第6話 ウガルルム
まだ向こうには気付かれていない。今なら、確実に殺せる。
『行けッ! アマトッ!』
(言われなくてもッ! 分かってるッ!)
気配遮断で気付かれない様に近付き、能力でメイスを取り出して振り下ろす。だが、メイスが反射した月の光で猪は気付き、渾身の一撃は掠るだけに終わった。
「クソッ! 不味いッ!」
猪は少しだけ抉られた体を気にもせず、走って距離を取ると、俺に体を向けて足を擦り始めた。
『来るぞアマトッ! 突進だッ!』
(知ってるッ!)
あのモーションは何回も見たわッ! だけど、今の俺はゲームの主人公とは違う。始まりの島から身体強化が使えるッ!
「力が漲る……ッ!
銀色のメイスに嵌められた赤い宝石から光が溢れ、一瞬でメイスは炎に包まれる。揺らめく炎の隙間から突進する猪が見えた。
『避けろッ!』
いや、避けない。俺が使うのは……、
「
瞬間、俺の足元から青いオーラが迸り、俺の目の前の地面がずぶりと濡れた。
そして、
そして、驚愕に染まった猪の顔面に俺はメイスをぶち当てた。
「フギィィィィィッ!!」
悲痛な鳴き声を上げながら軽く吹き飛んだ猪に高速で接近し、地面に落ちる前にメイスを振り上げ、猪の内臓を破壊しながら月に向かって打ち上げ、ついでに燃え盛る短剣を投げつけてやった。
その後、三メートルほど打ち上げられてから落ちてきた猪は、ピクリと一度動いた後に命を失った。と同時に、疲労したはずの体に力が漲るのを感じた。そう、レベルアップである。
『お、レベルが上がったみたいじゃの。まぁ、当然じゃが』
(これでレベルが……3になった。スキルレベルの方が上がって欲しいんだけどな)
『ふっ、我が強大なる力を具現化したスキルがそう簡単にレベルアップする訳がなかろう。普通のレベルの十倍は上がりにくいと思った方が良いぞ』
(……クソスキルだなぁ)
『き、貴様ッ! クソスキルだと貴様ッ! そもそも貴様は──』
集中状態にして、うるさい声をシャットアウトする。しかし、実際このままのスキルだとめちゃくちゃ強い訳ではないのだ。
よし、それじゃそろそろ帰ろ――――
「危ねぇッ! 誰だお前、は…………って、嘘だろ、おい」
後ろから突如振り下ろされた刃、その持ち主はターミネート・アサシン。黒い外套で覆い隠された体からはみ出る十二本の触手の下半身に、黒い霧のような上半身。顔の部分からは赤い光が覗いている。
『おいッ! アマトッ! こいつは流石に無理じゃ!』
(知ってる、知ってるよ……だけど、逃げるのも、無理だッ!)
ターミネート・アサシン。それは、超低確率でどこにでもポップする、最低最悪のモンスター。レベルは主人公のレベルに依存するが、最低でも28。先端が赤い刃になった十二本の触手は最狂の攻撃性能を誇り、防御無視で食らうと出血効果(三ターン、敵の攻撃力依存の持続ダメージ)を受ける。更に、六連続攻撃で二回行動、二回分の行動権を消費して確率即死攻撃。気化した部分からは様々な状態異常を撒き散らす、最悪のモンスターだ。
だが、こいつはとある弱点がある。それは全体攻撃がないことと、対して体力は高くないことだ。つまり、多人数でボコれば何人かを犠牲に仕留められるし、経験値も美味い。
(……だけど今は、俺一人だ。でも、戦うしかない)
『アマトよ。聞け』
(ッ! 黙ってろ。見ての通り、今はお前に構ってられないッ!)
混乱を抑え、決意を決めた瞬間、襲いかかってきたターミネート・アサシンの対応に追われている俺はティアマトと話をしている暇などなかった。
『そうではない。聞け』
(クソッ! 何だよッ! さっさと言えッ!)
十二ある触手のうち六本は同時に攻撃を仕掛けてくる。全てを往なすことなどできず、深い切り傷が体に増えていく。
『生きたければ、復唱せよ。……原初より来たる混沌の女神、その子らよ』
……聞いた、ことがある。これは確か
「『原初より来たる混沌の女神、その子らよ』」
触手の刃が肩を抉った。当然激痛が走るが、悲鳴は一瞬に留める。今、俺の中で一番重要な器官は口。声帯だからだ。
『我が使役するは、天より熱を
「『我が使役するは、天より熱を
抉られた傷跡を気化した闇が毒で浸した。熱い、痛い、痺れる。だが、言葉だけは止めるな。
『其れは、巨大なる目を持ち、我が力と権威を世界に示すもの』
「『其れは、巨大なる目を持ち、我が力と権威を世界に示すもの』」
胸元に触手が一本突き刺さり、血が噴出した。痛い。痛い。熱い。だけど、耐えろ。あと少しだ。耐えるだけで良い。
『冥界より顕れよ、罪病燃やす獄炎の巨獣』
「『冥界より顕れよ、罪病燃やす獄炎の巨獣』」
意識が朦朧とし、短剣を振るう左腕も、メイスを振るう右腕も感覚が消えていった。最早、痛みも分からない。
『巨大なる獅子、ウガルルム』
「『巨大なる獅子、ウガルルム』」
瞬間、視界を埋め尽くす程の炎が迸った。思わず飛び退いたターミネート・アサシンを睨みつけているのは、正に巨大な獅子。燃え盛る炎の鬣を持つ、全長五メートル程のライオンだ。
「はは……本当に大きいんだな。
『当然だ。入れ替わりし人の子よ。何故なら我はそう創られたからな。最も、小さき姿になることも可能ではあるが』
それからウガルルムはこちらに小さく笑いかけると、ターミネート・アサシンに向かって飛びかかり、十二の触手をその炎で燃やし尽くすと、残った体を咥え、噛み砕いた。
『これで終わりだ。人の子よ。今のお主の魔力ではこの程度の時間しか保たぬ。次に会う時はもっと長く話せることを願おう。最後に、これは土産だ。ではな』
そう言ってウガルルムは炎を俺に絡ませた。絡みついた炎は傷口に染み込んで行き、傷を治すとまではいかずも、出血状態を完全に抑えた。
「あり、が、とう……」
消えていくウガルルムに感謝の言葉だけを告げ、俺は意識を失った。
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