ミ=ゴ茸の天ぷら

 ユッグゴトフの菌類が死んだ。僕がトドメを刺してしまった。


 菌類は顔?のような部分を白と青灰色にペカペカ明滅させると、やがて萎んだ。

 彼らの頭部は種をたっぷり蓄えた向日葵から花弁を全部むしってしまったような見た目で、身体はカサカサに乾いたトカゲに似ている。胴体の真ん中あたりから生えた腕は巨大な甲虫とか、そういった虫の脚のようだ。翅はビニールで作った不格好な翼に見える。


 これは間違いなくユッグゴトフの菌類だ。


 一応弁明しておくと、僕はあくまでこの可哀相な飛来物の終わりを早めただけであり、なんの恨みもないし、おそらく落ち度もない。


 希少な鉱石があるから採掘をしてこいとヴルトゥーム様に指示されて潜り込んだ洞窟に何か蠢くのを見て、様子見に恐る恐る石を投げ込んだらたまたま急所に直撃して死んだのだ。


 頭より大きい石を投げたのは僕の落ち度かもしれない。だが、そもそもそんなひっそりと潜むのが悪いのだ。李下に冠を正さず。困ってるなら白日のもとで堂々と助けてくれと喚けば良かったのだ。


 まあ、僕がユッグゴトフで迷子になったとして、菌類に助けを求めるなんて冗談じゃないしコソコソ隠れるだろうけど。


 じゃあ僕はかなり悪いかもしれない。というか、僕がこの可哀相な異星人をぶち殺したのは紛れもない事実だ。


 困ったな。僕が殺したんじゃ放置するわけにもいかない。


 果たして僕は無駄に混乱してしまった挙げ句、少量の鉱石をポッケに仕舞い、哀れな死体を引き摺って基地へ持ち帰ってしまった。




「ルカくん。これで面白いことができるぞ」


 グラーキー様が菌類を解体しながら愉快そうに言う。


「頭だけ取り外して、電気を流すんだ」


「電気を流す……と、どうなるんですか?」


「それは見てからのお楽しみだ」


 グラーキー様が珍しく僕に作業を指示せず、ひとりでテキパキと奇妙な装置を組み立てる。

 床から45度傾けるように取り付けられた二本の円筒の先端から棒が出ている。ワニクリップらしきものをその棒に噛ませると、二本の電線を菌類の頭部に突き刺す。突き刺された箇所はさっきまで胴体との接続部になっていたところだ。


 まるで頭部移植だな、なんて思っていると、菌類の頭部のブツブツが急激に膨れ上がり、みるみるうちに舞茸のような形状になっていった。


「特殊な電流を流すと感覚器が異常発達するんだ。死体でも新鮮なうちは細胞が生きてるからこうなる」


 茸のカサがギチギチと互いを抑圧しあい裂けてしまう前に、グラーキー様は電流を止めて、ナイフで異常発達したソレをこそぎ取った。


 灰色がかった幅の平たい舞茸、という見た目だ。正直美味しそうではない。

 それでも食べる理由がある。


「舞茸なら天ぷらがいいな。ルカくん、油をもってこい」


 殺しても食えば許される。

 誰に許されるかって? 自分とグラーキー様に、だ。無軌道な殺生は悪だが、食せばその死に意味がつく。


 という訳で、油と天ぷら衣を用意する。

 油は前に何度か使ったあと放置したので少し酸化しているが、虫は湧いていないのでセーフとする。

 天ぷら粉は小麦粉を水に溶いたものを使う。残念ながら卵は無かった。


 削ぎ落とした時点で束はだいぶバラバラになっていたが、少し大きいものをもう少し分割する。

 それを天ぷら液に浸し、そこそこ温まった油に一気に投入する。


 油が爆ぜ、僕の顔を焼いた。

 僕は叫ばず、動かず、平静を装って揚げ物を眺めた。


 痛い。ちょっと叫びたい。てか咽び泣きたい。


 グラーキー様が見ている前で油はねごときで騒いだらみっともなさすぎるという見栄で我慢した。


 茸の傘が少し広がって、ぷわりとひっくり返る。揚げ加減とかよく分からなかったのでそのタイミングで引き上げた。

 生より揚げ過ぎのほうが不味くなってしまう気がしたからだ。


「いただきまーす」


 鍋から出したばかりの天ぷらをグラーキー様がサッと口に放った。


「んぁー銅みたいな味で美味い」


 到底美味くなさそうな感想が飛び出てきた。銅みたいな味?


 一欠片口に含む。

 銅の味だ……銅と何か金属臭、それと微かに藁っぽい後味。


 食べられなくはない程度のちょうどいい不味さだ。少なくとも調味料や料理でどうにかなる範疇ではない。


 悪いことに、古い油で揚げたおかげで、鼻腔を突き抜ける黴と油の臭いで胃の中が生ごみ処理場になった気分だ。


 多分、焦がしたらボヤの起こったゴミ捨て場の味になっていたのだろう。ここまでくるとどっちでも大差ないが。


 鍋の横ではおおぶりなキノコ……ユッグゴトフの菌類はミ=ゴとも呼ばれているから、これはミ=ゴ茸だ……が誇らしげにカサを張っていた。


 ユッグゴトフの菌類には優しくしよう。

 噛みしめるほど苦い黴の風味がするミ=ゴ茸を水で流し込みながら、そう思わずにはいられなかった。


 

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