第23話 枯れた植物
乾いた風が運び込まれる庭の中、奈々美は一輪の花の尽きる様を見ていた。どれだけの肥料や水が与えられたところで避けようもない終着点。いつの日か訪れることは分かっていたものの、どうしても永遠の延命が欲しくて、延々と終わりの時までの日々を引き延ばしたくて。それは叶わなくて。
人の欲望は自然の限界に萎れ行く。
那雪は奈々美の姿を見つめて言葉の一つさえ口にすることが出来ずにいた。
萎れた花、色を変えて今にも消え入りそうな葉、茎は曲がった背骨のようで目も当てられない。
「なゆきち、私やってみるわ」
何をしようと言うのだろう。全くもって予想も付かない。
奈々美は家の中へと入り込み、しばらく那雪を待たせる。寒さが隅々を塗り潰してしまいそうな環境で静寂が更に大きな寒気を誘い。那雪はただここで待ち続けるだけ。あまりにも寂しい時間がしばらく流れて行く。
数秒でさえ数十秒に感じられる沈黙を幾つ味わっていたのだろう。正しい時間の感覚を忘れてしまっていた。あまりにも退屈な時間の果てで奈々美は小さなテーブルと鞄に一冊の分厚い本を家の中から外へと持ち込むように持ち出していた。
「私の想いは植物にも伝わるかしら」
軽い笑い声と共に奏でられた言葉は重々しい響きを持っていた。どうしてだろう、軽く放っただけの言葉のようなのに。不思議で堪らない。
「再生の薬を作るの」
久々に魔女の印象に合ったことを計画していた。那雪の口や意識は奈々美のことを魔女だと述べていたはずなのに実感からはいつの間にかすり抜け消え去っていた。
奈々美は柔らかな指を鞄の留め金に当てて開く。続けて中に収められた試験管の数々を見つめながら本を開き、試験管を取り出しビーカーの中に注ぎ込む。理科の実験で目にするような器具の数々が愛おしくなってしまう。那雪は理科の実験は大好きだ。
少しずつ混ぜられる液体たち。それぞれが上手く混ざることなく気ままに泳いでいる。その中に一つの固体を、輝く硬質な物質を入れて那雪にマッチを差し出す。
「ごめん、後はお願い」
ガスバーナーに火を点けること、薬剤生成のための加熱、それらは那雪の仕事なのだという。
「奈々美は火と相性悪かったね」
「そうなの」
魔法だろうと科学だろうと関係無く奈々美本人が火を扱えば何故か可笑しな現象が巻き起こる。那雪はその瞬間を見たことはなかったものの、炎を遠ざけようとしている姿が本音を語っている。そう感じ取りこれ以上の追及は行なわない。
箱を開き、那雪の細い指が一本のマッチをつまむ。もしかすると細長い指といい力なくやつれた姿といい那雪の方が魔女のような見た目と言っても差し支えないかもしれない。
マッチの頭で箱の側面を勢いよく擦る。その瞬間マッチの頭は燃え、ガスバーナーの口に添えられる。奈々美の家に置かれた設備とはどのようなものなのだろう。携帯用のボンベと接続されたバーナーの元栓を開き、バーナーの口にマッチの火を当てコックが開かれる。丁寧な仕草の一つ一つを眺めて微笑む奈々美の表情が輝いて見える。あの笑顔が好きで堪らないのだ。
バーナーに火は灯り、無事に魔法薬の生成は続けられた。ビーカーに沸騰石を入れて金網スタンドをバーナーに被せるように設置し、ビーカーが上に置かれる。
燃え上がる空気、目に映らない色がゆらゆらと揺らめく。生き物によってははっきりと色の違いを見て取ることが出来るものだろうか。余計な好奇心が火の動きに合わせて揺らめいていた。
風に乗って右往左往、バーナーから噴き出るガスのバランスに合わせて踊り続けるそれは輝く不思議な生き物を見ているようだった。
ビーカーのなかでは液体たちが馴染んで沸騰石からは小さい泡が勢い任せに噴き出ている。おびただしい量の泡は入浴剤のようでもあり、あの日飲んだラムネ瓶に収まる夢の海の泡のようで目が離せない。
懐かしさに浸りながら那雪はすっかりと姿を変えてしまった液体を見つめる。これまでの反応を見つめ直し、那雪と奈々美の関係の反応もこのようなものだった、色が変わり果てたのだと知る。
もう既に救われている、奈々美の方も同じだろうか、分からなかったものの那雪としては心の底からの愛の色で染め上げてきたつもりだった。
やがて奈々美の指示で火を止める。出来上がった薬は果たして効き目を発揮するものだろうか。
「お願い、生き返って」
奈々美は植物が大好きなのだろうか。きっとそうであること間違いなし。
那雪の手が合わせられ、腰は深々と曲げられる。気が付けば揃って祈りを捧げていた。
植物に薬が注がれる。一滴、もう一滴。少しずつ与えられる速度は増して、薬は地面に吸い込まれる。水滴は繋がり一筋の線となり全て地面へと潜り込んだ。
そこから間もないこと。
突然鉢の中の土は輝きを放つ。
「生き返って」
奈々美は声を弾ませて願う。那雪の方も無言ながら同じように願い、見つめていた。
輝きは花弁のような姿となり、幾つも重なり派手なドレスのような様を見せる。やがて咲いた架空の蓮の花は枯れた植物を連れて空へと飛んで行ってしまった。
残された二人の口からは言葉の欠片すら出て来ない。
きっと自然の摂理には敵わない、そう言うことだったのだろう。
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