第21話 鍋
木枯らしは葉と共に思い出をも巻き上げる。綺麗なものや好きなもの、あの思い出の季節たち全てを過去へと飛ばして様々な模様へと変えていく。
那雪にとっては寂しさの塊。晩秋から冬の入りにかけて。この季節が最も息苦しい感情を運び込む。
「奈々美、寂しい季節だね」
心まで沈みこんでしまいそうで、これから先は更に寒く、雪まで降ってしまった暁には全てが凍りついてしまいそう。
雪解けの春が早くも恋しくなっていた。
那雪に対して奈々美は明るい笑みを咲かせて口にする。
「鍋、作りましょ」
突然の誘いに乗って、那雪はついて行く。奈々美のオリーブ色のローブは身体に似合った不思議な色。
那雪の方はと言えば薄いベージュのコートを着ていた。出来る限り自然のように明るくありつつもどこかの光景に溶け込む淡い色を用いて存在感を薄めて纏める。そんな方向性で行くことが似合うのだと分かっていた。
「私の家なら今日は空いてるから」
話によれば今日は奈々美の両親の結婚記念日。帰って来ることは無いのだという。
那雪はもうすぐ誕生日なのだと心に思い描く。十一月の四日、その日を家族以外の大切な人と迎えることはあるのだろうか。今年が初めてとなるかも知れない。
「なるほど、今日が十一月の入りだから」
奈々美の母はハロウィンの魔女の集会を終わらせて帰った途端急に結婚を告げたのだという。出掛けてからの一日の寂しさがそんな言葉を引き出してしまったのだと語っていた。
「奈々美と私の結婚記念日はどの日だろうね」
口にしてみたものの、この時代に同性婚は認められていない。世間ではまだそれが当然。海外での事情がどうだと言う者もいるようだがそのような言葉はただの戯言として切り捨てられる定めにあった。
「早く結ばれたいものね」
奈々美の方もまた、那雪と永遠の関係を誓い合う日が楽しみなのだ。その事実一つで何故だか安心してしまう那雪がそこにいた。訊ねるまでもなく分かっていたはずの事。確かめるまでもなく両想いの愛だと過ごして来た日々は教えてくれていたにもかかわらず、安心感が足りていなかった。
「叶わない夢は今は仕舞っておこうかしら」
奈々美の言う通り、今はどのような言葉でどのような事を騒ぎ立てたところでたかだか世間を知らない女二人が人生という未知で迷っているだけだと思われるだけの事だった。
「それより鍋よ」
そのための食材を揃えるべく二人はいつもよりほんの十分程度の時間を経る距離を稼いで品揃えの良いスーパーの開いた入り口の中へと身を放り込む。
これからどのような鍋が作られるものだろう。心を躍らせながら敢えて確認も取らずに別行動を取って好きなように欲しいものを買い漁った。
それからしばらく経って、奈々美は揃った素材たちに気を取られることなくレジに並び、簡単に会計を済ませて那雪を家にまで導く。
これまで何度も通った道、特に他と比べて目を惹くものなどなかったはずのそこが今では特別製の雰囲気に充たされた道へと変わり果てていた。
日常と重なる異界のようにすら思えてしまうそこを歩き、愛の世界という異界へと踏み込んで。
相変わらず緊張を呼び起こす装飾の数々に落ち着きを得られないまま、那雪は鍋を取り出す。
「昼ごはんと晩ごはん同じになりそうだわ」
買った食材の量を目にして奈々美は笑いながらそう告げる。那雪の方も親に晩ごはんは要らないと予め言っていたため不安はなかったものの、目の前に出される完成品の量を想像して覚悟を決める。
「まずは野菜を切るよ」
出て来た素材はどれもこれもが一度では使いきれない量で、ある程度の量に切って鍋の中へと入れて。
白菜にキャベツ、鶏肉とうすあげに加えて豆腐。
エビとちくわ。
しめじやシイタケに舞茸。
まるで想像していた鍋の種類が異なっていたようで。
「なんだか二種類混ぜたような感じ」
「そうね、いいんじゃない」
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