第44話 幸せを探して

 いつもとは異なる公園の景色を目にする。青空はいつもより身近に感じられるものの、那雪の足で実際にたどり着くことは決して出来ないだろう。分かっていたものの、公園の坂を上れば直接青空と繋がっているかも知れないとあり得ない希望を持ってしまう。

 那雪は歩き始める。隣を歩く魔女とお揃いの笑顔を浮かべながら。

 公園の敷地の半分以上を沈める池は大きくて、深緑のみなもには草が散っている。池の鏡面に当たってそのまま跳ね返る光はそんなみなもの上で二人が歩く姿を真似していた。

「この池、大きいね」

 那雪はアジサイを見た日以来訪れたことの無かった道を歩き、奈々美と二人で水面の緩やかな熱を浴びながら木々の手が覆う影を目指す。

「って言っても近くにもっと大きな池のある公園があるけどね」

 奈々美の言葉は紛れもない真実。もう一つの公園はあまりにも大きく一周するだけでいい散歩になってしまう程のものだった。

 この辺りには海が見当たらないが川や池は幾つか見られる。川の流れが都会へと道を繋ぎ、やがて海へとたどり着く。この流れが那雪には想像も付かないもので、あり得ないと分かっていても空に繋がっているように思えてしまう。

「あと中学の近くにもダムの溜め池とか川とかあるわ」

「私たちが出会った場所がその川だね」

 ダムの溜め池の方は子どもたちにとっては大きな遊び場、大人にとっては山を登ってキャンプをする為の場所である。公園の奥の溜め池は夜中に釣り人が忍び込む場所であり、心霊スポットともうわさされている。

 臆病な那雪には夕方以降のそこへと足を運ぶことが出来ない。

 夜の池でさえ人の姿を飲み込んで全てを奪い去る墨のような闇にしか見えないものだから。

 表情から恐ろしさに震えていることを感じ取ってか、奈々美は那雪のか細い背を撫でながら顔を寄せる。

「大丈夫、怖いものは全部私の魔法で消してあげるから」

 耳元で呟く言葉に感情を奪われて、広がる想いはみなものように穏やかなものへと変わり果てる。

 清いものは日差しに透けて不思議な模様を象って、仄かな甘みを後味に乗せて風に乗る。

「はい、これで大丈夫」

 木の柵に沿って歩き続ける二人を迎えたものは木々の腕と葉の指によって日差しから切り取られた可愛らしい影絵。

 道の左手には池、右には木々の姿と隙間から微かに覗き込む家の姿。

「ここは十年以上ほとんど変わらないわ」

 那雪の曖昧な記憶の世界の中でも確かにあまり変わりないように映る。しかしながら那雪の目には異なって見える。きっとこれが人の変化というものだろう。

 日差しの輝きを受けて様々な貌を見せる木々。葉の色は池よりも深い緑である部分と白に染まっている部分の混ざり合いによって模様を描いていた。

 影は涼しくて、人以外のものまでおびき寄せているようだった。視界に入る虫の乱舞や灰色の猫が丸くなりながら大あくびをしている姿が目に入り、ついつい微笑んでしまう。

 焦げ付いた空気は乾いて香ばしさを得た香りを漂わせる。吸い込んでは肺に充たす雰囲気はどこか青く感じてしまう。

 やがて影を抜けて、明るみの中を歩き出す。

 これからどこへ向かうのだろう。

 目の前に広がる景色は鉄の柵の向こうで子どもたちがスケートボードで遊ぶ姿。彼らの邪魔をしないように通り抜けて砂の目立つ坂を上り、再び元の場所へと戻った。

 緑の大地を見渡し奈々美は駆けながら入って行く。

「四つ葉のクローバー探そう」

 那雪は奈々美の言葉が耳を通り抜けて数秒固まり、ようやく動き始めた。

 様々な草が入り乱れる中でクローバーの姿を見つけるのはどれ程の手間だろうか。後ろ向きの考えはすぐさま取り払われた。

 クローバーが身を固める場所はすぐにでも目に映る。丸みを帯びた葉が大量に身を寄せ合う姿はよく目立ったもので。

 しゃがみ込み二人で探し始める。三つの葉を持った茎、三つの葉がかたまって開いた姿、三つの葉が誇らしく居座る。

 この三つ葉の集団の中から四つの葉をつけたクローバーを探すことは手間の大きなこと。

 数分か十数分か、目を凝らし探し続けるものの、その姿は一向に見つからない。

 那雪は空を仰ぎ、蒼に想いを馳せる。奈々美はその姿を目にしつつも根気強く探し続ける。

 やがて薄茶色の目は四つの葉が一つの茎に身を固める姿を捉えた。

「ようやく見つけたわ」

 言葉と共に手が伸びて、四つ葉のクローバーを摘み取って。

 ポケットティッシュを取り出して四つ葉を包むように挟んでそのまま生徒手帳に挟んで仕舞う。

「なゆきちの方は見つかったかしら」

 訊ねるも明るい返答は無い。奈々美も再び探してみたが、どれだけ探してもその目に映る姿は三つ葉だけで、狙いの葉は見つからない。

 日差しが緩やかになっても太陽が微かに傾いても探せど探せど見つかることなく時間だけが溶けてしまう。


 結局のところ、一枚しか見つからずに諦めて帰る二人。

 奈々美は生徒手帳に収まる鞄にいつまでも意識をチラつかせて落ち着かない様子。

 一方で那雪は結果的に得られた満足感を躍らせながらいつもより微かに激しく手を振り思い出を抱きながら家へと歩みを進めて行った。

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