第18話 焼き芋

 焼き芋と言えばどのような物を想像するだろう。外にて落ち葉を大量に集めて新聞紙などを混ぜてサツマイモを埋めて燃やす。そんな光景がありありと思い浮かぶ。

 しかし今となってはマンガや絵の中の光景だった。今どきそのようなことを実行しようとすればたちまち堅い制服を着た人物に指導を頂戴してしまうことだろう。

 二人揃って承知していたが為に今この場にて、奈々美の家の中でフライパンを用意して切った芋とバターを入れて炒めるように焼き始めた。

「なゆきちお願い」

 奈々美は魔法だけでなく科学の方向でも火との相性が良くないそう。なぜだか科学の中にもオカルトと呼ばれし現象を引き摺り込んでしまうのだという。学校の実験では毎回謎の影が生まれることもあれば予想もしなかった反応が起こり妙な物質が出来上がることもあるのだという。

 つまり、その手で火にかけた食材がどのようなものと成り果ててしまうのか、後に贖罪を捧げなければならない状況が生まれてしまうのか。

 何はどうあれ奈々美に火は使わせないという選択肢を取るほかなかった。

 那雪は菜箸を不器用な手で扱い芋を転がす。焼いているようにも炒めているようにも見える動き、曖昧なそれは果たして料理を成功へと導いてくれるのだろうか。頼りない事この上なかった。

 料理に向き合う那雪の真剣な眼差しを見つめながら奈々美は言葉を届けて雰囲気を柔らかく作る事に徹していた。

「今日はハロウィンだから両親出掛けちゃったの」

 どうやら魔女にとって大切な日が幾つかあるようだ。その内の一つが日本でもすっかりと馴染み深い行事となったハロウィン。他にも四月の終わりのヴァルプルギスナハトなどがあるようで。

「つまり娘より大切とか言ってどこか行ったんだ」

 那雪の指摘、恐らく自分の家庭での扱いを重ねて見ているのだろう。那雪の方は日頃の親が冷たいが為に那雪本人があまり信用していないようだった。

 奈々美は思いの他暗くなってしまった話題を噛み締めて後悔を引き摺り公開してしまわないように閉じる。

「魔女として立派になったら私も連れて行ってもらえるから」

 信じること、裏切られること。その二つが直線で結ばれる。このままではこの時間の楽しみが台無しになってしまう。奈々美はフライパンの上から漂って来る甘い香りに支えられながら話題を取り換える。

「美味しそうね」

「奈々美の選んだサツマイモだから間違いないよ」

 日頃から様々な魔法を教え込まれた魔女、植物や鉱物を用いた化合や分離といった科学の分野も教わっていることだろう。しかし火を扱う事が出来ないために素材の選びから混ぜるところまでしか出来ないようだったが。

「私にも魔法が使えたら奈々美の助手になれたのに」

 考える事がもはやどれだけ二人一緒に居られるかという事に入り込んでいる。依存の傾向にあることは間違いなかった。

「多分だけどその時はなゆきちに最初の薬を飲ませるわ」

 どのような薬だろうか、那雪には当然ながら想像も付かない。奈々美は微笑みながら教えてみせた。

「惚れ薬って知ってるかしら」

「効果ないと思う」

 那雪は奈々美に甘い視線を向ける。既に惚れてしまっているのに薬の力は必要なのだろうか。もしも飲んだとして効果は発揮されるのだろうか。

「そんなに抵抗出来るのかしら、それとも恋心ありませんな人かしら」

 惚れられている事に気が付いていないのだろうか。もしかすると幼き心で思い描く純粋な恋のその先を見せなければ納得してくれないのかも知れない。

 恋は盲目、この言葉を本来と全く異なる意味で当てはめる日が来ようとは思ってもいなかった。

「奈々美ってもしかして恋のこと、よく知らないの」

 訊ねられて奈々美は首を傾げる。その目は霧がかかってしまっているように見えた。サツマイモを焼いて上がる湯気や煙が薄茶色の瑞々しさを覆い隠していた。

「恋、多分なゆきちよりもよく知っているわ」

 互いに知らない事は知らない。逆に知っている事はそこにあり。この感情は共に語り味わうことでしか見えて来ない事もあるのかも知れない。

「そっか、奈々美の方が人生よく見てるんだね」

 やがて芋は出来上がる。本当なら焼き芋がよかった、そう思いつつも禁止されている事や山で焼いてみようにも危険を見つめてしまう。

 我慢は必要不可欠だった。

「楽しみね」

 奈々美の弾む言葉が聞けたこと、ただそれだけでも嬉しくて。

 那雪は芋を皿に移して箸を取る。テーブルに置いて椅子に腰かけて奈々美に煌めく笑顔を向けて言葉を差し出す。

「はい、私の惚れ薬」

「ちょっと、もう」

 奈々美の表情に揺れが見えた。明らかな動揺、恥じらいと嬉しさが混ざり合ったそれはあまりにも高貴。

 上品な仕草で箸を取り、奈々美は芋をゆっくりと口へと運び、恋の味をじっくりと噛み締めた。

「美味しいわ、流石なゆきち」

「奈々美が美味しいのを選んでくれたから」

 優しい時間、優しい味わい、優しい関わりの糸。緩やかな想いの紡ぎは秋の空を緩やかに温めていった。

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