第4話 義堂良治の独白

 義堂良治ぎどうよしはるは、自分の息子が誰よりも優しく、誰よりも賢いことを、誰よりも知っていた。崇照は良治の再婚相手との子供であり、兄である景久は既に独り立ちしていたが、初めて出来る弟を良治と共に可愛がった。崇照は正義感の強い男の子だった。幼稚園の頃は先生の言う通りに遊具を交代しないガキ大将に文句を言って殴り合いの喧嘩になったし、小学校ではクラスで起こっていたイジメに気付くとそれを諌め、子供達だけでは解決しないことをよく理解して教師も親も教育委員会も全部を巻き込んで、穏便に解決させた。中学校の時には近所で多発していた空き巣の犯人の正体をいち早く突き止め、その写真を警察に提供して早期逮捕を促した。高校では自分の所属する部活の先輩が自分の歳を偽って売春していること、親も生活苦故にそのことを黙認していることを知り、今度は信頼出来る弁護士や地域の行政関係者を巻き込んで、正規の援助を取り付けた。その他にも、目に見える範囲で気になることがあれば、何にでも首を突っ込んだ。当然、その全てが上手くいくわけではなかった。崇照が首を突っ込んだせいで却って状況を悪化させてしまうことだってあったし、崇照自身が死に目にあいそうになったこともあった。それでも崇照は手を止めなかったし、現実に屈することはなかった。


「それでも私は、息子達には普通に生きていてもらいたかったなあ」


 景久も崇照も、普通とは言い難い生き方をしたことに対し、良治は自分の育て方のせいなのかと幾分と悩んだ。そのことを崇照について取材しに来た記者に話した時、やはり普通の生き方をしてほしかったという気持ちが強まった。お父様の影響というわけでもないのでしょうか、と尋ねる記者に、良治は頭を捻った。


「どうだかね。私は、ただ一生懸命だっただけだ。崇照が小さい頃から問題を起こしても──どちらかというと掘り起こしてるんだけど──私はそれを咎めなかったし、何なら一緒になって協力したよ。景久が警官になることを決めたのも、そんな崇照を見ていたからなのかもしれないけど、あの子は警官になってからというもの、ろくに会いにすら来なかったから、本当のところは私にも分からない。でも、私は景久も崇照と同じように、賢く優しい子だったと思う。景久の母親も、崇照の母親も、何の因果か、あの子達を産んで直ぐに死んでしまったのは、あの子達の好きなように生きて欲しいと私が願ったのと無関係ではないよ」


 日本最大の人材派遣会社、株式会社YouGoの前進が、かつての半グレ組織、陽暁会であることはインターネットWikipediaにも載っている。そこに陰謀めいたモノを読み取る人間もいる。実際、陽暁会が解散してYouGoが立ち上げられるまでに多くの血が流れたことも確かであるが、崇照のはそれも必要なことだったと多くの人を納得させていたし、何よりも彼自身がを遂げたことは、日本国民全体に同情と尊敬の意を抱かせた。


「あの子は正義感が強かった。けれど、親より先に死ぬなんて正しさとは真逆のことをして。昔から、ずっと気が気じゃなかった。いつ死ぬか分からない生き方をする崇照のことを、止めようという気がなかったと言えば嘘になるが、私もまた、彼を尊敬していたんだ」


 陽暁会が遂げた偉業は大きい。当然、犯罪組織なんてものは雨後の筍みたいに生えて来る。それでも陽暁会が、若者を引き寄せる既存の組織を根こそぎ滅ぼし、その上で国をも巻き込み、YouGoを含めた5社の人材派遣会社が、今や生活困窮者もチンピラも元極道ヤクザの駆け込み寺として、大きく機能していることは、日本から特殊詐欺や強盗を含めた、組織犯罪の数を大きく減らした。


「やり遂げたんですよね、あの子は。あの子は誰よりも兄想いだったから。兄の遺した物を、悪い物にはしたくなかったんだと思う。だとしてもやり過ぎだけど」


 良治は自嘲気味に笑う。その姿を見て、良治に話を聞きに来たもまた、同じように笑った


「そうですね、私もそう思います」

「そうだよなあ」

「でも、あの人はそういう人でした」


 一時期、崇照と同じ屋根の下で過ごした彼女はそのことをよく知っている。過剰で、繊細で、頑固で。


「優しい人でした」


 彼女は昔を思い出しながら、そう言う。彼の姿を見ていたから、彼女もまた途方もないことを考えた。陽暁会の軌跡、義堂崇照という男が如何に偉業を成し遂げたのか、そのことを事細かに後世に伝える。それが彼女──羽月友香の夢だ。


「今日はお話、ありがとうございました」

「こちらこそ。また、あの子の話をしよう」

「はい。是非!」


 友香は良治に笑い掛ける。そして心から感謝する。かつては生きる希望すら失っていた自分に、大きな夢を与えてくれた男を、この世にうみ出してくれたことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る