第27話 年末

 中学に上がって初めて迎える年末が終わりを迎えようとしていた。

 那雪はこの時までただひたすら進み続け来た身体を休ませる。入学以来様々なことがあったように感じられる。その全てがどうにも学校の外側の出来事で、那雪は学校での楽しかった思い出など殆ど見つけることが出来なかった。

 那雪の家に親の姿は無い。彼らは実家へと帰って身を休めるつもりなのだろう。ついて行くことは出来たものの、そうはしなかった。

 その理由などすぐさま明るみに出ることだろう。

 機械的な呼び出し音が家中に響き渡ると共に那雪はドアを開いて当然のように訪れた人物を迎えに上がった。

 そこに現れた姿は分かりやすい魔女の物。紺色のローブと帽子、カフェオレを思わせる薄茶色の髪はうねっていて程よく肉を付けて丸々とした顔の愛嬌に似合って柔らかな印象が強い。

「なゆきち上がるよ」

 そう告げる魔女の奈々美、彼女と過ごした時間が思い出として息づいている。記憶の中に映される景色の大半を占める笑顔だった。

「雪降らなかったね」

 那雪の言葉に頷いて奈々美は心を奏でる。

「降って欲しかったのかしら」

 那雪はゆっくりと首を横に振ることで否定の意を示した。

「これから行く場所は雪が降ったら大変だものね」

 奈々美が言っている場所、すぐ傍の未来の二人が行っている場所。そこがどれ程美しい光景となるだろうか。

 那雪の誕生日以来平凡な日々を過ごして来た二人にとっては久々の大きなイベントだった。そんなイベントの日にかぼちゃの煮つけとがめ煮と雑煮を用意していた。

「今カボチャなんて冬至大遅刻ね」

「遅れて感謝」

 奈々美は箸を手にかぼちゃをつつきながら軽く謝る。

「魔女と言えばとかそう言うイメージで避けてたわね、ごめんね」

「いいよ、私が勝手に思い込んでただけだから」

 魔女と言えば様々な化け物と一緒に生きているような印象、特にかぼちゃと黒猫が真っ先に思い浮かんでしまうのは世間の抱く偏見と言うべきものだろうか。

「かぼちゃ大好きだからここで食べられて嬉しいわ」

 奈々美はかぼちゃが大好き、那雪は心に留めておいた。好きな人の好きなものや好きなことを知る度にどこか嬉しくなってしまう。

 夕食と言う優しい時間を過ごした後で軽く入浴を済ませて奈々美はこれからの予定を告げる。

「夜更かしはしないけどお参り」

 二人共に睡眠の事を抱き締めたくなるくらいには好きで大切な存在だと分かっていたため夜を明かそうなどとは考えなかった。精々休日前に少し遅くまで、といった所だろう。

「やっぱりちゃんと寝るんだね」

 その声には安心感が見えて来る。那雪は眠気を感じると心身ともに動きが悪くなってしまう事を思い出しながら奈々美に訊ねていた。奈々美は微笑みながら声を響かせる。

「モチロンよ、魔法も実験も寝不足は大敵ってことで習慣」

 意見は一致した。那雪は厚手のタイツにふくらはぎの大半を覆う紺色のスカート、ベージュのコートを纏いカシミヤのマフラーを巻いて雪柄の入った灰色の手袋をはめて奈々美と共にドアの向こうへと足を踏み出す。

 それから箒に乗り、奈々美は合図を示して飛び始めた。箒の柄にしっかりと捕まって飛んで行く。奈々美の背中越しの感情に優しい情を浮かべる。きっと彼女は今、真剣な眼差しで前を見つめていることだろう。

 いつもよりも速度がついている。鞄を柄に乗せしっかりと腕で挟まなければ風に流され失ってしまいそう。

 たったの十分程度、それだけの時間を削ってたどり着いたそこは幾つもの赤い鳥居が並ぶ長い石の階段。山の上に建てられた社はどこまでも遠く感じられる。

「この上で年越しするから」

 もしかすると他の人もいるかも知れない。そう心に置きながら那雪は階段に足を乗せる。

「暗いから気を付けて」

「ありがと」

 踏み外さないように、しっかりと階段を踏み締めながら登っていく。懐中電灯の輝きを受けて輝く赤い鳥居が眩しく感じられて仕方がなかった。

 それからどれだけの距離を歩き続けた事だろう。

 奈々美は那雪の後ろを支えるようについて行く。落ちてもすぐに助けてくれることだろう。

「飛んで入っても良かったけど」

「ここは歩かないと台無しじゃないかな」

 そう、長い階段ですら那雪にとっては施設の一つ。山の中に社を設けた昔の住民はどのような想いを背負っていた事だろう。

 進み続ける。幾つの鳥居をくぐったことだろう。既に分からなくなっていた。やがて、灯りが燈された社が目に入る。そこには誰も立ち寄っていないのか、否、社務所と思しき建物の中で愉快な声を交わらせながら狭い世界の中にて大切な事を、来年の目標を語るしゃがれ声が響いていた。

「ここの神主とその友人たちでしょうね」

 誰にでもそれぞれの日常があり、誰もが自分なりに生を歩む。そんな世界の中、この二人もまた特別でも何でもない人生を歩んでいる。

 それが出来る事に感謝を込めて、来年もまた一緒に居られることを願いながら賽銭を入れ、祈りを神に伝える。

 それから二人並んで立ったまま軽い話を交わした十数分の後、奈々美は電灯の灯りで照らした懐中時計の針にて日付の変更を確かめ那雪と手を繋いで空を眺め続けた。

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