第4話 偶然じゃないよ

「名刑事相澤春人は、難事件を奇想天外な方法で……」


 俺は由奈の声に集中していた。まさか、猫になって絢辻先生の推理小説が読めるなんて思ってもいなかった。


 絢辻作品はたくさんの謎を組み上げて一つの作品を作っている。今回の作品も一筋縄ではいかないようだ。


 何度も名探偵や名刑事の先を読もうと躍起になって推理をしているのだが、当たった試しは無かった。まるで作者の手のひらで踊らされているように予想は空転し、ラストのギミックに驚かされるのだ。


 先に真理に辿りつこうとしても、そこから零れ落ちるように空振りしていく。


「凄い集中力だね。もしかして話の内容分かってるのかな?」


 俺が食い入るように本を見ていると由奈が遮るように顔を近づけた。


「不思議な猫だよね。本を読み聞かせにこんなに真剣な表情をする猫、コウちゃんだけだよ」


 俺はやり過ぎだったかと焦ったが、目の前の由奈はあまり気にしてないようだ。


「ありがとうね。猫が読者と知ったら、パパ喜ぶと思うよ」


 それにしても、小説に集中していて気づかなかったが、これはかなりヤバいんじゃなかろうか。猫らしくない行動が由奈を気持ち悪がらせる可能性だってある。


 結局、俺が一章を読み終えるところまで、由奈は音読してくれた。


「由奈! ご飯よー」


 一階から女性の声が聞こえた。その声を聞いて由奈は俺の方をじっと見た。


「もう勢いで連れて行ってもいいんだけどね。とりあえずご飯持ってくるから、ちょっと待っててね」


 そう言ってとたとたと一階に降りていく。すぐに父親の声が聞こえた。


「あっ、由奈。猫缶食べるか?」


「分からないけど、貰っておくよ」


 そのまま二階に数段上がる音が聞こえた後、母親の声が続いた。


「由奈、猫缶なんて何に使うの?」


「食べるんだよ」


「由奈が!?」


「そんなわけないよ」


「じゃあ、誰が食べるのよ!?」


「猫だよ!」


「はあ!?」


 分かっていたことだが、由奈は嘘が苦手なようだ。いや、正確には苦手と言うより隠す気がないんだよな。


「猫って、拾ってきたの?」


「うん、パバも知ってるよ。じゃあね」


 ここでまた階段を駆け上がる音と、あなたどう言うことと父親を詰問する声が聞こえてきた。


 下で騒ぎになってることなんて気にする様子もなく、由奈は二階に上がってくる。


「お腹空いてるよね。どうぞ!!」


 優先して持ってきてくれたんだ。由奈が猫缶を開けると固形のキャットフードが飛び出した。


 猫だからきっとおいしく食べられるだろう、と思い俺はキャットフードを口にする。うえ、まじいいいいいっ、なにこれ!!!!


 俺は思わず吐き出してしまった。て言うか、まずい、あまりにまずすぎる。よくこんなもん食べてるな!!


 見た目は猫のくせに俺って猫の食べ物食べられないようだ。そう言えば食べたいものの殆どは人間だった頃と変わっていない。


「大丈夫!? キャットフード食べられないのかな?」


 なら、と由奈は机からチョコレートを取り出した。ちょ、チョコレートは猫にはダメだったはず。


 ただ、俺はその誘惑に負けてひとくち口にした。口全体に広がる甘さで涙が出てきそうだ。


「美味しい?」


 俺が美味しそうに食べるのを見て由奈が俺に顔を近づけてニッコリと笑う。


 美味しいよ、と言うか本当に俺、猫なんだよな!?


「ちょっとぉ、ゆーなー」

 

 一階からドンドンと言う音が近づいてきて、そのまま扉が開けられた。


「ママ、どうしたの?」


「どうしたも、こーしたもないよね。パパに聞いたわよ。猫……ひっ!!」


「あっ、紹介忘れてたよね。こちらがこーくんだよ」


「ちょっと!! ゆぅーなぁ!!」


「ママがダメって言ってもうちで面倒見るからね。パパのオッケーももらったし」


「あのさ、ママは別に生き物を飼ってはダメと言ってるわけじゃないのよ。でもね、由奈は責任もって飼えるの?」


「飼えますよ!! わたしだってもう大人なんですからね!」


「ちょっと! あなたからもちゃんと言ってよ!!」


「由奈、確かにさっきは執筆で忙しかったから、生返事で答えたが、よく考えたらなあ、やはりママの嫌いな生き物を飼うなんてさ」


「パパの小説のファンでも?」


 この言葉に由奈の父親は大きく目を見開いた。


「それはどう言うことだ?」


「さっき、本読んであげたら夢中になってたんだよ」


「それは文字が珍しかったんだろ」


 その言葉に母親がいやな笑みを浮かべた。


「ファンなら小説の犯人なんかも分かるんじゃないの?」


「そんな、まだ読みはじめたばかりなのに……」


 もう、気味悪がられたっていいや。今の状況が改善するならと、俺は由奈の部屋にあった推理小説を咥えて三人のところに置いた。


「この本でいいわよ。この犯人は誰かしら?」


「ちょっとママ!! 流石に猫が分かるわけ!!」


 俺はページをめくり、澤田智香のところに手を置いた。


「嘘、偶然よね?」


「す、凄いぞ!! 言葉が分かる猫と言うだけでも凄いのに犯人が分かってるなんて!!」


 由奈の父親は目を輝かせて俺を見る。


「偶然に決まってるわ!! じゃあさ、この小説の探偵はだれ?」


 そんなの簡単だ。俺は表紙に戻して明智歩の所に手を置いた。


「あ、あ、あり得ないわ!!」


 驚いたのは母親だけじゃない。父親も由奈も驚いていた。


「わ、わたしは認めないわよ」


 母親は慌てて部屋を出て行った。


「マ、ママ!! 待ってくれよ!!」


 それと一緒に父親も後を追うように部屋を出て行った。


「なんか助かっちゃったよ。ありがとね。偶然とは言えびっくりしたよ」


 偶然じゃない、偶然じゃないんだ!!


 絢辻作品なら新刊を除いて全て分かる。偶然だと思われて俺は無性に悔しかった。な、なんとかそれだけでも伝えられないかな。


「まあ、結果オーライだね。ちょっとご飯食べてくるよ。コウちゃんの分も後で持ってくるからね」


 由奈が出て行ってしまう。俺はありったけの声で由奈に伝えたいと思った。


(偶然じゃないよ!!)


「えっ!?」


 それは声ではなく脳に直接伝えたように感じた。これってテレパシーなのか?


 突然、俺の声を聞いた由奈は不思議そうな表情を浮かべて俺をじっと見た。




すみません。昨日、更新してませんでしたね。

本日は、夜もう一話あげますので、よろしくお願いします。

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