アイホートのバロット

 バロットとは、孵化直前のアヒルの卵を茹でた料理であり、東南アジアの国々で広く食べられている。


 アヒルに限らず鶏やウズラも同様に食べられるようで、いずれも美味しいらしい。卵と鶏肉がどちらも美味しくいただけるのだから当然と言えば当然だ。


 今、ルカの目の前には孵化直前のアイホートの雛の苗床が横たわっている。





 ルカの重要な仕事の一つに人攫いがある。

 敬愛すべきグラーキーが腹をすかせてしまわないように、それはもうせっせと人を捕らえては捧げるのだ。


 まあ、たくさん人間を攫えばそれだけワケアリの奴も引っ掛けるわけで。今回はたまたまアイホートの雛を植え付けられた人間だった。


 モゾリ、モゾリと皮膚が蠢く。そこを指先で押し込むと、水でふやけたような皮膚がズルリと剥ける。

 赤い筋肉が露出し、筋繊維に沿うようにBB弾くらいの大きさの白いツブツブが植わっているのが見て取れる。


「あと一週間も経てば身体の中を食い尽くして産まれるんだろうな」


 グラーキーが粒状のものをほじくり出して観察する。人間は苦しげな顔をさらに歪め、抉られた箇所に手を伸ばすものの、腕がそこまで動かず途中でずり落ちる。


「うん、この大きさだしルカくんのお腹なら中で悪さもされないだろう」


 ルカはゾッとして、恐る恐る主に尋ねた。


「食べるんですか……?」


「そりゃそうだよ。あ、茹でたほうが良いな。肉が縮んで雛が溢れなくなる」


 主がルカと一緒にアイホートの雛(卵かもしれない)入り人肉を食べる準備をし始めたのを見て、ルカは悟る。


 邪神の仔と言えば大仰だが、いつも食べている肉の寄生虫に過ぎないのだ。




 ゴボゴボと地獄のような音を立て、五右衛門風呂が煮立っている。


 放っておいても死ぬとはいえ、まだ辛うじて息のある人間だ。水から茹でるのは流石に残酷すぎる。というわけでめいっぱい煮えた湯で一思いにとどめを刺すつもりなのだ。


 充分に煮えきったことを確認すると、ルカは人間を抱え、熱い蒸気にあまり触れないように少し遠くから投げ込んだ。


 ギャボン!と少し間抜けな激しい音と飛沫を立てて、人は鍋に収まった。思惑通り即死。鍋の中で余計にあばれる事なくプカリと浮かんだ。


 肌が一瞬だけ黄色くなると、みるみる真っ白になっていく。筋肉が縮むので背中が反ってエビのようになる。

 人間を丸ごと加工するのは初めてだ。ルカはミキメキと背骨が折れる音を聞きながらナイフと皿を取り出した。


「丸ごと引き上げちゃいましょうか」


「あー……お腹開いてみたいしそうしようか」


 ルカは火を消し、少しだけ湯を冷ますと人間の丸茹でを引き揚げた。

 哀れな事だ。これの目が飛び出ている様に憐れみを抱かずにいられるだろうか?


 胸の前で揃えられている腕を切り取り、腹の前で組まれている足も股のあたりから切り離す。背中が反ってるので、頭と胴体だけにしても少しアーチ状だが、お腹の中を見るだけなら問題はない。


「中の雛も流石に死んでるだろ」


 ルカがシワシワの腹をナイフで切ろうとするが、ぐんにゃりと柔らかく歪んでしまい中々刃が通らない。半ば引き裂くように無理矢理ご開帳すると、中は真っ白。しゃぶしゃぶにされた肉の表面のようにくちゃくちゃの内臓と骨、そしてビー玉くらいの大きさの醜い蜘蛛がぎっちりと詰まっていた。


 頭も割ってみると、そぼろのような脳みそに混じって太った雛がボロボロと零れてくる。眼孔にもいるのだから驚きだ。


 ルカは恐る恐る雛を口に入れる。ぷつ、ぷち、と弾ける食感。不思議と嫌な味ではないが、美味しいとも感じない妙な感覚を確かめるためにもう二匹口に放り込む。


 やはり不味くも美味しくもない。


 ルカは眉間にシワを寄せながらほろほろの肝臓を一口サイズにもぎり、雛と一緒に食べる。ぷち、ざら、と独特の食感が混ざり合い食べごたえが増す。


「味しねーだろ。アイホートの雛はスッカスカだからな。腹の足しにしかならん」


 グラーキーがギャハギャハ笑いながら雛を口に入れ、間髪入れずに骨髄を啜る。骨髄は熱すると凝固するので本来であれば啜るのは難しいが、神には関係のないことだ。


 ルカは思いついた。味がなく食感だけなら、肺との相性がいいのではないかと。

 肺は肺胞という微小な空間を大量に備えているため、マシュマロのようにフワフワした食感である。

 そんなフワフワとぷちぷちが合わさったらちょっと楽しいのではないか?ルカはワクワクして肋骨を砕き肺を抜き取った。


 肺を分厚く輪切りにすると、雛が数匹一緒に切れる。どうやら気管から肺胞に至るまでビッチリと巣食っていたようだ。


 ルカは食感が損なわれていることを恐れつつも、大きくかぶりつく。

 ふわふわ、ぷちぷち、期待通りの楽しい食感! 味も大きく変化しておらず、淡白ながらも旨味を感じる。タバコを吸っていない人間でラッキーだ。


 ルカは心躍らせながら、こういうのも悪くないなと満たされていく。


 そんなルンルン気分の最中、ルカは骨に不自然な引っかき傷のようなものがついているのを見て、朧気にバロットという料理のことを思い出した。


 バロットだ……人間は未熟な雛の殻であり栄養……卵となっている……この食べ物はバロットとおんなじなんだ……


 未熟な鳥は殻の中で苦しみ悶えるのだろうか。


 ルカは一気に落ち込んでしまい、後は無心で肉を貪った。

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