●４. 村（むら）での生活（せいかつ）(２)

　村（むら）での生活（せいかつ）四日（よっか）目（め）。今日（きょう）も午前（ごぜん）は剣（けん）の稽古（けいこ）。素振（すぶ）りの他（ほか）にカカシを相手（あいて）に剣（けん）を当（あ）てる練習（れんしゅう）も始（はじ）めた。カカシに当（あ）たると跳（は）ね返（かえ）ってくるのが大変（たいへん）だ。俺（おれ）ニートなのに剣（けん）が上達（じょうたつ）するのを何（なん）となく感（かん）じる。ゲームみたいになんか達成感（たっせいかん）があって、充実（じゅうじつ）している。

　午後（ごご）は、ピーテ父（ちち）母（はは）の畑（はたけ）の手伝（てつだ）いである。村（むら）の家（いえ）が建（た）っているところのすぐ外側（そとがわ）がぐるっと一周（いっしゅう）畑（はたけ）になっているのだ。その中（なか）でも、普通（ふつう）の土（つち）のマコモ畑（ばたけ）が今日（きょう）の仕事場（しごとば）だ。

「いやあ、悪（わる）いねえピーテ、ホクト。今日（きょう）は雑草（ざっそう）取（と）りの手伝（てつだ）いをお願（ねが）いする」

　マコモは結構（けっこう）背（せ）が高（たか）い。現在（げんざい）は一二〇（ひゃくにじゅっ）センチほどだ。俺（おれ）たちはしゃがんでマコモの根元（ねもと）に生（は）えている雑草（ざっそう）を、軍手（ぐんて）で掴（つか）んで抜（ぬ）いていく。抜（ぬ）いたものはそのままその辺（へん）に放（ほ）っておく。ピーテはいつも手伝（てつだ）っているのか、俺（おれ）の隣（となり）の列（れつ）を並（なら）んでやっていたはずだが、だいぶ前（まえ）の方（ほう）まで抜（ぬ）き終（お）わっている。

　最初（さいしょ）は結構（けっこう）楽（らく）な仕事（しごと）だと思（おも）ったが、腰（こし）にきそうだ。たまに伸（の）びをして何（なん）とか続（つづ）きをする。

「人手（ひとで）があると助（たす）かるよ。しばらく家（いえ）にいてほしい位（くらい）さ」

「作業（さぎょう）も遅（おそ）くて何（なに）かすみません」

「最初（さいしょ）は皆（みな）そうさ。すぐにできるようになる」

「お父（とう）さん、おやつにしますよ。ホクトさんもどうぞ」

　ピーテ母（はは）がおやつを持（も）ってきてくれる。四（よ）人（にん）で畑（はたけ）の隅（すみ）に並（なら）んで座（すわ）る。母（はは）、ピーテ、俺（おれ）、父（ちち）の順（じゅん）だ。おやつと言（い）っても、やっぱり。茹（ゆ）でマコモダケの山椒（さんしょう）風味（ふうみ）だった。山椒（さんしょう）は久々（ひさびさ）だ。結構（けっこう）いけるかも。

「山椒（さんしょう）風味（ふうみ）がいいですね」

「山椒（さんしょう）の木（き）は、村（むら）の中（なか）に生（は）えていまして、食（た）べる分（ぶん）位（くらい）は取（と）れます」

　果（は）たして異世界（いせかい）の山椒（さんしょう）が俺（おれ）のいた世界（せかい）と同（おな）じかは分（わ）からないが、たしか葉（は）っぱを粉（こな）にするんだよな。まあ生（は）えてるっていうくらいだから、そんなに貴重（きちょう）じゃないのだろう。まだこの村（むら）に来（き）てから、胡椒（こしょう）とか味噌（みそ）、醤油（しょうゆ）などとは出会（であ）っていない。塩（しお）中心（ちゅうしん）だ。材料（ざいりょう）のレパートリーもそれほどないようで、ずっといたらすぐに食（た）べ飽（あ）きそうな予感（よかん）がひしひしとしている。隣（となり）のピーテ父（ちち）が話（はな）しかけてくる。

「ずっといる気（き）にはなったかい？」

「すみません。やっぱり、商人（しょうにん）が来（き）たら一緒（いっしょ）に出（で）て行（い）こうかと」

「そうか残念（ざんねん）だけど、外（そと）の人（ひと）だもんな。しょうがないか」

　ピーテが立（た）ち上（あ）がって、俺（おれ）の方（ほう）を見（み）て言（い）った。

「あの私（わたし）！　一緒（いっしょ）に村（むら）の外（そと）へ行（い）ってみたいです」

「あらまあ、そうですか。どうして急（きゅう）にそう思（おも）ったのかい？」

「村（むら）の外（そと）には、知（し）らない事（こと）がいっぱいあるって分（わ）かったから、色々（いろいろ）なことを見聞（みき）きしたいんです」

「ぽてとちっぷす、っていうのが食（た）べたいのではなくてかい？」

「う。それもあります」

　ちょっと笑（わら）いが起（お）きた。そしてピーテ母（はは）が答（こた）える。

「しょうがないわね。いってらっしゃい。いいわよね、お父（とう）さん？」

「んー。しかし、でも」

「いいじゃない、若（わか）いんだし。飽（あ）きたら帰（かえ）ってくるわよ。いいわよね？」

「分（わ）かった。行（い）ってこい」

　どうやらピーテ父（ちち）の発言（はつげん）権（けん）は弱（よわ）いようだ。

　こうして、ピーテも連（つ）れていくことになったのだった。休憩（きゅうけい）後（ご）は、しんみりしつつ、雑草（ざっそう）抜（ぬ）きに戻（もど）った。畑（はたけ）は結構（けっこう）広（ひろ）くて夕方（ゆうがた）になったので切（き）り上（あ）げた。

