第10話 点数
晴れ空はキラキラと輝いていた。あまりにも爽やかで、あまりにも眩しくて。いつも通りの心情であれば生きるための活力となってくれたことだろう。
しかしながら今では嫌味の一つにしか思えなかった。悲しくて苦しい、そんな心境の中では太陽の強気の輝きはあまりにも残酷だった。
那雪は本日散々だと言うまでに数字に苦しめられた。期末試験、いきなり問題が難しくなったように感じられて考えても追いつけないようだった。ストレスによってすり潰されたままの心には勉学という行為はあまりにも重すぎた。
今日は奈々美にどのような顔を向ければいいのか判断に苦しむ。果たしてどのように振る舞うことが正解なのだろうか。
いつもなら笑顔、出来る限り嫌な事は忘れて行きたかったものの、今日の想いを支配する影はそういうわけにも行かなくて。
心の準備は整っていなかったものの、奈々美はいつもの通りに現れた。
放課後は何故か毎度先の尖った帽子とローブという服を纏っている。休日にも同じ格好をすることが度々あったものの、学校に通ったと思しき日には必ず魔女の装いをしているのだ。
「こんにちは」
低く落ち着いた声が本人の知らぬ内に那雪の内側を擦っていた。いつもなら心地よいはずの声があまりにも痛くて苦しくて。
「こん……にちは」
那雪の異常は魔女の耳がすぐにつかみ取ってしまった。
「どうしたの、いつもより元気ないけど」
元々が枯れ声だと感情は悟られにくいだろうか、といった願望は即座に打ち砕かれてしまった。隠し事をしたところで那雪のことをよく見てくれている魔女にはすぐさま見抜かれてしまいそう。
判断は素直な言葉を引き出した。
「テストの点数が悪かったから」
学校に通う人物であればよくある話、きっと苦しめられる人物はあまりにも多いことだろう。しかしながらあの魔女にその気持ちなど理解できるものだろうか。
「一年生の期末試験かしら、いきなり難しくなるものね」
すぐさま伝わってくれたようで奈々美の目は伏せられた。彼女の顔はあまりにも大きな影がかかっていた。
「私は理科と社会以外苦手でね」
どうやら奈々美の点数はいつでも芳しくなかったようだった。
「理科の方も物理とか無理、何アレ物理で殴ろうかしら」
物騒だった、そんな態度を取ってしまうくらいには苦手だったということだった。
「なゆきちは凹まなくていいの」
どうなのだろう、現実は現実として受け止めるべきだと感じていた。
「大丈夫、まだ取り返せるわ」
「そう……だね」
きっとまだ取り返せるという言葉が重なって出来たものが奈々美の現在なのだろう。真似してはならない事だけははっきりとしていた。
「そうね、今から頑張れるように飛ぼうかしら」
応援の姿勢は認めるものの、今は奈々美も勉強すべきなのではないだろうか、訊ねてみたものの返された言葉は既に諦め悟ったというもの。
――奈々美はそこまで開き直ってるんだ
呆れ混じりの感想を仕舞い込んだ細身の女を乗せて奈々美は箒による飛行を始めた。高く遠く、上がって行っても空にどこまで近付いても、あの空の青には到底届かない。
建物の集団は置いてけぼり、目に入る小さな公園とその大半を占める池はあまりにも見覚えのない姿。
さらに飛んで山の方へと向かっていた。
山登り要らずの簡単な入り込み。上から頂を頂き綺麗な景色を眺める。登山の醍醐味を完全に無視したたどり着き方は今と言う状況だから行うことだろう。
「ねえこの山ちゃんと登らないの」
訊ねられてすぐさま呆れ顔が返って来る。
「ここ歩きの人に優しくないから」
話によれば狭い車道とガードレールによって造り上げられたくねくねと急カーブを幾度も描く道が特徴的で、歩いて行けば命の危機に晒される可能性が非常に高いのだという。
「登山って言うよりドライブスポットみたいなものね」
そう言いたくなるような山が他にも幾つかあるのだと聞いて寒気を感じていた。歩く人のための道も残していればいいのに、空に想いを描くも誰にも見えないそれはすぐさま消えて行った。
目の前に広がる景色は開発が進んだ都市。無機質な棒や線が縦横に幾つも並んだ都会のミニチュア模型のような現実。それを見おろしながら那雪は自分の悩みを吹き飛ばして行った。
奈々美は微笑みながら那雪に言葉を届ける。
「どう、いい眺めでしょ」
「ええとても」
それ以上の言葉が出てこない。語彙力は壮大な都会の図によって奪われてしまったようだった。
「夜になったら全体が輝いてもっときれいなの」
これ以上があるのだということにも驚きだったものの、もっと驚くことがあった。
「夜に一人で行って大丈夫なの」
奈々美は爽やかな笑顔で那雪の貌の面白さの深みに嵌っているようだった。
「大丈夫、魔女だもの」
結果はともかくとして物騒な過程しか思い浮かばない。ふんわりとした美人に声を掛けて後悔した男の数を公開して欲しかった。指を折って数えられる程度の人数なのだろうか、それすら想像できない。
「なゆきちが元気になったみたいでよかった」
差し出された小さな鏡、そこに映された那雪の表情は太陽の輝きの下で生きるに相応しい明るさを取り戻していた。
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