第10話 魔改造ゴーレム()
数時間後、完全に深夜と呼べる時間帯になった暗い空の下、ツヴェルの改造は漸く終わりを迎えようとしていた。
「んで、この魔力回路をこの記述通りに書き換えて……ここはそのまんまでいいかな。いや、触手コアの九番回路に合わせた方がいいか? どう思う、ティアマト」
ティアから借りた本とコアを交互に見ながらティアマトに尋ねた。
『……知らん。妾が知っておるのは基礎だけだぞ。そんな高度なゴーレムの作り方など、妾が知る訳ないじゃろう』
拗ねたようにティアマトは言った。
「あー、そうか。すまん。じゃあ、なんかあったら良いなって機能ないか? アイデアだけでも良いから。何でもいいよ」
『……あるにはあるが、ここでアイデアを出せばまたツヴェルの完成が遠のくじゃろうが。それに、さっさと寝ろ。お主は』
睡眠、かぁ。今はまだ三時くらいのはずだからな、今寝たら勿体無い。
「そう言わずに、な? 頼むよ、海神様」
『海神様……良かろう、妾の圧倒的知略を侮るなよ。先ず、このホムンクルスに足りておらんのは優良な素材を使って作られた肉体のスペックに対する出力じゃ。つまり、魔力炉を増設するか強化するか──』
「それ以前に瞬発力が足りないんじゃないか? 一瞬で爆発的な力を出すために──」
鉄は熱いうちに打て。その言葉に従い、俺はティアマトと共にツヴェルの調整に心血を注いだ。
五日目、目を覚ますと既に昼が過ぎていた。
「もう昼か……ねみぃ……」
ぼんやりした頭でどうにか昨日のことを思い出す。
「確か、魔力貯蔵室を作って、魔力炉も増設して……」
『ウガルルムの炎を使って魔力炉を強化した、じゃの。更に言うなら魔力回路もブツブツ言いながら弄っていたようじゃが』
「あ、そうだよ。それそれ。出来るだけ人間の心に近付けたんだ」
『……お主、やたら使い魔の作り方を聞いておったと思ったら』
そう。使い魔と言うのは単に使役するタイプと作り出すタイプがある。その作り出すタイプの中に、魂を創るものが含まれているのだ。
実際に魂を作る訳では無いが、それと似た働きのものを再現すれば通常のゴーレムよりも更に自律思考能力の高いゴーレムが作れるって訳だ。
「いやぁ、あれは本当に助かったよ。どの本にも載ってないから」
『そりゃそうじゃろ。ウガルルムの火があって良かったの』
ウガさん、いつも助かってます。
「ウガさんの火が意思を持ってるってとこに目を向けられたのが勝因だったな、うん」
『……どうやら、眠気も覚めてきたようじゃの』
体を伸ばし、十分にストレッチをして外に出る。そこには、木の板の上に置かれたままのツヴェルの姿があった。
「じゃ、もっかい起動させるか」
『うむ、詠唱は覚えておるな?』
俺は黙って頷くと、詠唱を開始した。
「『魂の炉よ、起動せよ。目を覚まし、主たる我に従え』」
すると、ツヴェルの体から赤い光が漏れ、ゆっくりと浮き上がる。
「オハヨウゴザイマス、マスター。昨日ハオ疲レ様デシタ」
おおー、昨日よりも人っぽいな。声は相変わらず機械音って感じだけど、それもそれで味があって良いか。
「じゃあ、早速だけど戦って貰っていい?」
まぁ、会話は問題ないとして、やっぱり最重要なのは戦闘力だ。ツヴェルに期待しているのはそこだからな。眠っている間や、俺が戦っている間のティアの護衛を任せられる奴が欲しくて作ったんだ。
「ハイ、ヨロシクオ願イシマス」
「……対よろ」
ツヴェルの体に走る無数の線が開き、そこから十二本の刃が灰色の触手に繋がれて飛び出す。次の瞬間には、俺の眼前に刃が突き立てられていた。
「危ねッ!
紙一重で俺はそれを回避し、同時に身体強化を行い、ウガルルムの武器も出現させる。
「手加減はッ! してられねえな、これッ!」
銀のメイスを炎で覆い、一定の距離を取って長い触手に付けられた赤い刃を振り回し続けるツヴェルに投げつけた。同じように短剣も投げつける。
「当たらなくても、問題無しッ!」
二つとも外れてしまったが、問題は無い。直ぐに武器を消滅させ、手元に出現させる。ツヴェルとの距離は元々かなり空いているので隙を突かれる心配は無い。
「ツヴェル、教えてやる。距離を取ると安全に攻められるが、自分の攻撃が届かない範囲で戦っても意味が無いッ!」
「了解、マスター」
俺の教えを聞いて速攻で近づいてくるツヴェル、だが、近付き過ぎた本体は容易に蹴り飛ばすことが出来た。灰色の球体は吹き飛んだ後、空中で動きを止める。
「しかし、近付き過ぎるのもダメだ。だから、ベストは自分の攻撃が届くギリギリの距離。相手を寄せ付けず、尚且つ傷付けることができる距離、これを維持ッ!」
「了解、マスター」
空中に浮遊するツヴェルは絶妙な位置を維持しつつ、いやらしい距離感で俺を攻撃し始めた。
「良い、良いぞツヴェルッ! だけどな」
俺は目を閉じ、魔力を巡らせ、集中状態に入った。
刃が空を切る音が聞こえる、風が切り裂かれる気配を感じる。肌が切れる、血が溢れる。こうだ。これで良い。何も見えない世界に少しずつ俺は順応していき、徐々に徐々に、全てが見えるようになっていく。
耳元を刃が通り過ぎる。髪が斬り飛ばされる。だが、当たらない。傷付かない。見えなくても、全て見える。これが、集中状態だ。ゾーンとは、また違う。
これは、単に視覚を犠牲にして他の感覚を上げているだけだ。
「――今だ」
全ての音が一瞬だけ遠ざかった瞬間、俺は目を開き、一瞬で距離を詰め、地面を蹴りつけた。ここが隙、ここが攻め時。全ての刃が遠ざかる一瞬の隙。
空中まで異常な速度で接近されたツヴェルは焦りながらも、なんとかしようと触手を振り回した。だが、遅い。
「最後に、想定外のことがあっても冷静に。そもそも、中距離での戦闘が得意なツヴェルは近付かれた時の対処法、それと遠距離から攻撃される時の対処法をどちらも考えておくべきだ。いいな?」
燃え盛る短剣をツヴェルのコアに突きつけて言った。
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