　今日（きょう）の晩（ばん）ご飯（はん）は、例（れい）のドングリ風（ふう）の種（たね）の中身（なかみ）を取（と）り出（だ）した物（もの）で作（つく）ったお粥（かゆ）のような食（た）べ物（もの）だった。もちろんサラダも付（つ）いていた。今日（きょう）のサラダは畑（はたけ）の隅（すみ）のほうで育（そだ）てている野菜（やさい）らしい。レタスとニンジンのような物（もの）が入（はい）っていた。

　毎日（まいにち）畑（はたけ）の野菜（やさい）でサラダを作（つく）らないのか聞（き）いたら、畑（はたけ）の面積（めんせき）が足（た）りないそうだ。

「ポテトチップスは無理（むり）だけど、油（あぶら）があれば、マコモチップスは可能（かのう）かもしれない」

　と俺（おれ）がつぶやいた。すると、ピーテが目（め）を輝（かがや）かせて言（い）った。

「油（あぶら）って動物（どうぶつ）の脂身（あぶらみ）の事（こと）？」

「それもあるけど、サラダ油（あぶら）とかかな。菜種（なたね）とかひまわりを絞（しぼ）るとできる」

「菜種（なたね）とかひまわりって何（なに）？　じゃあ、ランプのオイルは？」

「どうだろう、それは食（た）べられるの？」

「知（し）らないけど、無理（むり）だと思（おも）います」

「そっか、じゃあ、当分（とうぶん）は無理（むり）だと思（おも）う」

「残念（ざんねん）です。ランプのオイル食（た）べてみますか？　ぜひ試食（ししょく）を」

「やめておこう……」

　こんな感（かん）じに、村（むら）の生活（せいかつ）は剣（けん）に畑（はたけ）、森（もり）、川（かわ）のローテーションをした。

　剣術（けんじゅつ）に関（かん）しては、俺（おれ）は避（よ）けるのが得意（とくい）ではないということで、盾（たて）も習（なら）うことになった。ボロイお下（さ）がりの防具（ぼうぐ）を身（み）に着（つ）けて、木（き）の盾（たて）を使（つか）ってピーテやおっさんの剣（けん）を受（う）ける練習（れんしゅう）を主（おも）に行（おこな）う。対人（たいじん）ではなく対（たい）動物（どうぶつ）ではないかと思（おも）うのだが、街道（かいどう）ではこの辺（へん）では出（で）ないが、進（すす）んでいくと盗賊（とうぞく）なども出（で）ることがあるそうなので、必要（ひつよう）なのだと言（い）う。

　ピーテも盾（たて）や二刀流（にとうりゅう）を試（ため）していた。木（き）の盾（たて）はうまくいくようだが鉄（てつ）の盾（たて）以上（いじょう）になると重（おも）いようで動（うご）きが鈍（にぶ）くなるようだ。二刀流（にとうりゅう）のほうは、まぁまぁとしか言（い）えない。

　おっさんは、俺（おれ）たち二人（ふたり）の動（うご）きが日（ひ）に日（ひ）に良（よ）くなるのを、とても喜（よろこ）んでくれ鍛（きた）えてくれた。

　俺（おれ）たち二人（ふたり）対（たい）おっさんで模擬（もぎ）戦（せん）をやってみたが、ぼろ負（ま）けした。それ以来（いらい）、対（たい）おっさんで二人（ふたり）のコンビネーションの練習（れんしゅう）をするようになった。

　そういえば、村（むら）には猫（ねこ）や犬（いぬ）、家畜（かちく）はいないようだ。まあ、猫（ねこ）人（ひと）族（ぞく）が猫（ねこ）を飼（か）うのは変（へん）な感（かん）じではある。

　二（に）週間（しゅうかん）は、長（なが）いようであっという間（ま）に過（す）ぎて行（い）った。

　おやつ時（じ）、行商人（ぎょうしょうにん）は馬車（ばしゃ）に乗（の）ってやってきた。

　しかし突（つ）っ込（こ）みどころがある。あれは馬車（ばしゃ）ではなく、どう見（み）ても大（だい）アルパカ車（しゃ）だ。そう、大（おお）きいアルパカが四（よん）匹（ひき）で馬車（ばしゃ）を引（ひ）っ張（ぱ）っている。四（よん）匹（ひき）とも白（しろ）い毛（け）がふわふわで、口（くち）がかわいい。そしてアルパカは首（くび）が長（なが）いので、背丈（せたけ）がかなりある。

