第16話 二ノ宮

 長い橋を渡り、何人もの兵士たちが倒れている森を抜けたところにティア達はいた。


「おーい! 無事に逃げられたぞーッ!」


「アマトさん! 良かったです……心配しましたよ?」


「私ハ信ジテイマシタ。マスターノ無事ヲ」


 ジトッとした目を向けるティアに、抑揚のない声で胸を張るツヴェル。何にせよ、この山場を越えられたのは嬉しいことだ。


「なぁ、あの倒れてた兵士たち、ツヴェルがやったのか?」


「肯定シマス。動キガ遅カッタノデティア様ヲ抱エナガラデモ容易ニ攻撃ヲ加エラレマシタガ、死ナナイヨウニ攻撃スルノハ少シ難シカッタデス」


「そうか。殺さなかったのは偉いぞ。良く手加減できたな」


「……アリガトウゴザイマス、マスター」


 照れたようにそっぽを向いてツヴェルは言った。愛い奴め。


「……最大の難所は抜けました。ですがアマトさん。まだ終わりではないこと、分かっていますよね?」


「あぁ、勿論。ブロス伯爵の領地はこの先の街までだったな。そこまでは最大限警戒すべき、だよな?」


 ティアは真面目な表情で頷いた。


「つまり、あそこの街は迂回していくべきってことで、良いんだよな?」


「はい。それが最善だと思います」


 まぁ、ブロス伯爵の手が掛かった街の中を通り抜けるよりはマシだろうけど、街の外に監視がいてもおかしくは無い。警戒は最大限すべきだろう。


「じゃあ、暗くならない内に早足で行くか」


「ハイ、マスター」


 俺たちは足を早め、申し訳程度に整備された道を歩いた。




 時は過ぎ、月明かりが大地を照らす頃、俺達はそこそこ大きな街の横の雑木林を抜けようとしていた。


「はぁ、結局何事も無かったな。良いことだけど」


「そうですね。流石に大陸側まで監視は居なかったみたいです」


 まぁ、普通に考えて相当のイレギュラーが起きなければ島の橋で捕まえられるよな。……今回、相当のイレギュラーが起きたわけだけど。


「ま、これで一安心ってところか。これから取り敢えず適当な宿でも──ッ!」


 体の緊張を解こうとした瞬間、パッシブスキルの気配察知が発動した。


「……誰だ?」


 雑木林を抜けた先、一人の男が立っていた。刀を肩に置いて、片手はポケットに突っ込んでいる。髪を後ろで結び、ボロい和服を着た男の目には一本線のような傷が深く刻まれていた。


「俺はザリィ。二ノ宮ザリィだ。よろしくな?」


「二ノ宮、ザリィ……?」


 聞いたことがある。


(刀、目の傷、二ノ宮……)



 そうだ。思い出した。


 確か、ファルツ公爵の旧友だった筈だ。記憶が正しければ、凄腕の剣士で主人公の味方側だったと思う。ピンチになった主人公達をファルツ公爵から送られてきたザリィが助けるっていうイベントがあった。


「……それで、何の用だ?」


「そう身構えんなっつの。ブロス伯爵がおかしな動きをしてて巫女が危ないってんで急いで来てみりゃ、殺されたって話だった龍者が生きてんだもんなぁ。俺ァ、ビックリしちまったぜ」


 殺されたって話だった龍者……? いや、それよりも何故俺たちの事情を知ってるんだ?


「何で、知ってるんだ? 俺が狙われていたこと」


「んー、簡単な話だなァ。ブロス伯爵の領地はあの大きな島と周辺な小さい島々のみ。大陸側の領地は実は持ってねえんだ。んだけども、ブロス伯爵の手下である子爵や男爵どもの領地も実質的に支配してるから大きな力を持ってる。勿論、龍の島を領地に持っていることも力の一因だがな」


 確かに、ティアから聞いたことがある。ブロス伯爵は周辺の位の低い貴族達を手下にして影響力を広げていると。


「……待てよ。じゃあこの周辺の村や街は全部ブロス伯爵の支配下にあるってことか?」


「おう、そうだぜ?」


 つまり、ここら辺もまだ危ない……?


「あー、お前の心配してるようなことはないと思うぞ。あいつの抱えてる兵力でお前を止められるのは双黒のウィルナーくらいしかいないからなァ。あれからは運良く逃げられたみたいだし、もう大丈夫だろ」


 ウィルナーは逃げたと言うより倒したのだが、言う必要も無いので黙っておく。多弁は銀、沈黙は金だ。


「それで、俺が狙われてたことは何で知ってるんだ?」


「ん? あァ、単純な話でよォ、ブロス伯爵の抱えてる手下の貴族達の中にファルツの手の者がいるってだけだぜ。要するに、スパイだ。スパイ。お前らの世界ではそう言うんだろ?」


 これは、少しは信用しても良さそうだな。信頼はしないし、警戒はするが。


「……あぁ、そうだ。スパイ。間者だな」


「お、合ってたか。異世界人検定三級くらいは貰えるか? ハハッ!」


 ……ゲームでもそうだったが、結構喧しいやつだ。


「助けに来たってことは一応ブロス伯爵の手のかかっていない街まで逃してくれるってことでいいのか?」


「おう。それでもいいぜ……だけど、一応言っとくぜ?」


 ザリィは緩んでいた表情を引き締めて言った。


「俺はお前を信用していない。そっちの巫女ちゃん達は兎も角な」


「……理由を聞いてもいいか?」


「ん? 一つは単純にお前の悪評だ。流石に心当たりくらいあんだろ?それと、もう一つだが……巫女ちゃんから聞いてねえのか? 海神ティアマトの龍者は二回裏切ってるんだよ。直近の二回な。だから、その流れでお前さんも悪い奴なんじゃねーのかな? って、疑ってる訳だ。勿論、召喚が行われたのそこそこ昔の話だからな。一般人はそんなに意識してないと思うが、その話を細かく伝え聞いているお貴族様達はアンタのことを警戒してるって訳だ」


「じゃあ、ブロス伯爵が強硬手段に出たのも……」


「あァ、相当辟易してたんだろうな。してや海神の島は自分の領地だ。自分の管轄内からやべえヤツが出てきて暴れ出したら少なからず責任を負っちまう。だったら、早いうちに殺す方がマシだって考えたんじゃねーの?」


 領地内で龍者が死ぬ方が管理責任を疑われそうなもんだが……いや、貴族社会のことなんて俺が考えても分からないな。不自然には感じるが、それだけに留めておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る