第19話 二ノ宮ザリィ

 ザリィは刀を振り上げ、風に巻き込んでメイスを上に巻き上げる。片腕を上げられ、無防備を晒す俺を呆れたようにザリィは見る。


「おいおい」


 ザリィはそのまま刀を振り下ろし、俺の首に刀を付けようとして……


海神ティアマト


「ッ!」


 光線の如く放たれた水がザリィを襲う。しかし、ザリィは凄まじい反射神経でそれを回避し、後ろに跳び退いた。


「殺す気かよ、テメェ!?」


「遠慮無くって話だったからな。手加減して欲しいならそれでも良いけど?」


 俺の言葉を聞くと、ザリィの口角がニィィっと上がっていく。


「ハハッ、ハハハハハッ! 面白れェ! 予想外だ! お前、最高だなッ!」


 ザリィは刀を正眼に構え、息を吐き出す。


「風装」


 暴風が、ザリィの周囲に吹き荒れる。風は勢いを増しながら緑の色が付き始め、ゆっくりと中心に集まっていき、最終的にはザリィの体に纏わり付くようにザリィの体の周りを流動し始める。


「良いぜェ、興が乗ってきたァ」


「……そりゃ、何よりだ」


 この状態のザリィに勝つ方法。諦めるのは簡単だが、それじゃ何の練習にもならないからな。


毒蛇バシュム


 海神ティアマトの権能に乗せられて、希釈された毒液がザリィの口元に運ばれる。


「舐めんな」


 ザリィは口を閉ざし、息を止めたまま駆け抜け、俺の目の前まで迫った。


加速アクセル


「ほぉ」


 俺は加速した身体で何とか刀を避け、撒き散らされる風をメイスで薙ぎ払って防いだ。


「良かった良かった。まさか、こんまま終わるかと思っちまったぜェ?」


海神ティアマト


 短剣を手放して手を前に突き出し、両手を広げた程に大きい水球を放つ。ザリィは刀を振るい、風を飛ばしてそれを斬り裂く。


「時間稼ぎのつもりかァ?」


 距離を離した俺に、ザリィは迷くことなく駆けて来る。


海神ティアマト


「そいつはもう見たぜェ」


 指先から迸るウォータージェット。しかし、ザリィはそれを飛び越えて空中で刀を振り下ろす。


「風装の刃。その力はさっき知ったろ?」


「ッ!」


 咄嗟に横に跳んだが、それでも腕の一部が斬り裂かれた。


(……手札が、足りてない)


 間違いなくそうだ。俺のスペックなら、もう少しザリィと渡り合えてもおかしくは無い筈だ。だが、能力を存分に生かす技を……手札を、俺は全然持っていない。


海神ティアマト


「チッ」


 俺の足元から地面全体に水が染み込んでいく。目の前に着地したザリィは足が地面にめり込み、煩わしいそうに舌打ちする。


「また時間稼ぎかよ」


 そうだ。時間を稼ぐしかない。どうせ、今の俺の頭の中にある手札じゃこいつに勝てやしない。だから、今ここで……新しいカードを作り出すしか無い。


毒蛇バシュム


「無駄だってんだよ」


 俺は周囲に毒液を飛散させ、結界のように広げる。しかし、ザリィの風は無慈悲にも漂う毒液を纏めて吹き飛ばす。


「それに、こっちも無駄だ」


 足を上げ、下ろすザリィ。泥のような地面にその足はめり込む筈が、緑色の風に下駄が乗る。自身の生み出した風を足場にしたザリィは、攻略完了とでも言うように笑みを浮かべた。


「……」


「どうしたァ? 降参なら、それでも良いぜェ? そこそこは楽しめたかんなァ」


 俺はザリィの問いに答えることなく、目を瞑ったまま思考を巡らせる。


「おい、聞いてんのかよ」


「……」


 黙れ。今、それどころじゃないんだ。


「来た」


「何がだよ」


 呆れたように言うザリィ。俺は短剣の先を少し離れた場所のザリィに向ける。


海神ティアマト


 瞬間、ここら一帯の地面に染み込んだ水分が一気に抜け出し、宙に浮いてザリィの方へ飛んでいく。


「残念だがよォ、風装の前じゃ……」


 ザリィに群がる水は風装に弾かれると、空中に浮き上がっていく。


海神ティアマト水激槍ネロー・トゥリエナ


 ザリィの頭上に集まり、圧縮されていく水。それは槍の形を成し、魔術となった。これは、ティアマトの権能を利用してたった今作り上げた水魔術だ。


「落ちろッ!!」


「ッ、マジかッ!」


 慌てて離れようとするザリィの背から、槍は凄まじい速度で飛来する。


「烈風」


 振り向きながら刀を振り上げるザリィ。風を一纏めにした烈風の刃は、圧縮された水の槍を真っ二つに斬り裂いた。



「――――バーニング・ストライクッ!!」



 その背後から、加速の力で接近した俺が燃え盛るメイスを振り下ろした。


「がァァッ!!」


 ザリィの体から暴風が溢れる。吹き飛ばされはしなかったものの、勢いを削られた俺は振り向いたザリィに蹴り飛ばされた。


「ふぅ……いやァ、舐めてたとは言え、マジ危なかったぜェ」


 ザリィは楽しそうに笑い、刀を倒れた俺に突きつけた。


「……勝てなかったかぁ」


「たりめェだ。お前みたいな青二才に負けちゃァ、二ノ宮の剣士として顔が立たねェよ」


 ザリィは刀を戻し、手を差し出す。俺はその手を掴み、一息に立ち上がった。


「だがまァ、戦ってみて分かった。俺はお前を信用する」


「こんなので良いのか?」


「ハッ、戦えば大体の奴は性格が分かんだよ。お前は何つーか、ひたむきって感じで俺は好みだ」


「……それは良かった」


 そういえば、そんな設定あったな。流石は戦闘狂って感じだ。


(まぁ、この段階で信用してもらえるならそれ以上に有難いことは無いか)


 ファルツ公爵とも話すことになるかも知れないしな。ザリィからの信用を得られれば、より身の安全は高まると考えて良いだろう。


「……ちょっと、寝るにはまだ早いな」


「んじゃ、もうちょい修業をつけてやっても良いぜ?」


 戦って昂ったせいか、眠気は薄い。もう少し修業を付けてもらうか……いや。


「そうだ。修業の他にも頼みたいことがあるんだけど、良い?」


「まァ、言ってみろ」


 俺は頷き、頼み事を話した。

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