第24話 那雪バースデー

 ついにその日がやって来た事だろうか。那雪は今、歳を一つ重ねようとしていた。

 この日を奈々美に伝えたくてうずうずしている。別にプレゼントを求めているというわけでもなくただ一緒に特別な気分が味わいたい、ただそれだけの事だった。

 那雪は乾いた公園を転がる大きな枯れ葉をメガネ越しに見つめて微笑む。どうやらその目に映る美しさを含む出来事は永遠に同じものを見ることの出来ないようだ。

 冷たい風はどこまでも優しくてしかし冷たくて。那雪は風に揺れ踊る髪を手で押さえて目を一直線に。

 公園の川が流しているのは水だけでない、山の冷たさも運び込んでいるだろうか。そう思わせて来るものだ。

 ただひたすら待つ。どうしてなのだろう、いつもならあっという間に過ぎ去るはずの待ち合わせの時間が何故だか長く感じられてしまう。乾いた灰色がかった空。夏と比べて色褪せて見えてしまうもので、自然と言うものに不思議を覚えるもの。

 どれだけ待っただろう、ようやく奈々美が現れたその時に那雪の心はいつもより疲れていた。しかしながらそんな疲れを弾き飛ばすほどに美しく感じられてしまう。二人の関係は特別製だった。

「お待たせ」

 そう述べる奈々美に向けて那雪が告げる一つのイベント。

「実は私、今日が誕生日なんだ」

 奈々美は目を丸くし、続けて穏やかな雰囲気全開でお決まりの言葉を口にした。

「おめでとう。十一月四日がなゆきちの誕生日なのね」

 一度で覚えられるものだろうか。案外忘れてしまうものではないだろうか。奈々美はそんな心配を一気に否定してみせた。

「覚えてられるわ、何せなゆきちの生まれた日だもの」

「そう言われると恥ずかしい」

 奈々美は自分の誕生日を声にした。

「私は四月二日」

「学年で一番早いんだっけ」

「そうね」

 想像以上に覚えやすいそれを心に留めて那雪は空を眺める。

「空って冬になったら色が沈んで見えるよね」

「そうかしら」

 奈々美は数秒見つめ、首を傾げて考えなしの言葉を述べた。

「ゴメンなさい、覚えてないの」

 きっと魔女としての日々が忙しいのだろう。この空を眺める余裕が無い程に大変なのだろう。彼女の学ぶことはあまりにも多すぎた。

「なゆきちが知ってる世界の事教えてくれてありがとう」

 ただそう言うだけ。それ以上踏み込まない、踏み込む時間が無いことは分かっていたものの変事一つで嬉しくなってしまうのだ。

「ありがとうの言葉、いただきました」

 それが誕生日プレゼント、そう言っても良いものだろうか。奈々美は眉毛を歪めて不満を露わにした。

「それで満足するのは早いんじゃないかしら」

 それから行動に出るまでの時間は一秒も必要ないようだった。箒に跨り那雪を乗せて浮かび始めた。風に負けることのない箒、浮遊感に横薙ぎの風は那雪の感覚をかき乱してしまうものの、奈々美はそうでもないのだろうか。箒という不安定なベンチから見下ろす景色の中に黒猫の姿を見た。

「あの子ちょっと拾って行くわ」

 言葉に合わせるように箒は空から降りて屋根へと、続いて黒猫の傍へと。手を伸ばして掬い上げて再び飛び始める。

 腕に抱えられた黒猫は何が起きたのか理解できずに不思議なことに遭っている様を、驚きを顔にして固まっていた。それでもゆらりゆるりゆっくりとうねる尻尾が愛おしい。

「あの夜以来かしら、私は幸せになれたわ」

 黒猫は鳴き声すら上げない。口を大きく開けて欠伸をするだけだった。

「そう、あなたは何もなく生きて来れたのね」

 何を感じたのだろう、このやせ細った黒猫から何を感じ取れたのだろうか。

「よかった」

 那雪は何一つ理解できなかった。このやり取りに流れる情緒だけが温かな温度を与えてくれる。

「向かうわ」

 そう述べてすぐにたどり着いたのはいつもよりはるか遠い場所に建てられた大きなショッピングモールだろうか。

 降り立った奈々美は箒を壁に立てかけて黒猫を置き、中へと入って行く。那雪は黒猫に軽く手を振りまたねと告げて続くように中へと入る。黒猫が寂しそうに鳴いていたものの、今はついて行くことが正しいのだろう。ベージュと濃い茶色の四角が交互に並べられた模様のマフラーを買って手渡した。

「カシミヤのマフラー、大事にたくさん使ってね」

 那雪が日頃はあまり触れない値段の物に驚きつつ、喜びを顔にして腰を緩やかに折る。

「ありがとう」

 儚い微笑みが好きなのだと奈々美は言う。表情は他人と比べて控えめながらに彩りいっぱい。そんな様子の那雪を非常に気に入っている様子だった。

「なゆきちには大人しくても可愛らしくても明るくても控えめでも優しい色が似合うかなと思って」

 そこまで考えていたのかと驚きに充ちた表情を零す。きっとこの顔も好きなのだと記憶に留めているのだろう。

「冬生まれなのに寒がりだもの、なゆきちは」

 奈々美は自分の厚く可愛らしい頬に手を当てて那雪をひたすら眺めていた。そんな様子に恥ずかしさを覚えてしまう。

「ほら、行くよ、奈々美が拾った猫が待ってる」

 照れ隠し、熱い本音を隠して那雪は店を後にした。

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