「なあ、ピーテ、あれが馬車（ばしゃ）なのか？」

「どう見（み）ても馬車（ばしゃ）ですね」

「そうなのか。アルパカという名前（なまえ）について心当（こころあ）たりは？」

「馬車（ばしゃ）を引（ひ）いているのがアルパカですね。どこか変（へん）ですか？」

　とのことである。あまり異世界（いせかい）で常識（じょうしき）を語（かた）ってもしょうがない。面白（おもしろ）いな異世界（いせかい）。神（かみ）はなぜ、アルパカに馬車（ばしゃ）を引（ひ）かせようと思（おも）ったのだろう。

　馬車（ばしゃ）が長老（ちょうろう）の家（いえ）の前（まえ）に止（と）まると、子供（こども）たちが集（あつ）まってくる。手（て）には、葉（は）っぱを沢山（たくさん）持（も）っている。アルパカ餌付（えづ）け作戦（さくせん）発動（はつどう）だ。名前（なまえ）は俺（おれ）が今（いま）考（かんが）えた。なかなか良（よ）いネーミングセンスだ。子供（こども）たちは四（よん）匹（ひき）いるアルパカに均等（きんとう）に分（わ）かれて、順番（じゅんばん）に並（なら）び、一人（ひとり）ずつ葉（は）っぱを与（あた）えている。

　行商人（ぎょうしょうにん）は長老（ちょうろう）の家（いえ）に入（はい）っていった。俺（おれ）とピーテも、長老（ちょうろう）の家（いえ）に入（はい）る。長老（ちょうろう）にはピーテも村（むら）を出（で）ることを話（はな）してあるが、行商人（ぎょうしょうにん）には今（いま）から交渉（こうしょう）するのだ。

「行商人（ぎょうしょうにん）のプレレなのでアル。人（ひと）族（ぞく）は珍（めずら）しいアル」

「俺（おれ）は遠（とお）い国（くに）から来（き）たホクトだ」

「私（わたし）はピーテです」

　挨拶（あいさつ）もそこそこに、本題（ほんだい）を切（き）り出（だ）す。近（ちか）くの街（まち）まで乗（の）せて行（い）ってもらうようにお願（ねが）いする。

「私（わたし）の拠点（きょてん）の街（まち）までなら乗（の）せて行（い）って良（よ）いアル。ボロレ村（むら）にはいつも世話（せわ）になっているアル」

「ありがとうございます」

　交渉（こうしょう）はすんなり進（すす）んだ。今回（こんかい）は特（とく）に見返（みかえ）りは求（もと）めないらしい。今現在（いまげんざい）この行商人（ぎょうしょうにん）しか村（むら）には来（こ）ないので、お互（たが）いの信頼（しんらい）関係（かんけい）はかなり良（よ）いといえる。恩（おん）を売（う）っておくと後々（あとあと）得（どく）だと考（かんが）えたのだろう。

　長老（ちょうろう）の家（いえ）から出（で）た、俺（おれ）たちは行商人（ぎょうしょうにん）が荷馬車（にばしゃ）で商（あきな）いを始（はじ）めるのを眺（なが）めることにした。

　金属（きんぞく）の鍋（なべ）が一（ひと）つ売（う）れたようだ。他（ほか）にも猫砂（ねこすな）やランプの油（あぶら）、塩（しお）、茶色（ちゃいろ）い服（ふく）、矢（や）など色々（いろいろ）な物（もの）を売（う）っていく。

　一通（ひととお）り行商人（ぎょうしょうにん）が売（う）り終（お）わると今度（こんど）は、村人（むらびと）側（がわ）から、カエルの干物（ひもの）、動物（どうぶつ）の毛皮（けがわ）、ドングリ風（ふう）種（たね）などを行商人（ぎょうしょうにん）に売（う）る。なるほど、カエルを売（う）って資金（しきん）にしていたようだ。カエル資金（しきん）は村（むら）の共有（きょうゆう）財産（ざいさん）で、分配（ぶんぱい）される。

　最初（さいしょ）は行商人（ぎょうしょうにん）が先（さき）に買（か）い取（と）ってそのお金（かね）で物（もの）を売（う）っていたそうだが、それだと馬車（ばしゃ）が手狭（てぜま）になるので、逆（ぎゃく）になったそうだ。

　買（か）い取（と）りが終（お）わると、行商人（ぎょうしょうにん）は俺（おれ）たちと明日（あした）の朝（あさ）落（お）ち合（あ）うことを確認（かくにん）してから長老（ちょうろう）の家（いえ）にまた入（はい）っていった。長老（ちょうろう）宅（たく）に泊（と）めてもらうらしい。

　その日（ひ）の夜（よる）は、カエルと野菜（やさい）のスープ、マコモの塩焼（しおや）き、サラダだった。どうやら村（むら）ではカエルはおもてなしをするときやお祝（いわ）い事（ごと）などで食（た）べるご馳走（ちそう）だそうだ。貴重（きちょう）というほどではないが、月（つき）一（いっ）回（かい）食（た）べるかどうかだそうである。