第26話 肉まん

 冬の寒さは体力まで奪い去ってしまうものだろうか。那雪は凍えながらマフラーの力を借りることでどうにか凌いでいた。そんな様子を見て奈々美はしっかりと手を繋いで那雪にもローブを巻きつける。

「寒いものね」

 奈々美も感じていることだろう。あまりにも強い寒さ。学校指定のセーターとブレザーに身を包むものの、どうにも我慢は効きそうにもない。分厚いタイツは他にはない温もりを与えてくれるものの、やはり寒いものは寒い。

「いっぱい震えてるのカワイイわ」

 どこに着目しているのだろう。もしかするとひな鳥のようなものだと思われているのかも知れない。

 奈々美に包まれたまま歩いて行く。彼女の腕が那雪をしっかりと抱き留めている。柔らかな全身がどこまでも心地よいものだった。

 そんな温もりを得て那雪は目を細めながら微笑み黙り込んでいた。

 やがてたどり着いた場所はコンビニエンスストア。便利な店と呼ばれるものの、母に様々な店の値段の比較を叩き込まれていた事と自分の財布の事情を鑑みると品揃え美しいだけの高価で不便な店に他ならなかった。

 気が付いた時には既に建てられていたそのコンビニからちょっとした歴史を感じてしまう。ただ前を通り過ぎることがあるだけだというにも拘らず、どこか懐かしく愛おしい。

 奈々美はそのまま入り、温かなほうじ茶二本を手に取りレジへと進む。

「すみません、肉まんを一つお願いします」

 財布を覗き込む仕草と共に飛ばされた発言。注文を受けて店員はすぐさまトングを手に取り滑らかな心地の光沢を帯びた紙へと入れて、口を折ってテープで留める。

 それを見届けて奈々美は会計を済ませて店を後にする。

 コンビニのすぐ傍の横断歩道を渡り、まっすぐ進むはずの道を右に曲がり歩き続けて数分、分譲住宅と呼ばれるものだろうか、同じ成りをした家を幾つか通り過ぎ、その先に構える横断歩道を渡ってたどり着いたのは一つの公園。

 腰かけて、肉まんの包み紙を開く。

「本当なら美味しい肉まんの店知ってるんだけども」

 奈々美の話によればここからは遠いのだという話。最寄り駅から五分程度、しかし最寄り駅まで自転車でもニ十分近くを費やしてしまうという現実。授業を終えてからの寄り道と呼ぶにはあまりにも遠すぎた。

 高校ならば近くで考え得る場所の全てが最寄り駅を利用するか通り過ぎるかといった状況で寄り道に成り得るという。しかしながら奈々美の下校からローブに着替えるまでの時間を考えるならば美味しさは空気中に出て行って萎んでしまうことだろう。

 つまるところ、ここで食べるならばコンビニの物が一番だという事。

 奈々美は肉まんをちぎり、那雪に手渡す。

「ありがとう」

 感謝を告げると共に奈々美は笑いながら答えてみせた。

「いいのいいの、一人で食べたら太ってしまうわ」

 どこまで本気の言葉なのだろう。上手く把握できない。もしも純粋な事実なのだとしたら、彼女に対して太りにくい那雪としては少し羨ましかった。

「じゃあ、いただきます」

 ふわふわで温かな生地、その中にて寝ていたのは肉の集い。奈々美は一口頬張りしっかりと噛み締めて味を楽しんでいる様子だった。

「美味しいわ」

 思わずこぼれてしまう声が、ひねりの無い言葉こそが自然な美味しさを物語っていた。

 那雪の指が続いてふわふわ生地をちぎっていた。

「ふわふわで布団みたい」

 奈々美は笑っていた。

「これが布団なら私は眠れないわ」

「確かに」

 現実的な話だと思い、引き戻された那雪だったものの、奈々美は未だ幻想を描いているものだろうか。

「こんなに美味しいベッドならすぐに食べて無くなってしまうわ」

「そういう事なの」

 驚きについつい反応を弾ませてしまう。

 肉の詰まった生地を再び口へと運び、頬張りながら空を眺める。

 肉まんと雲の二つに挟まれながら眠る心地は良いものだろう。鮮やかな空のベッドは疲れた体を預けるには少し派手過ぎるだろうか。大空の夜の姿は黒々としていてそれをベッドにする分には良いものかも知れない。

 何も見えない闇がすぐそこにまで迫っていた。

「暗くて眠り体勢入りかけてるでしょ」

 奈々美の言葉の通り、既に那雪の意識は少しだけぼやけているように思えた。学校生活は幾ら体力があっても疲れてしまうものである。

「私はなゆきちと眠りたい」

 そんな言葉すら眠気覚ましにならないのだからこればかりはどうしようもない。

 これから帰るわけだがどのような気持ちで夜を過ごすことだろうか。眠気が一周回ってしまったその時、奈々美の言葉が魔法と成って効いてしまうことは容易に想像が付いた。

 そんな悪意の奈々美の声は愛に充ちていること。

 肉まん以上の温もりがそこには在った。

「そろそろ帰ろうか」

 奈々美は再び那雪を包み込んで歩き出す。これからきっと星がきらめき夜空独自の絵画が堂々と現れることだろう。

 そんな姿を見つめる余裕もないまま、肉まんを奈々美と共に頬張った思い出をベッドにして床に就いてしまおう。那雪の心はその道を進んで行ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る