第20話 動悸?

「どうしたんだ、こんな夜中に」


 薄暗いキッチンの明かりの下にいるのは、魔王だった。

 コップを持ち、何かを飲んでいる。


「あーえっと、水を取りにな」

「眠れないのか?」

「まあ、そんなところだ」


 魔王に近付く。適当なコップを取り、水道水を注ぐ。


「ぷはっ」


 ぐびっと一杯。気持ちがいい。

 しかし、まあ、何だか魔王から甘い香りがする。

 いや、魔王の持つコップからだろうか。


「魔王、それは?」

「ん、ああこれか?蜂蜜白湯だ」

「蜂蜜白湯?」

「寝る前飲むと寝付きが良くなるんだ。まあ、明日が明日なだけにな、俺も緊張しているんだ」


 それは、そうか。当たり前だ。私が緊張してるんだ、魔王がしないわけないか。

 もう一杯コップに水を注ぐ。今度は飲み干さず、ちびちび飲もう。


「少し、話さないか?」


 そういう魔王の顔は、真剣だった。



「ん〜……涼しくて気持ちいいな」

「ああ……そうだな」


 バルコニーに出る。勿論王からは自由に行動していいと言われている。私も、魔王も。

 月明かりに照らされ、塀に肘着く魔王のシルエットは、良く映える。

 風が気持ち良く、身体を伸ばすと何だか目が覚めてしまった。


「明日、だな」

「もう今日みたいなものだけどな」

「……確かに」


 既に零時を回り、着々と太陽は登ろうと走っている。


「あーなんだ、その」


「月が綺麗だなっ!」「月が綺麗……だな」


「「!」」


 話の脈絡なんて無い。私は思ったことを口にしただけだ。

 まさか魔王と被るなんて。


「……ははっ、被るなんてな」

「…」


 一つ笑うくらいいいじゃないか。無言は失礼だぞ。


「……勇者、今の言葉。意味をわかって使っているのか?」

「意味?意味も何も、月が綺麗だろう?」


 何を照れているんだ?と同時に、何をそんな呆れた目で私を見るんだ?


 すると魔王は、手に持った蜂蜜白湯を一気飲みした。


「ま、魔王?何をやって――」


「今は、名前で呼んでくれ」


「へ……?」


 名前?名前……ライベルトか。ライベルト、ライベルトだな。うん。


「ら、らいべると……?」

「……ああ、ライベルトだ」


 いきなりどうした。塀に置いたコップをほっぽって、私に近付く。

 しかし、そうだな、私だけ言うのもあれだ。


「私のことは、シーナと呼んでくれないのか?」

「……!そうだな、すまない」


「シーナ」


「!」


 なんだ、これは。

 胸がドキッと、キュンって。


 これが動悸というやつか?


 それに何だか暑い。耳と頬に熱が溜まるのがわかる。


「なんか……わからない……」

「シーナ?大丈夫か?」

「わからないんだ……魔王、助けてくれ」


「この気持ちは、なんだ?」


「なっ……それは――」


 口篭るライベルト。なんだ、知っているなら教えて欲しいのだが。

 教えてくれ、と言っても教えてくれないし、何なんだ一体。

 ああ、もう、わからない。


「――終戦宣言、楽しみにしといてくれ」

「へ?あ、ああ、平和実現。お前の綺麗事が無事成されるな」


 流されてしまった。

 いずれわかる時が来るのだろうか。ライベルトは知っているようだし、その日は意外と近いのかもしれない。


 ――そういえば、平和実現も意外に早かったな。

 手を取り合える日はすぐそこだ。


 今日は、ぐっすり眠ろう。


 第20話

 動悸?

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