって、宿屋で部屋借りるだけだよな?




 ♢




 熾烈な値引き交渉が行われ、元の半分の価格で俺達は部屋を借りることに成功した。


「半分って……そんな値引き出来るもんなんだな」


「いえ、普通は無理ですよ。でも、ここは色んな場所から人が来る街なので……普通より、高い値段を取ってるんですよ」


 なるほどな。端から向こうがぼって来てるのか。


「でも、良い部屋だし高めなのも別に納得できるけどな……」


「出来ませんよ。食事付きならギリギリ納得できますけど、そういう訳でも無いですからね?」


 俺は柔らかめなベッドに寝転がりつつ、唸り声を漏らした。


「んー……そういうもんかぁ……」


「街の住民からすれば外の人間なんて基本はカモでしか無いです。向こうからそう思われているって、ちゃんと自覚しておいた方が良いですよ」


「世知辛いねぇ……」


 ベッドが気持ち良い。なんだかんだ歩いて疲れたからなぁ。毎日稽古も付けて貰って、暇さえあれば自分でも修行してたし。


『街は見て回らんのか?』


「ん……一旦寝ようかなと思ってるけど」


「えっと、ティアマト様と喋ってらっしゃいますか?」


 あぁ、声に出しちゃうと紛らわしいか。


「ごめんごめん、そうだよ」


「いえ、遮ってしまい申し訳ありません」


 やっぱり、まだ距離間あるよなぁ……まぁ、しょうがないか。


『妾はこの時代の都会の様子を見たいんじゃが』


「……ティア、疲れてるか?」


「そうですね……ちょっとだけ、休みたいです」


 じゃあ、ちょっと休むか。


「ティアが回復したら、ちょっと街でも歩いてみるか」


「そういうことでしたら、まだ歩けますけど……?」


 俺は首を振り、ベッドにしがみついた。


「俺もちょい休みたいし。一、二時間仮眠を取ったら出ようかなと思うけど、どう?」


「はい、大丈夫です」


 良し、じゃあ寝よう。


『妾が暇なんじゃが』


(うん、二時間経ったら起こして)


『ッ、妾をたいまぁ扱いするなと何度言えば分かるんじゃ!』


(だって、便利だからさ)


 未だにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるティアマトを無視して、俺は目を瞑った。

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