あやかしバトル夜十時

しぇもんご

第1話 喜多ミチカ

 このふわふわにプッツンプッツンと針を刺すのが最高に気持ちいいんだよね。このふわふわは羊さんの毛だったよね? ありがとう羊さん。わたしはあなた達のおかげでイヤなことを忘れられますよ。

 なんか五年生になってから一気に勉強が難しくなった気がするんだよね。特に算数! 分数の計算とか人生に必要ですか? 必要ないよね。あと英語、ナニイッテルカワッカリマセーン! そんで総合学習のプログラミングだっけ? あれがもうまじでほんとに意味わかんない。あ、でも先生はほめてくれたっけ。「喜多さんは直感的というか、天才的なところがあるから、論理的ろんりてきに考えるのがすこ~し苦手なのかもしれないね」だって。えへへ、そうなんですよ、天才なんです。ていうかロンリテキってなに?


 プッツン、プッツン。


 ああ、気持ちいい。それにしても羊毛ようもうフェルトはすばらしいわ。ふわふわの素地きじにプッツンと針を刺すたびにわたしの心があわだてられていきますよ。ん? あわだて? あらため? まあいいや、なんでも。ほんとこれはお母さんに感謝だわ。家庭科のミシンが楽しかったから、お母さんのお気に入りのワンピにかわいいポッケってあげるね、って言ったら慌てて羊毛フェルトの道具一式買ってきてくれたんだよね。「ミチカはこっちの方が得意だと思うよ」だって。まあ、たしかに? 家庭科で作ったエプロンはちょ~とミスって、いろんなところがくっついちゃったけどさ。あ、そういえば、私のエプロンを見て「呪われたきんちゃく袋」とか言った加藤は許すまじ。なにが泥団子マスター加藤だ。うちのクラスの男子は幼稚すぎんのよ。


 プッツン、プッツン。


 ふー。いやされるー。あっやば。そろそろ十時だ。寝ないとお母さんに怒られちゃうよ。でもあとちょっとだけ。もうそろそろ完成なのですよ、喜多ミチカの最高傑作さいこうけっさく! 題して、題して……題してなににしよう? まぁ名前はあとで考えよう。とにかくみてください、この大きさ! 羊毛フェルトでこのサイズはなかなか無いでしょ。身長二十センチの、えーっと……ナニカ! 最初はティディなクマちゃんを作ろうと思ったけど、途中であきらめた……じゃなくて方向転換ほうこうてんかんをしたのです。もっこりした丸い茶色の体にクリーム色の短い手足。頭はもちろんピンク! 黄色いおめめがすこ~しデロっとしていてキモチワル……じゃなくて、そうチャームポイント! そして今晩、真っ赤なこのお口をプッツンして完成なのですよ。


 プッツン……プッツン!


 よし、完成! うんうん、いい感じだ。さっすがわたし、やっぱり天才かもしれないわ。知ってるんですよ、こういうの芸術的って言うんでしょ? 将来は羊毛フェルトチャンピオンかしら。そんなのあるか知らないけど。しかもぴったし十時。じゃあ寝ますかね。


「おやすみね」


 へへ。五年生にもなってお人形におやすみなんて言ってたら、笑われちゃうよね。


「うむ、おやすみなのじゃ」


 あ、あれ? なんか聞こえなかった? お母さん……じゃないよね。お父さん……は帰ってきてないし。ていうかお父さんはこんな可愛らしい声じゃないもんね。ああ、やばい、プッツンしすぎて幻聴げんちょうが消えこえるようになっちゃったのかな。

 

「おやすみなのじゃ、ミチカよ」


 うっ。ど、どうしよう……。気のせいじゃないかも。なんか名前呼んできたし。


「あら? おーい? 聞こえておるのじゃろ? 喜多ミチカよ」


 ぎゃー!! きもちわるい人形がしゃべってるんだけどー!!

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