第5話 義堂崇照の苦悩
崇照にとって、兄である景久は目標だった。景久は幼少からその正義感で暴走しがちな崇照を諌める傍ら、子供の崇照では手が出せない大人の領域で崇照を支援してくれていた。崇照はそんな兄を尊敬していたし、いつか兄への恩返しをするのだと当然のように思っていた。
だから、景久がどうして犯罪に手を染めたのか崇照には分からない。
阿賀島は「加納景久は唯の小物だ」と断言したが、崇照はそうは思わない。景久にも景久なりの正義があり、その正義の為にこそ陽暁会を利用したのだと、崇照は思う。事実、陽暁会は暴力団の勢力と権威が弱まり、半グレ組織が幅を利かせながらも直ぐに衰える中でも、一つのシンジケートを構築し、マフィアとして勢力を強めていた。その為に、行き場のない人間が陽暁会に集まり、陽暁会に恩を感じていた構成員は多かった。その陽暁会の在り方を解体しようとした崇照に逆らった武闘派の一派も、彼らの居場所を守ろうとしただけだ。だが、自分ならばそれ以上の居場所を作れる。崇久はそう確信していた。それは国の在り方そのものを変えてしまうものでもあり、自分一人では決して成し遂げられないものであることも崇照には分かっていた。
だからこそ、崇照は自身の後身に斗真を据えた上で、阿賀島をその補佐にした。そして、警視庁の風沢優佳警視監や厚生労働省の安室明久事務官とも手を組んだ。国の在り方そのものを変革するのが崇久の悲願だった。日本史上で幕府が権力を握った時のように、はたまた明治維新で新政府が発足した時のように、大きな変革を行う。いつの時代であれ強い意志を持つ者が世界を変えることを、崇久は感じていた。だからこそ、その夢半ばでチンケなチンピラの凶弾に倒れた時、崇久は後悔した。未だ自分には出来ることがあった。やりたいことが、山程あった。
「兄貴! 兄貴死ぬな!」
「崇久! 死んじゃヤダ!」
意識の朦朧とする崇久の耳に、斗真や友香の声が聞こえてきた。それが実際の声なのか、幻聴だったのか、崇久は知ることはなかった。
最後に崇照の目に浮かんだのは、景久だった。崇照が未だ物心ついて直ぐの頃、景久と映画に行った。それはヒーロー映画で、景久と崇照がテレビで観ていた番組の劇場版だった。景久も崇照もヒーローに熱狂した。自分もあんな格好いいヒーローになるんだ、とそんな他愛のないことを感じたのが自分の原点だったりするのかもしれない。
「おれも悪い奴から景久兄ちゃんを守るんだ!」
そんなことを言う崇照の頭を、景久は撫でた。
「景久兄ちゃんは誰が好きなの?」
「俺か? そうだなあ──」
景久の口にしたのは、敵の総大将の名前で、ヒーローの活躍を純粋に応援していた崇照は首を傾げたのを覚えている。
「悪い奴なのに」
「悪役も俺は好きだよ。物語の中とは言え、彼らがいるからこそ救われるものもあったと思うんだ」
それもまた他愛無い会話だ。死の間際に見る走馬灯。それが正しい記憶なのかどうかすら、崇照には判別が付かない。
けれども、そうだ。景久が陽暁会を立ち上げたからこそ崇照もまた手を伸ばせる範囲が広がったのは確かだ。だから、結果として崇照は、景久と二人分の手を、皆に伸ばしているつもりでいた。
いつかがあるならば今度は──。
二人分ではなく、二人で手を握りあえれば良かった。そう思いながら、崇久の意識は薄く暗溶していく。
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