第5話 結界の外

 ガンガンと鳴り響くティアマトの声に、俺は溜息を吐く。


「確かに、色々教えてくれたのは助かったし、習得できて良かったと思ってる。だけど、ティアがまだ外は危ないって言うからなぁ」


 ティアマトが教えてくれた剣や能力の使い方、体の動かし方は確かに参考になった。彼女のおかげでかなり動きは良くなったと思うが、それとこれとでは話が別だ。

 正直、原作でアマトを誑かした疑惑があるティアマトよりも可愛いヒロインであるティアの方が信頼度が高いのだ。そのティアがまだ出るなと言っているのだから出ない方が正しいのだろう。と俺は判断してきた。……だが。


「……だけど、まぁ、正直そろそろ外が気になる気持ちはある。ティアには秘密で、ちょっと見に行ってみるか」


『おぉ! 遂に、遂にかアマトよ! 遂に巣立ちの時だのッ!』


 耳元でうるさいなぁ。……耳元っていうか、耳の中か?


「いや、ちょっと見にいくだけだし、行くのは夜、ティアが寝静まってからだ」


『ほぉ、夜か! 夜に行くのか! 夜は魔物が活性化するが、それでも良いんじゃな?』


 何故かウキウキした様子で聞いてくるティアマト。うざったい。


「だから、ちょっと見にいくだけだって。戦うわけじゃねえよ」


『そうじゃの! 見に行くだけじゃ! それだけ、それだけじゃな!』


 ……はぁ。俺は溜め息を吐きながらゴーレムのコアを接合し、壊れた部分は更に補強し、ついでにコアの魔力回路を弄りつつ修理を済ませた。


『……お主、その修理どころか改造してるの、普通はできんからな?』


「うるさい」


 俺は全身に魔力を流し、完全なる集中状態に入ることによってティアマトの声を遮断した。これはかなり疲れるが、修行にもなるし、鬱陶しい声も聞こえなくなるので一石二鳥である。




 ♢




 深夜、地球と変わらない満月が深緑の大地を照らす頃、俺は結界を抜け出し森の中に入っていた。木々が月光を遮る森の中は、夜の暗黒に満ちていた。


(ティアマト。暗視の術とか無いのか)


『念話とは珍しいな、アマトよ。暗視の術もあるが、視覚を強化すれば良い』


(なるほど、身体強化と同じ要領か)


『そうじゃ、それを目に集中させるのは難しいことじゃが、お主なら出来るであろう』


 身体強化とは魔力を身体中に巡らせ、筋肉等を活性化させることを言う。最初の頃は使えば毎回筋肉痛になっていたが、最近では神経やその他の場所まで併せて強化することによってバランスを取り、筋肉痛を回避できるようになってきた。勿論、全力で身体強化をすれば筋肉痛になるが。


(こうか、できた)


 目だけを強化するのではなく、脳から、神経、脊髄まで全て繋げるイメージだ。筋肉や骨は強化しなくて良い。

 そうすると、暗い森の中が昼ほどでは無いが、そこそこ鮮明に見える様になった。


『ふむ。流石は我が契約者だ。お主ほどの逸材は今までおらんかったの。大抵は妾の強大な能力に胡座をかいて鍛錬などせぬし、そもそも他の術や力など興味もなかった様じゃからの』


 それはそいつらが愚かなだけじゃ……いや、待てよ。


(ティアマト。お前、召喚魔法陣の術式弄ってんだろ)


『ギッ?! な、何故そ、それ……い、いや、知らぬぞ。何のことかの〜!』


 ……はぁ。


(別に、事実確認が取れたからもういい。お前が何しようとしてたかは知らんが、どうせ碌な奴は出ないようにしてたんだろ)


 ガチャの確率弄るとかありえねーわ、こいつ。そもそも、まともな奴が今まで出なかったのはお前のせいじゃねーか。


『それよりも、ほら。見よ、ゴブリンじゃぞ! 緑の肌に醜悪な顔、冒険譚の定番。ゴブリンのお出ましじゃぞ!』


(ゴブリンか。強さで言うとどのくらいだ?)


『どのくらい……まぁ、三体一でギリギリ猪に勝てるくらいじゃないかの。全員棍棒か何かを持ってる状態でな』


 ……ゲームの説明文と同じだな。「棍棒を持ったゴブリンが三匹居て、漸く猪を倒せる」だったかな。しかし、その程度なら流石に勝てるんじゃないだろうか。


(……一匹しか居ない、か。運が良いな。狩るか)


『うむ。そうするが良い! 一度お主は自分の強さを知るといい』


 パッシブスキルの気配遮断を発動し、ゆっくりと近付く。そして、無防備な首筋に巨獅子ウガルルムの短剣を突き立てた。

 僅かに差した月光を受けて銀色に輝く短剣はゴブリンの命を容易に刈り取った。


(……弱いな)


『うむ。寧ろ強かったら困るの』


 確かに、それもそうだな。単体のゴブリンが強かったら最初の島でゲームが詰む。


『……次は、あいつとかどうじゃ? あの、黒いの』


 恐らく、ティアマトが言っているのは黒い猪のことだろう。


(あいつはダメだ。あれは、ゴブリンの十倍くらい強いだろ)


『……お主、良く知っておるのぅ。じゃが、問題は無いぞ。何故なら、お主はその三倍は強いからの』


 馬鹿な。それは有り得ない。あの黒い猪の名はブラックボア。そのまんまな名前だが、かなり強い。具体的には、レベルが7だ。さっきのゴブリンが2で、猪が7だ。

 ゲームでは速度と攻撃力が強いとしか分からなかったが、現実で見れば分かる。あの凶悪な一本角を凄まじい速度で突き刺すのだ。あいつの突進は危険だ。だが、避けやすい。ゲームでも命中率は低かったはずだ。


(……やるか)


 いつまでも安全志向じゃいられない。決めただろう。できるだけの備えはしておく、と。それに、学園編に向けてレベルを上げておく必要もある。

 俺だって、元のゲームではボスレベルの強さがあったのだ。いける。行けるはずだ。

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