第18話 風装

 立ち塞がった三人の忍。一歩踏み出したザリィの足元から煙が噴き出し、ザリィは口元を抑えて後ろに跳び退いた。


「クソッ! 邪魔くせェんだよッ!」


「足止めは頼んだぞ。ではな」


 そう言うと善哉の姿はフッと消え、数秒もすれば辛うじて追えていた気配すらも無くなった。完全に逃げられたということだ。


「クソ、また逃げられたか……これで何回目だ?」


「しょうがない。取り敢えず、この三人を片付けるか」


「そうだな。だが、アマト……だったか? お前は見とけ。俺の力を、二ノ宮家に受け継がれる刀術の力を見せてやる」


「……分かった。危険そうなら手を出す」


 そんなものは必要無いとばかりに鼻で笑ったザリィは刀を正眼に構え、目を閉じてゆっくり息を吐き出した。

 全ての酸素を吐き出したザリィはゆっくりと目を開き、こう言った。


「…………風装」


 瞬間、ザリィの周囲に暴風が吹き荒れた。

 その風は段々と勢いを増し、それと共に緑の色が付き始めた。緑の暴風は勢いを増しながらもゆっくりと中心に集まっていき、最終的にはザリィの体に纏わり付くようにザリィの体の周りを流動し始めた。

 圧倒的な風量が一箇所に集まって出来たその風は、地面を抉り、空気を削りながらザリィの周囲で循環し続けていた。


「これが二ノ宮家に伝わる技の一つ、習得難易度は高いが、基本的な技でもある……風装だ」


 自慢気に口角を上げ、ザリィは言った。


「凄いな、これは……あ、危ないッ!」


 素直に感心していた俺だったが、ゆっくりと近付く三人の忍達に慌て、ザリィに向かって叫んだ。


「はッ! 心配の必要は無えな……風装を舐めるなよ」


 三方向から一斉に斬りかかる忍だったが、小刀がザリィの体に当たりそうになるスレスレでグニャリと狙いが逸れ、暴風の勢いに負けて流されてしまった。


「……な? これが風装だ。体に纏えば矢を吹き散らし、剣を弾く鎧となり、剣に纏えば敵を切り刻む刃となる」


 強い。めちゃくちゃ強い。こいつ、風装使うと異常に回避率が上がってたのはそう言うことだったのか。納得でございます。


「そして、これが風装の刃の……力だッ!」


 纏わり付いていた風が、刀を振るうと同時に暴れ狂い、少し離れていた二人の忍をボロボロに斬り裂いた。最初の鎌鼬が当たるとこうなるのだろう。


「今のは風を暴走させる、暴風の刃だ。そして、これが──」


 緑の何かが一瞬だけ視界に写り、ビュンッ! と音がしたかと思えば、数秒後に一つの首がゴトリと落ちた。


「──風を纏めて一つの鋭い刃にする、烈風の刃だ」


 ……強い。そして、速い。今の一撃、完全に見えなかった。


「凄いな。正直言って、全く見えなかった」


「ははッ! だろ? これは俺の技の中でもかなァり自信があるんだよ」


 実際、自信を持てるだけの実力が有る。


「さて、ここに二人の悪忍さんがいるんだが……尋問の時間だぜ?」


「二人いるから、一人は犠牲に出来るな」


 ザリィはボロボロの二人の下に屈み込むと、血の付いた刀に手をやった。


「ああ、その通りだ。死にたくなけりゃあ、さっさと言うことだ。なんせ、一人は死んでも全く問題ないんだ」


 ザリィは二人の顔を覆い隠す布を取り払った。




 ♢




 その後、俺たちは何の成果も得ることは出来ず、夜の暗い道を歩いていた。


「しっかし、アイツら本当にイかれてやがんな」


「幼少期から洗脳教育されてるんだろうな。死んでも自分は天国に行くだけ、なんて本気で言える奴なかなか居ないよなぁ」


「さて……辺りも暗いし、そろそろだなァ」


 その言葉に俺は立ち止まり、ザリィに尋ねた。


「あ、テントあるか? 残念ながらお前の分までは無いんだが」


「俺ァ、木の上で寝るから気にすんな。自前のベッドがあっからなァ」


 ……こいつ、野生児だな。


「あ、ザリィ。後で稽古つけてくれないか? 対人戦は殆ど経験が無いから、今のうちに慣れときたいんだけど」


「おう、構わねえぜ? どうせ俺は三時間くらいしか寝ないからなァ。暇潰しを考えてたところだったんだよ」


 こいつ、ショートスリーパーってやつか。


「マスター。私モ観テイテ良イデショウカ?」


「ん? 俺は別にいいけど……」


「俺も良いぜ? 好きに見ててくれよ。でもよォ、ずっと気になってたんだが……そのツヴェルっての、何なんだァ?」


 何なんだ、か。


「魔道具だよ」


「ほーん。強ぇのか? その球」


「……まぁな。小ちゃいけど、強いぞ。ツヴェルは」


「アリガトウゴザイマス、マスター」


 見た目こそ灰色の金属球でしかないツヴェルだが、その強さはウィルナー並みか、それ以上だろう。恐らく、ツヴェルも経験が足りない。ボディの性能で言えば俺よりも上なのだ。恐らくだが、人間である俺の記憶をインプットしたせいでスライムのように流動させられる肉体を用いた人外的な動きを活かせないのだろう。


「それで、そいつはどこで手に入れたんだ?」


「……ティアから貰った」


 安易に買ったと言えば、嘘がバレる可能性は高い。


「へぇ……まァ良いぜ。見たいなら見ときな。じゃ、早速やるか?」


「いや、その前にテントを張らなきゃ……って、マジかよ」


 振り返った俺の視界にはピシャリと張られた立派なテントがあった。張る時間とか三十秒も無かったはずなんだけどなぁ……。


「はい。もう張っておきました。遊んで来て良いですよ?」


 ティアはニコリと笑った。


「あ、あぁ。ありがとな。じゃあ、ゆっくり休んでてくれ」


 テントの中に帰っていくティアにおやすみと声を掛けてから、ザリィに向き直った。既にザリィは刀を構えていた。


「んじゃァ、やっか?」


「もち。早速やるか」


 俺は言葉と同時にメイスと短剣を出現させた。


「まァ、遠慮なく来ていいぜ?」


「じゃあ、お言葉に甘えてッ!」


 一瞬で距離を詰め、銀色に輝くメイスをザリィに振り下ろした。

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