第3話 ステータス

 ティアマトと会話する俺を、ティアは怪訝そうな顔で見ている。


「……あの、ティアマト様と交信してらっしゃるのでしたら、別に声に出す必要はありません。強く念じれば、それだけで伝わりますから」


「あ、そうなのか。助かる」


 だが、それからいくら念じてもティアマトは応えなかった。言葉に出しても返事はないので意図的なものか、寝てるとかなのか。


「あのー、そろそろいいですか?」


「あ、うん。オーケー」


「では、先ずステータスと魔力を込めて言ってみてください」


「『ステータス』」


 唱えた俺の目の前に、半透明の薄い板が浮かび上がった。良くSF映画とかに出てくる空中に浮いた画面みたいなものだ。


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 Race:人間ヒューマン Lv.1

 Job:龍者ドラグナー

 Name:時見ときみ 天音あまと


 ■スキル

海神ティアマト:SLv.1】

 [海神ティアマト

 [巨獅子ウガルルム

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 ステータスには見知った画面が広がっていた。SLvと言うのはスキルのレベルだ。

 俺は懐かしさを感じると同時に、一つ違和感を抱いた。良く見ると、HPやMPなどのステータスの表示が無くなっている。

 HPが0になったら死ぬ、っていう単純なルールじゃなくなったってことだろうか。


「確認した。今使える力は、これだけだ」


 そう言って俺が左手を掲げると、その手には短剣が、右手にはメイスが握られた。二つの武器はそれぞれ銀色に輝いており、持ち手の部分には中心が燃えるように揺らめいている綺麗な赤い宝石が嵌め込まれていた。

 ついでに、俺の周りには5センチほどの小さな水球が無数に浮かんでいる。


「それは確か……えっと、巨獅子のウガルルムさんの権能と、海神ティアマトさんの権能です」


「知ってる知ってる。それで、これからどうするの? レベル上げないとどうにもならないとは思うけど……」


 ゲーム上のアマトの能力は、スキルの名を冠しているティアマトにあやかっており、ティアマトが生み出した11の怪物とティアマト自身の力を操ることができる。これはスキルレベルが上がるごとに少しづつ解放されていく。

 だが、今試したところ巨獅子ウガルルムの権能はある程度使えたが、海神ティアマトの権能は少量の水を生み出して操ることしかできなかった。


「確かにレベル上げも必要だとは思うんですが……まずは筋肉をしっかりつけるところから始めたいと思います。前までのアマトさんは、そこら辺をサボっていたので」


 筋肉をしっかりつける……?


「……もしかして、異世界に来て真っ先にやること、筋トレ?」




 ♢




 数時間後、俺は結界内にある木でできた小屋の中で大の字になって倒れていた。体は汗でびっしょりと濡れ、筋肉は悲鳴を上げている。


「ティア、今日はこんくらいに、する……」


「は、はい。お疲れ様でした」


 ティアは途中何度か俺を止めようとしていたが、俺は無理してでも筋トレを続けていた。理由は単純だ。俺は元のゲームでは敵役、しかもかなり悪い奴だ。自分から悪行を為すつもりは無いが、もし何かがあって主人公たちに敵対されることがあれば人生が終わる可能性は高い。

 それに、この世界で何が起きるか分からない以上、できるだけの備えはしておきたい。

 既にステータスからHPやMPの情報が消えているのだから、元のゲームと違うことは他にもあると考えるべきだ。だから、俺は必死に筋肉に向き合っていたという訳だ。


 だが、正直もう限界である。今日は風呂に入ってさっさと寝ることにした。


「……良し! じゃあ、風呂入って寝ようかな」


「はい、お風呂はこっちです」



 ティアの誘導に従い、風呂の使い方に関する説明を聞いた後、俺は綺麗な月に照らされ、果てまで広がる海を眺めながら風呂にゆっくりと浸かっていた。


「……俺の顔が、俺の顔じゃない」


 水面に映った俺の顔は、ゲーム通りの海人アマトの顔だった。これ自体は予想出来ることなのだが、やはりショックが大きい。

 しかし……そうか。ティアからすれば、中身が変わっても顔が変わっていない以上、俺を見るだけでトラウマが刺激されてしまうだろう。これは、当分打ち解けるのは難しいかもな。


「そもそも、だ」


 そもそも、何で俺がアマトと入れ替わっているのだろうか。


「なぁ、ティアマト。何で俺が入れ替わったんだろうな」


『……大方、死んだばかりだったんじゃろ? 魂のみの状態であること、妾への適性、名前の一致。どれも入れ替わるに値する要素を満たしておるな。肝心の原因は分からんが』


 答えてくれるとは思っていなかった俺は少し驚いたが、会話を続ける。


「……名前って、そんな重要?」


『うむ。重要じゃよ。悪魔共は真名を知られれば言いなりになってしまう程じゃ』


「あー、そういえば、そんな設定あったな」


『……設定だと?』


「ん、あ、いや、何でもない。こっちの世界の話だ」


『……まぁ、良いわ。それと、お主……そろそろ逆上のぼせるぞ?」


 ……言われてみれば、ボーッとしてる。


 立ち上がると、フラリと体が揺れて倒れそうになり、視界が眩んだ。これ、結構危なかったかも。


「……助かった。ありがとな」


 正直、こいつに感謝なんてしたくないが、助けられたならその分の感謝だけは捧げておくべきだろう。明らかに碌な奴じゃ無いが。


『うむ、よかろう。苦しゅうないぞ……フフフ、苦しゅうない』


 ……こいつ、褒めると面倒くせえタイプだ。

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