第45話 初めての都会
那雪と奈々美、二人仲良く隣同士で座っている。固くありながらも弾力性のあるものの上に柔らかな生地を被せたような珍しい座り心地の席は慣れないものだった。
「私には必要なくてもなゆきちは使うかも知れないもの」
届いた言葉が現状の原因を語っている。バスに乗っている二人だが奈々美はどうして必要ないなどと言い切れるものだろうか。魔女とはそう言ったものなのかも知れないと勝手に思考に結末をもたらしつつ那雪は奈々美の言葉に従う。
バスが動きを止め、そのまま大きく曲がり始めた。何もかもが揺れている。心地の悪さはあったものの、我慢する他ないのだろう。
「もしも酔ったら言ってね」
「ありがと」
那雪は乗り物酔いをしたことが無い。どのような原因で起こされるものか分からないものの、体質の差でもあるのかそれとも下手な運転で客を運ぶ人物に遭遇していないだけなのか。
バスは目印へと寄って停まり、口を開く。間違いなく仕事をこなしているだけ。人々の入れ替えが行なわれて口は閉じられる。それから再び進み始め、何処へと向かうものだろう。
信号で止まって、曲がり角で止まって。そうした行動を繰り返しながら順調にバス八すみ行く。
踏切を通り抜けて止まり、更に進む。運転手の案内によれば次が終点なのだという。やがて動き出し、一度信号で止まる。目の前すぐそこに構える居酒屋、いずれはそこを訪れる日が来るのだろうか。その時は奈々美と一緒に入りたい。そんな想いを抱えながら見つめるだけ。
信号が進む許可を与える。それからバスは右に曲がってすぐさま左に曲がる。狭い道の中で長い身体をぶつけることなく進めるという事がどれほど難しい事か、見ているだけで苦しみを覚えてしまう。
バスは無事に曲がり終え、バス停は姿を現した。そこは駅前。止まって口を開き、人々を降ろして行く。
続いて駅の中に入り、切符の買い方を伝える。
「行き先の値段を見てそれと同じ金額の切符を買うの」
言われるままに切符を買い、改札に通して電車を待つ。
バスの時と同様に電車も終点まで向かうようだ。都会が終点の電車。ここからだと幾つの駅を通り抜けることだろうか。
県庁所在地よりも遠くを、もう一つの都会を目指す場合は別の電車を使う他無いのだという。しかしそれに関しても切符の買い方は原則同じ。
電車の到着を待ち続ける。あの鉄の身体で人を包んで運ぶ姿は恐ろしい。正直に言ってしまえばあの速さは頼りになる一方でどうしても人を殺してしまうという想像を与えてしまう。
「もうすぐかしら」
きっと時間が来れば何事も無く到着しているのだろう。信じるままに待ち続ける。
やがてアナウンスと共に列車は到着した。
開かれた口から降りる人々の姿に目を向けながら、朝からこのベッドタウンに用のある人物もいるのだと気付きを与えられる。
それから鉄の塊に飲み込まれ、すぐさま閉じる。身を運ぶ箱。ガラスの窓が張られたそこは風の突撃の音が届く度に不安を煽られる。割れてしまわないものだろうか。
しかし那雪の心配など必要の無いものだったようで、当然のように次の駅へと停まって同じように人々の行き来の許可を出す。
往来往来往来。
人々は乗り込み電車のドアは再び閉じられる。
そうして進むことどれだけの時を経ただろう。恐らくは十五分からニ十分程度だったか。ようやく目的地の都会へとたどり着いた。
ここが終点、電車の中は既に人でいっぱい。本来の想定よりも多くの人々が詰め込まれた電車は少し蒸し暑い。
ドアが開いた途端に冷たい風が吹き込んで、今までの乗り降りからは考えられない数の人々が降りていく。人が川を成しているように見えて、那雪はため息をつく。
「こんなに乗ってたんだ」
那雪としてはもう懲り懲りという感想を抱いてしまう。もしも都会を勤務先としてしまったら電車に乗る度にこの人混みに遭遇してしまう。人々の喧騒が作り上げる騒音に毎日悩まされることだろう。
那雪には耐えられる自信がなかった。
初めての都会は那雪と異なる色をしていて居心地が悪いことこの上なかった。田舎者と言ってしまえばそれだけの事だが、慣れない土地に混ざる事に対して異物感を抱かずにはいられなかった。
これからどこへと向かうのだろうか。奈々美はベルギーワッフルを買って那雪と分け合い、那雪は背の高いビルの中に納まるカフェを指して目を輝かせる。
奈々美は頷き入ってコーヒーを頼んで二人して少し苦味の強い味の気高さに舌を浸しては落ち着きを得る。
続いて様々な服を見つめては買い物をするわけでもなくただどれが似合いそうかといった話を繰り広げるだけ。
そうして時間を使って駅前にて販売されているたい焼きを買って近くの神社へと足を運ぶ。
「なゆきちはカスタードね」
「奈々美はチョコだったっけ」
神社の中でも人通りはあまりにも激しい。この神社がちょっとした観光地なのだということを知ったのは数年後の話だった。
二人して疲れにふらつきながら電車に乗り、再びバスに運ばれて一日を満足感で満たしながら家に帰って行った。
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