第3話 阿賀島豪の品定

 崇照の理想を最初に耳にした時、阿賀島豪あがしまごうは彼を莫迦ばかだと笑った。だが、彼のような莫迦を、阿賀島は嫌いではなかった。

 広域指定暴力団、七代目拳儂会けんのうかい直系瀬央組せおうぐみ組長阿賀島豪の権威を崇照は若くして良く理解していた。現代日本の暴力団ヤクザは暴対法に雁字搦めにされ、身動きが取れなくなったと言っても、その影響力が全て衰えたわけではない。かつては大組織のフロント企業でしかなかった下っ端が半グレの長を気取り、脱法グレー行為で幅を利かせる新設組織が成り上がったとして、それに睨みを効かせる権威が失墜するには未だ時間がかかる。阿賀島もまた権威の失墜を逃れる大物の一人だ。今、阿賀島の束ねる瀬央会の若衆だって正しくその現状を理解しているとは言い難い。自分達の力こそが一番だと信じる若いチンピラ連中も半グレも同じこと。己の力量を認識することすら出来ぬ愚か者ばかり。けれど、崇照は違った。


「おめェさん、自分の言ってることの意味分かってんのか」


 初めて崇照が阿賀島に顔を合わせた時、既に手の内を全て晒していた崇照を、阿賀島は恫喝した。けれど、崇照はそれにも動じず、真っ直ぐに阿賀島を見据えたものだから、阿賀島の方がたじろぎそうになった程だ。

 当時、崇照は未だ陽暁会で内部抗争中、己の動かせる人数は自分の信頼出来る十人程の仲間と、百人にも満たない兵隊のみ。崇照は自身の力量を正しく理解していた。たとえ陽暁会を統一したとして、その先にあるのは陽暁会を潰すか利用しようとする勢力との争いが待っている。それも、小さな組織である陽暁会はこのままでは瞬く間に消滅するだろう、と。崇照の語る現状認識は、全て阿賀島が思う通りの物だった。


「だからこそ、阿賀島組長のお力が必要です」

「聞きゃあ、おめェの目的は陽暁会の汚名返上だ。だと言うのに、ヤクザの手なんざ借りるのか? そりゃちょいと舐め腐り過ぎだ。おめェの持ってるモン全部、オレが根刮ぎ奪い取ることになる」

「そうなれば、俺の見る目がなかったということで」

「ほう、言いやがる」


 その言葉は、阿賀島に対する明確な挑発だ。そのことを崇照も阿賀島もよく分かっている。その上で、崇照は阿賀島を、阿賀島は崇照を値踏みする。阿賀島から見た崇照は、向こう見ずで莫迦野郎。けれどその奥にある野心までを阿賀島は見通すことが出来なかった。それ程の深淵を阿賀島はとんと見ていない。それだけでも、阿賀島は崇照に価値はあると踏んだ。

 だから、今日日見ない野心と夢を持つ男の姿に、魅入るものを感じた阿賀島は、彼の後見役ケツモチになることを快く了承した。

 そして遂に崇照は、関東一帯の新設組織の全てを己が陽暁会に取り込んだ。そこまで来れは、他の極道ヤクザ組織も彼らには手が出せない。そこまでの気概があるような人間は、今の極道ヤクザには生き残っていない。

 彼の関東統一を見届けて、阿賀島は瀬央組を解散した。それは阿賀島と崇照が、形ばかりの盃を交わした時の約束だった。


「ウチの莫迦共、本当におめェが全部面倒見るんだな?」

「勿論です。そもそも陽暁会は元々そういう目的の為に始まったんですから」

「加納景久か」

「はい」


 阿賀島はその名前を口にして、鼻で笑った。


「おめェにゃ悪いが、あいつは唯の屑だった。おめェは見込みのある莫迦だが、あいつは──」

「分かってますよ」


 崇照は、阿賀島の言葉を遮るようにしてそう言う。


「そうか。まあ、そうだろうなあ」


 他の人間が今みたいな挙動をすれば、阿賀島はそいつの腕をへし折るところだが、崇照なら別だ。阿賀島も、崇照がそうすることを分かって加納景久の名を口にしたのだから。

 崇照の腹違いの兄である加納景久は、結果としてチンケな詐欺師でしかなかった。人生の行き場を見失った若者や前科者に居場所を作っていたところまでは正しい。だが、加納景久は同時に、そうして甘言で自分の下に集めた人間を駒にして金儲けシノギを行っていた。人身であろうと薬物であろうと、かつて極道ヤクザがしていたような金儲けシノギのほぼ全てに手を染めながら、加納景久自身は警察の手を逃れる。彼はそんな、悪どくも小賢しく立ち回る屑でしかなかった。


「それでも、俺にとっちゃ大事な兄なんですよ」

「おめェみたいな男が、よくも今の時代に生き残れたモンだ」


 阿賀島は溜息混じりで呆れたように、そう口にする。けれどそれは阿賀島にとっては、最大限の敬意を払うからこその言葉だった。


「莫迦だ、おめェは」

「ええ、存じています」


 崇照は自嘲する。

 こいつの進む道が天国であろうと地獄であろうと、それを見届けるまでは死ねねえな。

 阿賀島はそう思いながら、崇照の背中を黙って見つめた。

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