第30話 モモンガ
雲は散り散り太陽は白い穴のようにぽっかりと、空は優しい青をして、寒気の中で晴れ空を輝かせる。オリーブ色のコートと黒いスカートを纏った明るい茶髪の少女はベージュのコートに大きな濃淡のある茶色の四角で作り上げられた模様を持つカシミヤのマフラーを巻いてメガネを掛けた少女と共に空を飛んでいた。
彼女の話では今日は植物や動物に対して優しい気持ちを持つことの出来るメガネの少女の那雪が確実に気に入る場所を訪れるとのことだった。
那雪はジーパンを選んで履いていた朝の自分に感謝の想いを込めていた。例え冬でタイツを履いたりそうでなくとも長い物しか選ばないとは言えどもスカートを履いて箒に乗るのは恥ずかしい話だった。
「なゆきちって絶対長いものか下に何か履いてくれるから箒乗りとしては助かるわ」
奈々美の意見はまさにその通りで、那雪は自らに色気を感じないが為に注目を浴びないものを選んでいた。派手なものや軽い露出でも行った時には似合わないと笑われてしまうかも知れない、堅い心で纏めるのが基本だと自分の中で印象が固まっていた。
「今日は良いところ行くから」
そう告げて降りたところは特別風変わりな所の見当たらない交差点。この場所に何があるのだというのだろう。不明なままについて行く。魔女の考えは分からない。那雪が好きな所とはどこなのだろう。土地勘の働かない場所で、見当もつかない。
進み続ける事数分後。那雪は目いっぱいの植物のカーテンを目にした。それが絡みつく教会、ツタと草に塗れたアーチのような様を持った鉄の輪で作ったトンネル。心の落ち着く場所の隣のコンビニでドリップコーヒーを頼んで手に取って歩く。
「まずはここ、綺麗でしょ」
奈々美の笑顔は確実に気に入りの場所だと語る。那雪の方も同様、目の前に広がる草木と一つの大きな噴水。この場所はあまりにも大きくて存在感に驚かされること間違いなしだった。
確かに那雪が好きな場所であることは間違いなし。しかしながら奈々美の告げたことの内のもう片方が回収されていなかった。彼女は植物や動物と言ったのだ。初めは牧場に行くのかと思っていた。那雪の住む地域では有名な牧場がある。牛を思わせるような名前に山羊に触ることの出来る体験、他にも様々な料理や眺めの良さといった観光ポイントをおさえた山の方のもの。しかし、今いる場所からはあまりにも遠い。
しかも奈々美は箒を教会の壁に立てかけて一度指を鳴らしていた。
「これで隠れたわ」
この言葉が添えられた時点で那雪が想いを馳せる牧場へと向かう選択肢は潰えた。伸びるツタが箒を見事な様で隠してしまったのだ。
それから歩き出す。
「春は椿やボタンザクラみたいな可愛らしいもの、夏はアジサイとかアサガオとか落ち着いた色の花が咲くの」
春休みの時期であればもっと大勢の人が押し寄せることだろう。緑色のここも十分に美しく、那雪はコーヒーを啜りながら満足を得る。
「ここから出てちょっと歩くわ」
一時間近く滞在したこの場所に別れを告げる。
車の通りは忙しなく、人通りは空しさすら感じさせるここで奈々美は立ち止まる。
「着いた」
そこはどのような建物なのだろう。一軒の落ち着いた赤に塗られた屋根、白に塗れた壁。ドアの横に建てられた半分に切られた木に書かれた文字が場所を示していた。
那雪の目にはリス・モモンガカフェと書かれているように映る。
「絶対好き」
「私もよ」
二人一致した意見は反発ゼロの美しい流れ。
すぐさまドアを開いて踏み込む。
一時間で千円。那雪にとっては手痛い出費だと思うものの、奈々美にとってはそうでもないのだろうか。一時間コースを選び、二千円取り出して。
那雪はシマリスの方へと一直線に向かって行った。
クルミを齧りながら細かく忙しない動きをする姿に頬が緩んでしまう。元気よく小刻みな動きを素早く繰り返すリスの集団の中に数匹眠りに就いている子もいて。
「尻尾抱いてるのカワイイ」
柔らかな毛に覆われた尻尾を抱いて眠る姿は甘えん坊な姫を思わせる。
一方でモモンガの居るゾーンでは元気に跳ねて滑るように飛ぶ姿が目に入る。あまりにも愛らしい顔をした彼らに二人の目は釘付けになってしまっていた。
「どうしてこんなに可愛いのかしら、持ち帰りたい」
飼育できる自信も無い奈々美、しかしながらいつでも眺めていたいという欲が暴れてしまう。理性で全てを抑えていた日々が長きにわたって続いていたらしく、小さくて可愛らしい動物に触れられる機会に心を洗っていた。
しましま模様のリスがメロンの種を頬張る様子を身近に飲むコーヒーはこの上なく美味しくて、那雪の笑顔は今までにない程に輝いていた。
やがて店を出る。あっという間の一時間は物足りなさを感じてしまうものの、それでも心はいつもより充たされていた。
先程の教会へと戻り、不自然な伸び方を見せるツタから箒を取り出し奈々美は満足感を露わにしながら浮かび始める。那雪が跨り掴まった事を確認すると共に飛び始め、今日の思い出語りと共に空へと溶け込むように飛び去った。
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