第41話 進級

 春休みはこれまでの休みと比べて短く感じていた。休みは終わりを迎え、那雪を迎えたのは新たな学級。

 中学二年生という段階では周りの誰かが変わったと言った実感を得られない。どれだけ彼らの思う大人びた態度と言うものを見せてもらったところでやはりあどけなさを感じてしまう。特に男子は遊びという形に収まり切っていた。もしかすると彼らの中に息づく大人らしさとはテレビや映画を通して抱いた印象なのかもしれない。

 これから本当の大人と言うものを学んで行くことだろう。実際いつでも目の前に見本は立っているというのに。授業と呼ばれる今の社会にとっては大幅に大切なことを教えているというにもかかわらず、見本にしようとなど微塵にも思わないのだ。

 そんなよく目立つ態度を取り続ける男たちから目を逸らし、大切なことに触れ続けるこれから行く場所、彼女と会える場所が時間が待ち遠しくて仕方がなかった。

 今日は授業など無くて、帰りは早いもので。

 那雪には次の楽しみまで長い時間が残されることとなってしまった。

 学校での一日を終えてもすぐには楽しみを味わうことが出来ない時点で長い時間が待っていることが決まっていた。

 那雪には金が殆どない。特に最近は親も那雪にはお年玉があるからと言って小遣いを与えることすら放棄していた。どれだけ金が無いのだろう。家の収入の事情すら分からないものの、父にはゲームや酒、母には酒と服があった。恐らく二人の楽しみを優先した上で決めているのだろう。

 これからの基準では二度ともらえない事だろう。盆にもらった金があるだろう、お年玉があるだろう、其の二つの言葉をいつまでも使い回す姿が目に浮かんでしまう。

 クラスメイトの誰も彼もが誰と同じクラスか、誰と離れ離れになれて嬉しいか、そんな視点での話を繰り広げていて、那雪としては少しだけ羨ましかった。

 那雪には頼ることの出来る仲間など誰もいなかった。

 そうして今日も幕を降ろした学校での一日を経て、那雪はクラスメイト達が数人単位で昼食や夕食に行こうと笑顔で約束している場面に輝かしさを見ながら立ち去る。

 きっとこれからも一人でしかないだろう。

 那雪に同級生の仲間が出来る未来は見当たらない。

 奈々美がもしも遠くへ行ってしまったらどうするのだろう。いなくなってしまったら誰と一緒に生きて行けと言うのだろう。

 見当がつかないものの、那雪一人の意見で奈々美の進む道を引き裂いてしまうわけにも行かなかった。

 家に帰り、母が用意していた昼ごはんを平らげて暇を持て余している。そんな時に母は腰に手を当てて仁王立ちをして那雪に厳しい視線を向ける。

「暇なら勉強したらどう」

 この親は殆ど勉強しか言わない。暇な時間があれば常に勉強をしなければならないのだろうか。だとすれば趣味に費やす金すら与えないのは勉強だけに集中と称して支配しているに他ならないだろう。

 予習をしろと怒鳴り付けられて、教科書すらない事を述べると共に苦手な部分を学び直せと語られる。

「子どもの本分は勉強だからそれだけやってれば誰も怒らないの」

 そんな言葉に叩かれてやむを得ず、机に座って文字と向き合う。

 環境が絶望的だった。随分と昔に置かれた本棚の中身は数年の間一度たりとも変化していない。テレビやラジオという物も無ければ音楽プレーヤーもない。流行を教えてくれる人物すらいないが為に情報など何も得られない。最早いじめと何も変わらなかった。

 こんな環境に置いておきながら流行を知らない事を見下す親でもあったが為に理不尽を感じずにはいられなかった。


 奈々美がいなければ暗がりしか見ることの無い人生だった。


 苦しみに充ちた時間を過ごし、時計の針が報せる夕方の訪れ。

 那雪は立ち上がり、親に一言だけ伝えて外へと向かう。狭苦しい家の中とは違う空間、解放感と爽やかな味方。景色だけは誰も裏切ることが無い。しかしながら寄り添うことも無く、人々は気象の事情に合わせて動くのみ。

 那雪の隣に座る彼女は今日も同じように艶っぽい笑顔を向けていた。

「確かなゆきちは今日から二年生だったわね」

 奈々美は一足先に高校三年生への階段を上っていた。春休みが少し短いだけだという事情だが、そうした都合が那雪に対して寂しさを与えてしまう。

「なゆきち、会いたかったわ」

 寂しさを感じていたのは奈々美も同じだったようだった。

 差し出された腕は冬と比べて少し細くなっただろうか。健康に気を使っている奈々美の姿に那雪は嬉しくなってしまう。

「その顔、分かるわ。もっと可愛さ基準で見て欲しいの」

 動く度に那雪の心を波立たせる柔らかで厚い唇は不満を零していた。綺麗なものに影が射しているような心情に陥ってしまう。

「だからさ、なゆきちの精神年齢も進級して欲しいわ」

 那雪には成長と言いうものが分からない。今までの二人の生き様を成長だと呼ぶことが出来ないのだとすれば何を指して成長だと言えばいいのだろう。

 少なくとも那雪にとっては今が成長した姿なのだと語ることしか出来ず、二人の視点の間に挟まれた隔たり、見ている成長の角度の違いを思い知らされるばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る