第16話 お泊り

 夜は訪れる。楽しい時間を過ごしても悲しい時間に明け暮れてもそこは同じ。決して変わることのないそれはまさに人の思う事を正直に映し出す姿鏡のようで。

 那雪の本日という時間はあまりにも幸せだった。両親のいない時間、そこで共に過ごした人物は一人の魔女。

 後悔の無い生活を送ることが出来たという事実一つで安眠出来てしまいそう。

 しかしその前に目一杯奈々美と一緒に居られる時間を受けていたかった。

「ねえ奈々美」

 夜空には星がホタルの群れとなり、月は全てを見守る輝きとなる。空はここまで美しい態度を取る事が出来るのだ。暗闇の中に秘められた未だ見知れぬ光景たちに想いを馳せながら隣に座る奈々美の肩に顔を乗せた。

「きれいだね」

「ええ、そうね」

 たった一度頷いて分かち合うだけ。疲れてしまっているのだろうか。

「星ってどうして」

「いいの、理由なんて分からなくて」

 どこまでもロマンを持ち込んで話し合いの終点に持ち込んでしまっていた。それが奈々美という人間の本性の一部なのだろうか。

「そっか。でも私は知りたいな」

「本気かしら」

 枯れた声には上手く感情が乗らないものなのだろうか、感情は確かに見られるものの少し分かりにくいと言われてしまうことも時たまあった。

 そもそもお世辞にも綺麗だとは言えない声なのだから感情の伝達程度余裕であれ、そう思ってしまう。

「本気」

 ただ一言、感情だけを語る。きっと奈々美にも伝わってくれるだろう。奈々美という魔女という人物であっても那雪の声からはっきりと感情を見て取ることは難しいのだと学んだ。

「まあいいんだけど」

「何か言ったかしら」

 きっと単純な問いでなくてどのような事なのか、どういった想いを込めての発言なのか、大人しい声の消え入りのままに暗闇に溶かしても良いものか、判断に困ると言った様子。

「もし思うことがあるなら素直に話してね」

 そう告げる彼女だったが那雪は想いを抱き締め閉じ込めた。暗い想いは一瞬だけで構わない。隠し通して見せよう、誓いを立てていた。何より奈々美と過ごす時くらいは明るい自分でいたいという欲望が絡みついてトゲを刺し込んで来るのだ。

「分かった」

 奈々美の言葉にただそう返す。表面だけの態度だったとしても無いよりはずっといいだろう。

 那雪のメガネの飾られた顔に、レンズが居座り感情にフィルターを掛けるそれに奈々美は何を見たのだろうか。

「私はなゆきちの本心が知りたいの」

 星が綺麗に輝く理由を訊ねようとしたらそれを跳ね除けた女の言葉とは思えない。しかしながらそれはほんの少しのズレから生じてしまったもの、人と人の関りがそこにある以上は避けられない事なのだろう。理解の形からしてきっとこの疑問は示さない方が良いのだろう。彼女にとってあの疑問は今の景色を崩壊させるものという印象を持つものなのだろう。

 星は燃える。希望の火となって空を焼き続ける。暗闇の中、昼間は見えていなかった命たち。そのロマンに浸っていることとした。

「星ってなんだか人みたい、必死に生きてここにいるんだって輝いて」

 そう、いつだって人間は存在を仲間同士でさえも主張し合っている。この暗闇の中でさえも今こうして互いに声で姿を現して。

「そうね、私たち、頑張って来たものね」

 そんな言葉に奈々美の弱さを見た。きっと彼女の苦労も大きなものだったのだろう。かつて魔法を知っている分他の事を知る時間を作ることが出来なかったという奈々美の道のりを示されて、仮に那雪が進むとしても歩みづらい人生なのだと思い知らされた。傍に誰もいない事、それがどれ程苦しいことなのか。

 結局のところ、那雪と奈々美、どちらも寂しがりで今ようやく人生の旅の休憩地点を見つけただけのか弱い人物だったということ。

 暗い心情など抱きたくない。好きな人と一緒だからこそ明るく咲き誇っていたかった。

「そう言えば空のパフェ、夜空ならどんな味だったかな」

 話題は大幅に逸れて行く。悲しみになど沈めない。そんな意志が込められたちょっとした疑問。

 しばらく流れる星が騒がしい沈黙。奈々美はその時間を経て想像を零す。

「きっとブドウかコーヒーじゃないかしら」

「奈々美のコーヒー」

 想い出語りの場となったのだろうか。忙しい日々の中で明らかに煌めく大切な事を分かち合っていた。

「私のコーヒーが売り物になるものかしら」

「魔女の居る店、でいいんじゃないかな」

 いつもなら眠りに就こうとしている時間、日頃は目にすることのなかった感情が暴れていた。それを抑えきれないのは思春期という大人への成長の階段を上っている途中だからだろうか。その想いの足場はあまりにも不安定だった。

「魔女ね……きっとだれも信じてくれない」

 魔法なんて存在しない、実在しない、マンガの世界。そのような言葉を幾つ聞いて来たものだろうか。秘密にしていた奈々美に向けて言ったものなど一つもなかったものの、どれもが自分の存在すら否定しているように思えて仕方がなかった。

「私は信じるよ、今まで見せてくれたもの」

 その様は唯一の一般人。那雪は確実に普通から離れて行っていることに気が付かないまま。

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