第13話 予定変更

 現れたのは、十メートル程の長さを持つ太い蛇。角と前足、凶悪な爪と巨大な翼。神話に出てくる怪物のようなその異形からは、凄まじい威圧感が漂っている。


「……凄いな、これ」


 ウガさんもデカイが、こいつはウガさんのデカイとはまた違うデカさだ。太くて長い胴体に大きく広がった翼。


「ウガさんが象だとしたら、バシュムはダイオウイカって感じだな」


『……いや、全く分からんぞ。イカのダイオウとは、クラーケンのことかの?』


 違う、全然違う。けど別に訂正はしない。面倒だから。


『それで、満足なされたか。我が主よ』


「あ、あぁ、うん。オッケー、大満足。因みに、その翼は使えるの?」


 人型の時は使えなかったようだが。


『当然だ。そこで見ているといい』


 そう言ってバシュムは胴体の上部だけを起き上がらせ、翼をはためかせると、ゆっくりと体が浮き上がり、遂には大空へと飛び立った。

 大空を這うように舞う姿は、鳥というよりも龍に近かった。


 暫くした後、魔力残量MPが心配でソワソワし始めた俺の前にバサリとバシュムが降り立った。


『どうだ。飛んだであろう』


「飛んだわ。うん。凄い飛んだ」


 体感で残り数パーセントしかない魔力に冷や汗をかきながら適当に返事をしておいた。


『それと、この翼は収納することもできる。薄いのはその為だ』


 バシュムは翼を何度か折り畳むと、翼に付け根にある隙間のような場所に翼を入れ、余った分を体に巻きつけた。

 なるほど。地上を這う時にはこうやって邪魔にならないようにするのか。


「……凄いですね。それで、もう俺魔力無いんでそろそろ、ね?」


『更にな、この角には特殊な機能がある。それはだな──』


 全く俺の話を聞かずに喋り続けるバシュムに目眩がしたと思ったら、目の前には地面があった。何だこれ、眠い。感覚が、思考が……。




 昼の日差しに耐えかねた俺は目を覚ました。


「……って、結局魔力切れてんじゃねえかッ!」


 バシュム、許さねえ。あいつはまともそうに見えて実は周りのことが見えてないタイプだ。間違いない。何でレベル22にもなって魔力枯渇で気絶しなきゃいけないんだ。

 ……そういえば、魔力枯渇もゲームの仕様では無かったな。設定としてはあった気もするけど。



 起きて早々に飯を食った俺は鍛錬小屋に座り込み、悩んでいた。


「うーん、今日は何しようかな……まぁ、取り敢えず素振りか」


『アマトよ、こんな生活を続けて飽きたりせんのか?』


 壁に吊るされた木刀を手に取り、何度も握り直して手に馴染ませる。


「別に飽きはしないよ。ただ、偶に思うことがある」


『ふむ。言ってみろ』


 俺はお手製の木刀を振るいながら、ポツポツと言葉を零し始めた。


「時々、帰りたくなるんだ。元の世界に」


『……うむ』


「別に、この世界に不満があるわけじゃない。今は確かにちょっとピンチな状況だけど、それでも嫌いな世界じゃないんだ」


『……』


 ティアマトは珍しく静かに聞いている。


「ただ、それでも……元の世界に残してきたものも、一杯あるんだ。勿論、元の世界の俺は死んだことになってるし、実際死んだようなものだってことも分かってる」


 だけど、帰りたい。


「どうしても、帰りたい。……それだけだ」


『……残念ながら、この召喚陣の技術に関しては妾も詳しくは知らぬ。少しくらい書き換えることは出来ても……全く反対の術式にするなど、やり方も分からぬ』


 まぁ、そうだよな。


『だが、その技術を知っているかも知れぬ者は知っておる』


「ほ、本当か?!」


『うむ。だが、当然その者がその技術を教えてくれるかも分からぬし、そもそも奴がまだ生きているかすらも分からぬ』


「……名前は?」


 もしかしたら死んでいるかも知れないが、少しの希望でも俺は捨てられなかった。


『奴の名はヘテロ・ネクシア。永遠を生きるハイエルフの一人だ』


 ヘテロ・ネクシア……魔王軍に囚われているエルフの国の重要人物だったはずだ。確か、実験として外に連れ出されて色々させられていた所を主人公たちが救い出すとか、そんなイベントがあった。


『あの男は、今は魔王軍に囚われておる。死んでおらんければな。……まぁ、お主がこの話を信じるかどうかは知らぬが、一切の希望が無いと言うのなら、この話を信じておけ』


「分かった、信じる。当面の目標は決まったな」


『……妾が言うのも何だが、早すぎんかの?』


「ははは、おれがおまえをうたがうわけないだろー」


『呆れる程の棒読みじゃの……』


 疑うわけ無いわけ無いが、元々知っている情報だったから信じない理由も無い。まぁ、このことを思い出させてくれたことでちょっとだけ信用は上がった。ちょっとだけ。


「ま、取り敢えず……鍛錬だな」


『結局、そこに落ち着くのじゃな……』


 呆れたように言うティアマトを無視し、俺は素振りに集中した。




 日が暮れ、月が昇る頃、俺は鍛錬のために寄っていた山から帰り、風呂を浴び、もう寝ようとしていた所だった。今日はいつもより動いて疲れたのだ。


 しかし、自分の小屋に戻ろうとする俺にティアが話しかけてきたので、ベッドに転がる予定は延期されてしまった。


「お帰りなさい、アマトさん。それと……明日の早朝、この島を発ちます」


「え? まぁ、別にいいけど、早くない? あ、ただいま」


 予定では明後日だった筈だ。


「それが……恐らく、私の動きが勘付かれています。バレないように一週間に分けて買い貯めをしたのですが……結局、バレてしまったかもしれません」


「……なるほどね。オッケー、分かった。じゃあ明日の朝、速攻で出よう。ツヴェルも連れて行くけどいいよね?」


「はい、勿論ですよ」


 良し、じゃあ今日はゆっくり熟睡して明日に備えるとしよう。


「じゃあ、俺はもう寝るよ。おやすみ」


「はい。ゆっくり休んで下さいね」


 俺は頷き、ヒラヒラと手を振って小屋に入り、靴を脱ぐと、何も考えずにベッドに寝転がり、瞼を閉じた。

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