第15話 スイカ、ヒマワリ
盆のこと。世間は夏休みというものを迎え、ある程度の人々は家族で海やキャンプ、実家への帰省といった日頃はあまり行わないイベントを企画しては思い出と言う形で時間を貪る。
那雪の親もまた、帰省を考えていた。那雪は迷っていた。祖父母に会いに行くことが出来るこの期間でも奈々美との日々を優先させるか否か。二つの話は天秤にかけられていた。
最終的に出された結論に両親共に目を見開いて心配を告げたものの、那雪は大丈夫と言ってみせた。
そうして出来上がった一人きりという状況。この時間の中で誰と共に過ごすのか、那雪には共に過ごす相手など一人しかいなかった。たった一人のかけがえのない人。
「なるほど、ここがなゆきちの家ね」
奈々美は両腕を広げながら那雪の家の庭を見回していた。那雪はメガネ越しの目で奈々美の顔をひたすら眺め続ける。太陽の強い視線を浴びながら堂々とした態度で立っている彼女の姿がどこまでも綺麗で。
「奈々美の家程広くないんだけど」
この前奈々美が挽いたコーヒーを一緒に飲んだ日のこと。あの日のことは未だ鮮明に覚えていた。奈々美の家は広くて様々な物が飾られていて、まさに金持ちの家と呼ぶことが相応しい姿をしていた。金の掛かった品々が多く置かれているあの家では落ち着くことが出来ない気がしたが為に那雪は奈々美を呼ぶ形を取ったのだという。
「私の方が落ち着かないわ」
「ごめんなさい」
那雪の中に湧いて出た後悔は明らかなもので、謝らずにはいられなかった。
「なゆきちと一緒に過ごすなんて落ち着いていられるものですか」
「そういうことなの」
つかめなかった、奈々美の思考が分かったようで分からない。そんないとも不思議な感覚に揺れていた。
「べつになゆきちの事が好きなだけで」
那雪の思っている好きの想いとは異なるのかも知れない。魔女は少女に惚れ切ってしまっているということだろうか。
そんな奈々美が庭を見回して目をつけたのは地上で身体を広げる大きな花、可愛らしい姿をした小さな太陽。
「ヒマワリがどうかしたの」
那雪はヒマワリを撫でながら訊ねていた。奈々美は微笑みながら答える。
「人にとっての太陽、人によってはヒマワリがそう」
それはどのような意味なのだろう。希望の象徴ということなら那雪にとっての太陽は分かり切っていた。
「私の太陽は奈々美かな」
「ありがと、私の太陽はなゆきちね」
そう言って抱き締めて。ただでさえ暑いというのに密着し合っていると熱がこもって少し苦しくすらあった。
「ごめん暑い」
一言だけで充分だっただろうか。奈々美はすぐさま那雪の身体に巻き付いていた腕をほどいて離れて告げる。
「じゃあなゆきちの家でエアコンかけたら」
そこまでして那雪の貧相な身体に絡み付いていたいのだろうか。奈々美のあの肉感は那雪に対していつも嫉妬を運び込む。那雪は例え多少太ったとしてもあのような体つきになることは叶わないだろう。明らかに薄くて細い身体がそう語る。骨格の差が分かりやすく主張していた。
そんな曇り空を心の中で広げる考えは隅へと追いやって、奈々美を家の中へと上げる。
「ふふっ、これでなゆきちとずっと」
暑さでおかしくなってしまっているのだろうか。那雪は呆れ混じりの静かな視線を向ける。メガネのレンズはどれだけの感情をカットしてしまったのだろう。奈々美は笑顔の日差しを更に強くひねり出し、顔をくしゃくしゃにしていた。
「なゆきちも喜んでる」
「喜んでない」
否定を直接告げることは悲しみを生んでしまうかもしれない。それでも那雪は自分の想いの形を語らずにはいられなかった。
「その、私はその、イヤらしい気持ちの無い恋がしたいだけ」
口に出して気が付いてしまった。奈々美に向けている感情はあまりにも純粋な恋なのだということ。
奈々美は頷きながら那雪の頬に手を添える。
「なゆきちももうちょっとしたら分かるかも知れないわ、私の恋の形」
純粋なだけではいられない、いつまでも変わらずにはいられないのだという事。今はこのような想いを抱えている那雪だったがきっと近い将来大人の穢れに踏み荒らされる事と同時に大人の麗しい感情も知ることとなるのだという事。
沈黙は那雪にそんな想像を掻き立てるために設けられたものなのか。しばらく経って奈々美は出掛けるよう促す。
「なゆきちの家に泊まるから買い物」
それから買い物を素早く済ませて買ったものたちを冷蔵庫に仕舞う。しかしその中でも仕舞わずにテーブルに置かれた物が一つ。
緑色の大きな玉。縦に塗られた黒の波模様は墨を使ったかのよう。
「スイカ買っちゃった」
包丁を取り出してすぐさま切って、中の赤くて瑞々しい果実を瞳に収める。
「おいしそうだね、ありがと」
那雪の礼に奈々美は眩しい笑顔を浮かべて満足していた。皿に盛りつけて、純粋を思わせる仄かな甘みの爽やかな様に心を溶かす。
「水分らしさ好き」
「そうだね」
スイカに夢中な二人の姿を窓の向こうから覗き込むヒマワリの輝かしい姿はまさに二人にとっての太陽だった。
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